第17話 救出戦3

 パーシヴァリーはライオネルとの戦闘に突入していた。


「【銀髪の戦乙女】!!! 俺が相手で運がなかったな!!!」


 放たれた剣先が彼女の喉に吸い込まれていく。


「私はその様に呼ばれているのだな。セラーラの【撲殺聖女】とは違って素晴らしい通り名だ」


 しかしパーシヴァリーは迫りくる剣を盾に当てると、造作もなくその軌道をずらした。


「これならどうだ!!!」


 それでもライオネルは素早く体を反転させて、がら空きとなった足元を薙ぎ払う。


「いい動きだ。だがそれだけでは面白味がない」


 パーシヴァリーは剣が届くギリギリのところまで下がり、退屈そうにその斬撃を躱した。


「なっ!!?」


 これだけの攻防でライオネルは悟ったようだ。

 目の前の少女は自分の剣を見切っていると。


「貴様……俺の動きを完全に読んでいるな……」

「ほう、あれだけの攻防で気付いたか。漆黒騎士と大層な名が付いるボンクラ集団かと思っていたが、それなりの実力は持っているようなのだ」


 上から目線で言葉を放つパーシヴァリーに、ライオネルの性分からして食って掛かりそうなものだが、意外にも冷静でいた。

 性格に難こそありそうだが、騎士としては優秀なようだ。


「生半可な攻撃じゃあ倒せねえな……」


 ライオネルはパーシヴァリーを見据えると、腰を落として前方に剣先を向ける。


「……超闘気リィンフォース・オーラ……」


 小さく呟いた途端、莫大な覇気が膨れ上がり、周囲の空気をビリビリと振るわせた。

 

「なっ?」


 あまりの殺気に驚愕した俺は、その発生元へと視線を向ける。

 一方のレーヴェは不満げに言葉を洩らした。


「ライオネルめ……超闘気リィンフォース・オーラを使ったな」


 ……おーら?

 なんなの、それ?


「その表情……貴様は生命気オーラを知らないようだな」


 知るはずねえよ!


生命気オーラは全ての生物が持つ命の波動。我ら漆黒騎士団は、生命気オーラを最大限に鍛えて身体の強化にまで昇華させた」


 なに、その漫画みたいな設定……


「そしてその生命気オーラの名は超闘気リィンフォース・オーラ。これを纏った我らは強者以外の何者でもない」


 レーヴェが解説をしている間、ライオネルの鎧の下にある筋肉が、ミシミシと音を立て力を漲らせていく。


「ぬっ?」


 尋常ならざる威圧に当てられたパーシヴァリーは、盾を構え警戒度を上げた。


「死ね」


 短く言葉を紡いた直後、ライオネルは爆発的に地を蹴り這うように走り出す。

 その姿は燕が低空飛行で飛ぶ様に似ており、あっと言う間にパーシヴァリーへと接近した。


「むん!!!」


 下段から強烈な刺突が繰り出され、構えられた盾に激突する。


「なっ!!?」


 二人を中心に衝撃波が発生し、突き上げられた莫大なエネルギーによってパーシヴァリーの体が上空へと吹き飛ばされた。


「まだ終わらねえぞ!!!」


 再びライオネルが刺突の構えを取り、宙を舞うパーシヴァリーに狙いを定める。


「その態勢だと満足に防御できねえだろう!!!」


 無防備となった獲物を前にして、ライオネルは勝利を確信した。 


「パーシヴァリー!!!」

「どこを見ている! 貴様の相手はこの私だ!」


 俺はレーヴェの猛攻を防ぎながら、中空高く弾き飛ばされたパーシヴァリーを助けるために、新たなモブ精霊を召喚しようとする。


 しかしそこで、ある事に気づいて召喚を取りやめた。

 それは彼女が口元を吊り上げ余裕の表情を見せていたからだ。

 心なしか、手出しは無用、と告げているようだ。


「終わりだ」


 ライオネルがゆっくりと深く両膝を折って、跳躍するための力を溜める。

 そして勢いよく足を伸ばすとロケットの如く跳び上がった。


「死ね!!!」


 勢いよく上昇するライオネルは剣を握った腕を目一杯に伸ばし、落下するパーシヴァリーに刺突を突き食らわそうとする。


 だが標的である当の本人は差して焦った様子もなく、嬉し気な表情を浮かべていた。


「素晴らしく良い当たりだったのだ。お礼に私のスキルを見せてやろう」


 そう言うと、逆さまとなって落下する体勢のまま、迫りくる剣に盾を押し出した。


「盾スキル、〈盾打擲シールド・バッシュ〉」


 言葉に反応した盾が淡い光を発する。


 と同時に剣が激突した。


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!?」


 瞬間、剣が粉々に砕け散る。

 ライオネルは苦痛の声を伴って吹き飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。


「がっ!!!」


 多大なダメージを受けたライオネルだが、追撃を警戒してか直ぐに半身を起こす。


「くっ! ぐぅうううう……」


 しかし奴の体は満身創痍であり、思考が状況に追い付いていかなかった。


「……な……なにが、起こった……」

「なるほど。あの程度のスキルでこれだけのダメージを与えられるのか。にしても、漆黒騎士とやらは口ほどにもないのだ」


 いつの間に着地したのだろうか。

 仁王立のパーシヴァリーが、地に両手を着けるライオネルを睥睨している。


「な、なんだ、今のは……?」


 レーヴェも先ほどの状況が理解できず、攻撃の手を休めて唖然としていた。


 斯くいう俺は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 パーシヴァリーは近接物理戦闘のプロフェッショナルだから、あいつが笑っているところを見て大丈夫だとは思ってたけど、やっぱり不安は拭い切れなかった。


 でも蓋を開けてみればこの結果。

 どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだな。

 めでたし、めでたし。


「ライオネル! お前は口だけか!!!」


 自分の|主(あるじ)に無様な姿を晒してしまったライオネルは、気力を振り絞って立ち上がる。


「……くそ……俺に恥をかかせやがって……てめえだけは許さねえ……」

「ほう、その状態でまだ戦意を失っていないとはな。だが武器も無しにどうするのだ?」

「……」


 悔しそうな顔をするライオネルに、再びジークベルトの叱責が飛んだ。


「負けは絶対に許さんぞ!!! どんな手を使ってでも勝て!!!」

「……ジ、ジークベルト様……あの少女は見かけと違って恐ろしく強いです……」 

「んなこたあ、どうでもいいんだよ! 早く何とかしろ!!!」

「……」


 叱責を受けたライオネルは眉をへの字に曲げたが、直ぐに厭らしい笑みへと表情を変える。


「……ジークベルト様……椅子を引いている子供を俺にくれませんか……?」

「……なに?」

「椅子の引手はいなくなりますが、必ずあいつらを始末して見せますからお願いしますよ……」

「……」


 ジークベルトは少しばかり逡巡すると、直ぐに答えを出した。


「いいぜ。あいつらをどうにかできるんだったら好きなように使えよ」

「……流石はジークベルト様。有難うございます」


 許可を得たライオネルの顔が醜く歪む。


「……ヒ、ヒヒッ、ギャハハハハ!! これで俺様の勝ちだあ!!!」


 突如として嗤い始め、両手を広げて喜びを表すその姿にパーシヴァリーは訝しんだ。


「何を言っている。其方と私の実力差は歴然だ。気でも触れたか?」

「気が触れた? ばぁーか、ちげえよ! お前を殺す算段が付いたんだよ!!!」

「なに?」

「お前、けっこう優しいんだってな!? なんでも腰の悪い婆さんの荷物を親切に運んでやったそうじゃねえか!」


 やはり領主側も俺たちの事を調べているな。

 まあ、当たり前か……


「……だからどうしたというのだ……」

「俺とジークベルト様との会話で分かんねえのかよ!」

「……まさか……」


 意味を察したパーシヴァリーの表情が見る間に強張っていく。


「気付いたか、ヒヒッ! もう誤っても遅いぜ! これからお前が抵抗するごとにガキを殺してやる!!!」

「……外道め……」

「ヒヒッ! もっと悔しがれよ!!!」


 したり顔を見せるライオネルは、さっそく魔方陣を展開させると詠唱を始めた。


「やめろ! ライオネル!」


 レーヴェが俺との交戦を放り出して走り出す。


「うるせえ!!! ジークベルト様の許可は取ってんだ!!! 先ずは見せしめに何人か殺す!!! 《炎飛矢アグレイション》!!!」


 魔方陣から炎の矢が発生して子供たちに襲い掛かった。


 確かあれは火属性の下級魔術。

 あんなの食らったら子どもなんか簡単に死んじまうぞ!


「こわいよう!」


 子供たちは襲って来た炎の矢に身を縮こませる。


「むん!!!」


 そこでレーヴェが庇うように彼らの前へと出て、飛来した炎の矢を剣で打ち払った。


「邪魔すんじゃねえ! この農民め!!!」


 思わぬ邪魔が入り憤慨するライオネルだが、レーヴェは彼の言葉を無視してジークベルトに進言する。


「ジークベルト様。このような愚行はおやめ下さい。ドミナンテ様も許してはくれません」


 おお、レーヴェは結構まともだぞ。

 しかも子供たちを助けるなんて、なかなか男気があるな。


「レーヴェよう。今のオルストリッチで一番偉いのは俺なんだよ。俺は領主代理で、絶対的な権限を持ってるんだ。その俺がいいと言ったらいいんだよ」

「……」


 支配者を前にして、レーヴェは言葉に詰まった。


「そうだ、いい事を思いついた。レーヴェ、お前がガキを殺せ。少女が抵抗したら一人ずつ殺すんだ」

「なっ!!?」

「そりゃあ、いいや! さすがはジークベルト様! 考えることが違うぜ!」


 喜ぶライオネルとは対照的に、レーヴェは顔を引き攣らせる。


「……ジークベルト様……私にはそのような事、到底できません……」

「やるんだ。やらないとどうなるか分かってるよな?」

「……」


 こいつら本物の屑だな……


「ヒヒッ、愉しくなってきたぜえ!!!」


 傷だらけのライオネルは喜びに痛みを忘れ、やる気を滾らせる。


「おい! 俺に剣を寄こせ!」

「は、はいっ!」


 下がっていた騎士の一人が慌てて走り寄り、自分の剣を丁重に差し出した。

 ライオネルはそれを引っ手繰ると、体中に超闘気リィンフォース・オーラを巡らせる。


「女ぁああああ!!! さっきは良くもやってくれたな!!! ずたずたに斬り刻んでやる!!!」


 怒りに身を任せたライオネルが、剣の切っ先を向けて吶喊してきた。


 しかしパーシヴァリーは狼狽えることなく堂々としている。


「どこまでも愚かなのだ」


 そう呟くと、彼女は自分の身を盾に隠して突撃した。


「盾スキル、〈盾打擲シールド・バッシュ〉」


 盾が仄かに光を放つ。


「へ?」


 一瞬でライオネルに肉薄したパーシヴァリーは、盾を前面に押し出してその小さな体ごと奴にぶち当った。

 

「ぎゃああ゛ァあぁあ嗚呼ああぁアアあああああああああ゛あ゛あああああああアア゛!!!」


 瞬間、肉が潰れ骨が砕ける音がライオネルから発せられて、声にならない悲鳴が響き渡る。


 と同時にあらぬ方向に吹き飛ばされると建物の壁に大激突した。

 大きな音と共に壁は半壊し、その身を瓦礫の中に埋もれさせる。


 そしてライオネルはピクリとも動こうとせず、永遠に物言わぬ物体へと化すのであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る