第15話 救出戦1
小屋ほどもある巨大な椅子が、大通りを我が物顔で進んでいた。
そこに座るのは、領主の四男ジークベルトと少女のアプリコットである。
そして椅子を引くのは領内の村々から連れてこられた子供たちであり、皆が苦悶の表情を浮かべていた。
「……ジークベルト様。どうして子供がこの椅子を引っ張っているのですか……?」
アプリコットはジークベルトの膝の上に乗せられており、前方で縄を引く子供たちを哀れみの目で見ている。
「ああ、あれかい? あの子たちは悪い子なんだよ。だから罰を受けているのさ……ハァハァ……」
「そ、そうですか……」
ジークベルトの股間は
それはアプリコットを自分の膝に座らせた時からであり、終始、彼女の小ぶりで柔らかい臀部を刺激していた。
「アプリコットちゃんのお尻ぃ、柔らかすぎて気ン持ちいい゛ぃ。これだけでいっちまいそうだぜぇ……」
……うえっ、気持ち悪い……
「髪質もいいよねえ……繊細でふわっとしててさあ……」
ジークベルトはエメラルドグリーンに輝く髪に鼻の頭を付けると、思いっきり深深呼吸する。
「すー、はー……ふぅ……いい匂いだあ……ハァハァ……」
「……ジ、ジークベルト様……息が荒いですよ……」
……殺してやりたい……でもご主人様が我慢しろって言ったから……我慢するんだ……
「ハァハァ……アプリコットちゃーん……俺、もう我慢できないよぅ……」
「ジ、ジークベルト様、聞いていますか……?」
問いかけられたジークベルトだが、目の前の御馳走に気を取られて全く耳に届いていない。
「その太もも、とってもそそるねえ……ハァハァ……」
背後からジークベルトの手が厭らしく伸びて、アプリコットの腿をねっとりと擦った。
「きゃっ!?」
そこで彼女の服装が仇となる。
アプリコットが着ている服は、肌着の上から肩とフロント部分が編み上げ状になったトップスで、靴底が厚いサンダルに一部丈のホットパンツを履いていたため、露出した腿に直接ジークベルトの手が這う形となった。
「すべすべだねえ……いつまでも撫でていたいよぅ……」
「……ジ、ジークベルト様……くすぐったいです……」
「いいよ……凄くいい゛……ハァハァ……アプリコットちゃんは俺が出会った子の中で群を抜いて断トツだよおぉ……」
ジークベルトの行動は更にエスカレートする。
「ひっ!!?」
あろうことか、今度は胸をまさぐり始めたのだ。
「この発育前のおっぱいが良いんだよなあぁ……最高だよおおおおお、アプリコットちゃぁああん……」
……殺す……絶対に殺してやる……
アプリコットがジークベルトの性的行為に耐えていると、突如として巨大椅子の進行が止まった。
「なんだ? 何で止まるんだよ! 早く動かせ! 俺は一刻も早く帰ってアプリコットちゃんと合体したいんだよ!!!」
とんでもない事をほざくジークベルトだが、付き従っていたレーヴェは落ち着き払って説明する。
「重罪人のトモカズ一味が現れました」
「なんだと!!?」
その言葉にジークベルトは目を凝らして遥か前方を注視した。
すると茶焦げた外套を羽織る黒髪黒目の男が道のど真ん中で仁王立ちをしている。
傍らには金糸の刺繍が施された白い法衣を纏う金髪の美少女と、白銀の甲冑で身を固めた背が低い銀髪の美少女が付き従っていた。
「……クソが……愉しんでる時に出てくるんじゃねえよ……」
ジークベルトは苛立つ。
反してアプリコットは満面の笑顔を見せた。
しかしそれは一瞬であり、直ぐにキョトンとした表情へと変化する。
聡い彼女は自分のご主人様がこの場に現れた意味を理解したのだ。
俺たちはジークベルトと対峙する。
その場に居合わせた民衆は、とばっちりを受けては堪らないと慌てて建物の陰に身を隠した。
「セラーラ、パーシヴァリー……俺の見間違いだったらいいが、ジークベルトの奴、アプリコットの胸を揉んでなかったか……?」
「……主様、見間違いではありません……あの下衆野郎は私の可愛い妹の胸を触っていました……」
「……私もこの目でしかと確認した……アプリコットを含めて私たち六人を好きなように扱っていいのはマスターだけだ……あの男は耐え難い罪を犯した……」
俺たち三人はジークベルトの悪行に怒り心頭だ。
だがここで冷静さを失っては話にならん。
……もう失ってるけどね……
「……よう、ジークベルト。やっと会えたな……しかしなんだ、その膝の上の女の子は……そうか、お前は確か少女しか興味が持てなかったんだっけか!!? なあ!!! このド変態野郎!!!」
いかんいかん。俺よ、冷静になれ、冷静になれ……
「なんだとこの野郎!!! アンドレイを殺した上にこの俺まで愚弄する気か!!!」
「アンドレイ!!? ああ、あの間抜けか!!! 確かお前の弟なんだっけな!!! 花火のように頭が炸裂して死んだよ、あのバカはよ!!!」
ジークベルトの顔が見る間に赤くなり、ぷるぷると怒りに打ち震え出した。
「……貴様……この俺にそんな口を叩きやがって……死ぬ覚悟はできてるんだろうな!!!」
怒ってる怒ってる。
少しだけすっきりしたが、こんなものでは俺の溜飲は下がらんぞ。
「覚悟するのはお前の方だ、ジークベルト!!! 領主どもが仕出かしてきた悪行三昧は知っているぞ!!! 俺が天誅を下してやる!!!」
「このボケが、何が天誅だ!!! てめえは自分の置かれている立場が分かってねえな!!!のこのこ現れやがって威張るんじゃねえ!!! 三人で俺たちに勝てると思ってるのかよ!!!」
「当たり前だ!!! お前らが束になっても俺たちには敵わねえよ!!!」
「馬鹿かお前は!!! アンドレイを
ジークベルトの怒りが頂点に達し、怒鳴り散らすように号令を出した。
「全員っ!!! 配置に着けえええええええ!!!」
騎士たちが次々と剣を抜き、素早く陣形を取る。
「セラーラ、パーシヴァリー! 今回はモンスターでなく対人戦だ! 二人が軸、俺が遊撃で動く!」
「はい!」
「了解した!」
受け答えるや否や、セラーラはパーシヴァリーの後ろに控え、俺は彼女たちの背後に回る。
「たった三人で何ができるってんだ!!! お前ら準備はいいか!!?」
「はい!!!」
騎士たちは身構えた。
「あのボケをぶっ殺せ!!!」
ジークベルトの言葉で四人の騎士が吶喊する。
彼らの後衛では二人の魔術師が何かを呟いており、その周りを六人の騎士が固めていた。
「お前らは四人の相手をしろ。俺は魔術師とその護衛をやる」
「御一人でですか? 少し数が多いいのでは……」
セラーラは俺を心配している。
対してパーシヴァリーの見立ては違った。
「セラーラ。こちらに向かっている四人が恐らく主力。後衛の騎士は取るに足らないと見た。厄介なのは、何をしでかすか分からない魔術師だ。しかしその者たちも六人の騎士が守っているところを見るに、接近すれば大したことはないはず。この世界での私たちの実力が高いことは実証済みだ。マスターなら簡単に撃破できる」
「パーシーがそう言うのなら安心ですね」
さすがはパーシヴァリー、見事な推察だ。
戦闘面では殆どこいつがリーダーだからな。
「マスター、来たぞ」
銀の鎧を纏った騎士が四人、二人の美少女に肉薄した。
そこで俺は強く地を蹴り、セラーラたちの背後から高々と跳躍する。
「なっ!!?」
彼女たちの頭上を通過した俺は、驚く四人の騎士をも飛び越えて、悠々と地面に着地した。
そして後衛の魔術師たちに向かって勢いよく走り出す。
「待て!」
騎士の一人が振り返るが、別の者がその行動を制した。
「構うな! 先ずは目先の相手を始末するんだ!」
その言葉で騎士は前方に意識を集中させると、間髪入れず少女たちとの距離を詰める。
「こんな美少女を殺すのはもったいないが、これも命令だ!」
四人の騎士は一斉に剣を振り上げた。
「覚悟!!!」
ブオン、と空気を引き裂きながら、四つの重い斬撃が四重音を奏でパーシヴァリーを襲う。
――ガキンッ――
金属と金属のぶつかり合う音が響き渡った。
「なんだとっ!!?」
「ばっ、馬鹿な!!!」
騎士たちの顔が驚きの色に染まる。
何故なら小柄のパーシヴァリーが、白銀の盾を上段に翳して四つの剣戟を容易に受け止めていたからだ。
剛腕をもって放たれた斬撃が、自分たちよりも遥かに小さくか弱い少女に防がれた事実に、騎士の誰もが動揺を隠せないでいる。
「そんな軽い剣筋では私を押し切ることなど到底無理だ」
走りながらチラチラと様子を窺っていた俺は、その言葉に頷いてしまった。
何せパーシヴァリーは
四人の騎士たちもそこそこの修練を積んだ実力者なんだろうが、純粋なタンクであるパーシヴァリーをあの程度の当たりと斬撃で押し切ろうなんて不可能だ。
「次は私の番だ」
パーシヴァリーが腰に佩いた純白銀の剣を抜き放つ。
刹那、首が二つ、ごろりと落ちた。
「え?」
「は?」
残された騎士が間の抜けた声を漏らす。
――ベコン――
と同時にその内の一人の鎧が陥没した。
そこは脇腹部分であり、彼はセラーラのモーニングスターで殴られて、血反吐を吐きながら盛大に吹き飛ばされる。
「なっ!!?」
最後の一人は立て続けに起きた出来事に我を失った。
「敵を前にして固まるなど殺してくださいと言っているようなものだ」
その隙を見逃すはずもないパーシヴァリーが、騎士の喉元にあっさりと剣を突き立てる。
「ぐぶっ!」
騎士は目を丸くして口から血の泡を吹き、大の字になって地面へと倒れ込んだ。
「準備運動にもならない」
パーシヴァリーの冷ややかな視線が死に行く騎士に突き刺さる。
「そうですね。スキルを使うまでもありませんでした」
こうして四人の騎士は、二人の美少女によってあっさりと全滅した。
乙女精霊たちが騎士を圧倒している間、俺は疾風のごとく敵へと迫った。
「き、来たぞ!」
詰め寄る俺に慌てた二名の魔術師が、構築した魔方陣を強く輝かせる。
「どれ、本当の魔術を見せてもらおうか」
俺は三日間のニート生活の中で、ユージスから魔術について教わっていた。
この世界にいる者は、誰でも魔力というものを持っているらしい。
詳しい原理は分からないが、魔術はそれを使って行使する。
先ずは詠唱を唱えながら魔力で術式を編み、魔方陣を構築させて真言と呼ばれる言葉で魔術を発動させるそうだ。
しかしながら、誰でも彼でも魔術を使える訳ではない。
例え膨大な魔力があったとしても、術式を編む技術や陣を構築させるなど、諸々の才能が必要になってくる。
このため魔術を行使できる者、魔術師と呼ばれる者は少なく貴重な存在であった。
ユージスは魔術師ではないが、初歩魔術が使えるそうで、チェームシェイスは彼の魔術を見て色々と研究していたみたいだ。
初歩魔術は下級魔術よりもさらに下位、指先に火を灯せる程度のお粗末な魔術であり、修練を積めば大概の者は習得が可能だとか。
だが下級以上になると格段に敷居が高くなる。
これより上の階級を習得した者だけが、魔術師を名乗れるそうだ。
因みに魔術は威力と構築難易度によって八段階に分けられている。
一番低いのはユージスも使える初歩魔術。
そこから適性と才能がある者でしか習得できない下級、中級、上級と上がっていき、その上には特級、超級、さらに上は伝承級、神話級だそうだ。最後の二つは空想上の級位らしい。
ついでに魔術の威力も検証した。
チェームシェイスが魔術屋から持って帰った代物の中で、
これは魔術を封じ込めた魔道具で、これで俺たちがどの程度の魔術に耐えられるかを試す事にしたのだ。
先ず俺は、火属性の下級魔術、《
途端、驚いたユージスが
どうやら魔術を放つ方向に
そして当然のように、乙女精霊たちが慌てて俺に駆けよって来る。
パーシヴァリーとチェームシェイスは直ぐに治癒スキルを使用して、セラーラに至っては蘇生スキルを発動させようとしていた。
しかし俺は、まったくもって無傷であった。
これには皆も驚いたようだ。
下級魔術は壁などを簡単に吹っ飛ばす威力を持ち、殺傷能力が高いらしい。
予期せぬ事故に見舞われたが、これで俺たちがどの程度までの魔術に耐えられるかが分かった。
ユージスの見立てでは、初級で傷一つつかないのだから、中級でも大丈夫だろうという話である。
しかもこのオルステンで上級以上の魔術を扱える者はおらず、中級魔術師も数える程度だと言っていたので魔術に関しての脅威は無いと思って良いだろう。
余談だが、ユージスは前以て
ごめんなユージス……俺の不注意で怒られて……
という訳で、さあ! 打ってこい!
どんな魔術が来ようとも俺には効かんぞ!
「《
魔術師の一人が魔術を放った。
それは虎を象った炎で荷馬車ほどの大きさもあり、牙を剥き出しにしながら尋常ならざる速度で駆けてくる。
次いでもう一人も真言を口にした。
「《
魔方陣から現れたのは、龍を模した丸太ほどの水流で、蛇行しながら水飛沫を上げて俺に襲い掛かってくる。
「……」
ちょっと待てええええええええええええええええええええええええ!!!
なんか凄いの繰りだしてきたぞ!!!
これって本当に中級魔術か!!?
そこでジークベルトが嗤いながら叫んだ。
「ハッハハー!!! さすがに上級魔術は耐えられんだろ!!! 塵も残さず吹っ飛びやがれ!!!」
……え?
……上級魔術?
話が違うんですけど。
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