第13話 天才商人

  ユージス曰く、この世界の蜂蜜は貴重で高価な物らしい。

 中でも夢見蜂蜜は別格の味を誇り、本来ならば貴族を顧客として取り扱う商品だそうだ。


 しかし今は、のんびりと客を選んでいる暇などない。

 だから庶民が手に入れられるギリギリの値段設定にした。


 それでも高価な事には変わりないが、この値段ならば必ず売れるとユージスは自信を持っている。


 そんな低価格を実現できたのは、信じられない安値で仕入れられたからであった。

 無論、ユージスはこの事を視野に入れていたが、さすがにあれほどの量を仕入れる事ができるとは思っていなかったようだ。

 

 この価格は初回限定であって、今回限りだとも言っていたがな。


 そして朝早く。

 エルテとアプリコットは昨日入荷したばかりの夢見蜂蜜が積まれた大八車を一台引いて、まだ日が登らないうちに商人広場へと出発した。

 ピアも物見役として密かに同行する。


 他の者は昨日と同じような行動を取り、暇を持て余した俺は今日も怠惰な生活を送るのであった。






 すぐに夕方が訪れた。

 ゴロゴロしていると時間が経つのが早いな……気のせいかな?


 俺がニートの気分を味わっていると、エルテとアプリコットが空の大八車を引いて笑顔で戻って来た。

 あの様子だと大繁盛だったようだ。


「師匠! 売り切れだよ!」

「ご主人様! いっぱいお金を稼ぎました!」


 そう言いながら、二人が抱き着いてきた。

 俺はその行為を受け止めると、目を窄めて愛おしく頭を撫でる。


「よしよし、よく頑張ったぞ」


 彼女たちは蕩けるような表情を作り悦に浸っていた。


「えへへ、師匠に褒められちゃった……」

「ごしゅじんさまぁ。もっと撫でてくださいぃ」


 他の乙女精霊たちが羨ましそうに見ているが、エルテとアプリコットの功績が大きいので邪魔をするような野暮ったい真似はしない。

 

 それにしても完売か。

 まあ、当然の結果だわな。

 満を持して出品した夢見蜂蜜。

 売れないという方が無理な話だが、間違いなくもう一つの付加価値が一役買っている。


 それは言わずと知れた俺の自慢の乙女精霊、黄金比率の美しさを持つエルテと、宝玉が霞むほどの可愛らしさを備えたアプリコットだ。

 何せこいつらが売り子をするのだから、どんなゴミ商品でも売れないという事は断じてない。


 ……俺みたいな奴を親バカって言うんだろうね……


「エルテお姉ちゃん、面白いように売れましたね!」

「そうだねコットちゃん。でも売ったら売ったで、みんな売り場から離れようとしないんだよね。あれはちょっと困ったかな」


 エルテよ。それはお客さんが何時までもお前たちを見ていたいからだよ。


 後から聞いた話だが、オルステンでは夢見蜂蜜を売る美人姉妹の噂で持ちきりだったそうだ。


 ふふっ、流石は俺の乙女精霊。






 そして次の日。

 今日がユージスに課した期限の最終日だ。

 夢見蜂蜜の在庫も二台目の大八車に乗っているあれで最後だ。

 

 頼んだぞ、エルテにアプリコットよ。


 そして俺のニート生活もこれで終いだ……名残惜しい…… 


 と考えていたら、お昼過ぎになった。

 なんだこれは。

 時間の感覚が狂っている。

 寝てても飯は出るし、誰も文句は言わない。

 こんな生活を続けていたら確実にダメになるぞ……


 そうこう思っていると、エルテとアプリコットが元気よく帰ってきた。


「ただいま、師匠。今日も全部売れたよ」

「いま帰りました!」


 続いてピアも、いつの間にか俺の前で跪いており帰宅の挨拶をする。


「旦那様、ただいま戻りました」


 こいつは忍者みたいだな。職業が暗殺者アサッシンだから似たようなものか。


「では首尾を聞こう」


 エルテとアプリコットがピアの横に並び、彼女たちと同様に跪いて報告を始める。


「今日はどうしてか分からないけど人が多かったです! なのでお昼過ぎには商品が完売しました!」


 それはな、アプリコット。二人の噂が街に広まっていたからだよ。

 俺もお前たちが売っている姿を見に行こうとしたんだ。

 でもセラーラたちが全力で止めに来たから、断腸の思いで諦めたんだよ……


「そうか、そうか。それは良かった」


 俺は二人の売る姿を想像しながら微笑みを浮かべた。


「旦那様。噂を聞きつけてジークベルトがやって参りました。それも朝に二回、昼過ぎに二回です」


 来やがったか、変態め。


「それでどうした?」

「はい。狙いは幼いアプリコットさんでしたが、エルテさんと連携して事なきを得ています」

「ピアちゃんが報せてくれたから助かったよ。でも四回も来るなんてしつこいよね」


 エルテの言う通りだ。

 四回も来るんじゃねえよ。


「でもその後に商人ギルドの人が来たんだ」

「誰が来たんだ?」

「ノッドルフと言う人で、商人ギルドに入らないかって声を掛けてくれたんだ。もちろん二つ返事で承諾したよ」


 エルテの言葉に傍で聞いていたユージスが喜色の声を上げる。


「おお、ノッドルフさんですか!」

「知っているのか?」

「勿論ですとも! 彼は五人の委員のうちの一人です」


 それは凄いぞ。ギルド委員様直々の勧誘だ。


「ユージス。お前、これを狙っていたな」

「流石はトモカズ様。仰る通りです」


 ん? トモカズ様? こいつ俺の事はさん付けて呼んでいなかったか?

 ……まあいいか。何か心境の変化でもあったんだろうよ。


「商人広場は才ある商人を発掘する場所も兼ねています。たまに珍しい品を売る者や、比類なき商才を持つ者がいます。幹部はその販売経路に目をつけたり、優秀な者を自分の派閥に入れようとするのです」


 ユージスの奴、思った以上にやり手だぞ。

 切り札の夢見蜂蜜と、エルテとアプリコットの容姿も計算に入れた上でギルドからの勧誘を狙ってやがった。


 俺とセラーラの時は商売初日、数時間ほどでアンドレイに邪魔されたから、お声が掛からなかったが。

 ……でも、あれは治療だから対象外なのか……?


「ノッドルフさんに勧誘されればしめたものです」

「そりゃそうだ。何せギルド委員だからな」

「トモカズ様。それ以外に、もう一つ別の利点があるのです」

「別のだと?」

「はい。彼は領主のドミナンテと懇意です。エルテさんとアプリコットさんは勧誘者したノッドルフさんの派閥に属しますので、ジークベルトが彼女たちに手を出すことが難しくなります」


 おお、それは運がいい。


「ご主人様! お店も買ったよ!」

「なに!?」


 アプリコットの突然のカミングアウトに俺は度肝を抜かれてしまう。


「そ、そうなのか……? エルテ、どういうことだ?」    

「コットちゃん、後で師匠を驚かせる段取りだったでしょ」

「ごめんなさい、エルテお姉ちゃん。どうしても言いたくって……」


 ふむ……既に隠れ家は購入済みか……


「よし! さっそくみんなで引っ越しだ!」


 唐突な俺の言葉にユージスは目を丸くする。

 対して乙女精霊たちはすんなりと受け入れ頷いた。

 そして彼女たちは忙しなく宿替えの準備を始める。


 流石は俺の美少女たち。

 動きが早いね。






 夕暮れ時。


 俺たちは店舗付き住宅に移動していた。

 そこは通りに面した広い店内と、奥には多数の住居部屋を兼ね備えた、それなりの大きさを持つ家屋であった。

 場所はマデラード通りと言われる区画にあり、数多の商店が同じように軒を連ねた商業地区である。


 そこに越してきたばかりの俺たちは、住居側のリビングで、円卓を囲みささやかな宴会を開いていた。


「素晴らしい店舗だ。広くて俺たちが潜伏するのにちょうどいい。立地もいいしな」

「ありがとうございます。いくつか候補があったのですが、ここが一番広く他店も集中していますので、隠れ家にはもってこいかと思いました」

「木を隠すには森の中、というわけか」


 俺に褒められたユージスが嬉しそうにしている。


「主様。ドミナンテは明日には戻ってくるそうです」


 おお、ギリギリだったな。


「そう言えばトモカズ様。ピアさんとチェームシェイスさんがまだ来ていないのですが」

「ああ。あいつらには廃屋の周囲に不審な奴がいないか最後の見回りをお願いしている。折角まともな拠点を手に入れたのに、後を付けられて早々とバレたくないからな。変な奴に嗅ぎ付けられないよう確認してるんだ」

「そういう事なら安心です」


 今この場には俺とユージス、そしてセラーラとパーシヴァリー、エルテとアプリコットの六人だ。


「……それにしてもお前、信じられないくらいの美男子だったんだな……」 


 俺はこの店に来て直ぐにユージスの髭と髪を切ってやった。

 だってあまりにもむさ苦しいんだもん。

 廃屋にいた頃は、こいつが周りの景色と釣り合っていたから気にならなかったけど、ここでは半端なく目立つ。


 なのでユージスの伸び放題の髭を剃って、ざんばら髪を切ってみると、あらまあ何という事でしょう。

 輝きに満ちた美青年が現れたではありませんか。


 こんなに男前で商才も有り、高い地位と美しい嫁を持っていたら、イスタルカとかいう奴も嫉妬するわな。


「いえいえ、トモカズ様ほどではありませんよ。あなたの黒髪と黒目は何とも神秘的で見る者を惹きつけます。一度見たら忘れません」

 

 黒髪黒目が神秘的ねえ。ここでは珍しいのかな?


 とまあ、そんな覚えやすい容姿だからこそ、手配書によって大々的に知れ渡る事になったんだけどね……


 因みにその手配書も新しいのに変わっていた。

 俺とセラーラは元より、新たにパーシヴァリーが追加されていた。

 そして俺の名前がでかでかと記載されていたのだ。ついでに懸賞金も跳ね上がっている。


「トモカズ様。商売の話に戻りますが、もう夢見蜂蜜はありません。ですので新たな商品を手配します。店として機能するのは数日後になるかと」

「期待しているぞ。エルテにアプリコット、ユージスを手伝ってやれ」

「分かってるよ、師匠。もっともっとお店を大きくしてみせるよ」

「ちょっと商売が面白くなってきました!」


 うんうん、こいつらも楽しんでいるな。


「……それでトモカズ様……あの件は……?」

「分かっている。そう遠くはない……というか、次だ。次でお前の望みを叶えさせてやる」

「おおっ、有難うございます……有難うございます……」

「しかしまだ駒が足りない。それが揃ってから仕掛ける」

「分かりました……すべてはトモカズ様にお任せします」


 ユージスは無理難題を見事にやってのけた。今度は俺がこいつの願いを叶えてやる番だ。


「今の資金はいくらだ?」

「金貨百枚は残っています」


 すごいな……店を購入した金額を差し引いても、まだこれだけ残っているのか。


「ユージス。商人ギルドに所属している者であれば、金さえ積めば誰でも商人ギルド委員会議を開くことができるんだったよな?」


 委員会議は商人ギルドの方針を決める会議だ。

 これは五人のギルド委員でしか招集権を持っていないため、彼らでしか会議を開くことができない。

 しかし、ギルドに所属している者であれば、五人の内の誰かに金を支払うことで会議を開催する事が可能だ。


「その通りですが、まさかその金で会議を開かせるのですか?」

「足りないか?」

「いえ! とんでもありません! 委員の誰かにもよりますが、金貨三十枚もあれば大体はいけます」


 金貨三十枚……三百万円か。

 委員は五人いるから、一人当たり六十万円……


「エルテ、次にやる事を言っておく。手札が揃ったらノッドルフに金貨七十枚を払って委員会議を開かせるんだ」

「了解だよ、師匠」


 快活に答えるエルテに反し、ユージス目を丸くさせた。


「えっ!? そんなに必要ありませんが!?」

「焦るなユージス。本当は全部ぶち込みたいところだが、次の仕入れ資金も必要だ。だから倍よりも多めの七十枚にした。これは確実に会議を開くためだ」


 これで委員一人当たりの取り分は百万円以上になるが、パイプ役のノッドルフ自身は多く抜くはず。

 業突く張りな奴なら絶対に受け入れるぞ。


「会議の名目はエルテたちの顔見せ。そして自分が目を付けた新たな販売経路の相談とかでも言っておけば、より間違いない」

「……そんなことを言って大丈夫なんですか……?」


 ユージスが心配そうに眉根を寄せる。


「安心しろ。全部が会議を開くための嘘だ。それにこれを実行するのは当分先の話だ。手札が全然足りないからな」

「……そうですか……でも、どうして会議を開くのですか?」

「その場でイスタルカの悪事を突きつけ奴を追い落とす」

「えっ!!? そんなことできるのですか……?」

「駒が揃えば問題ないと俺は思っている」


――ドンドンドン、ドンドンドン――


 とそこで、激しく店の扉が叩かれた。


 誰だ? 話の腰を折るんじゃねえ。


「おい! さっさと開けろ! 居るのは分かってんだ!」


 次いで店先から怒声が聞こえる。


 さっき引っ越してきたばかりなのに何なんだ?


「マスター、私が見てこよう」


 パーシヴァリーが苛立ちながら席を立った。

 彼女だけでなく、皆が不機嫌となる。


 まあ、俺もだけどね。


「ああ、頼む。だがお前はお尋ね者だから、覗くだけだぞ」

「分かっている。どんな奴か確認するだけだ」


――ドンドンドン、ドンドンドン――


 本当にうるせえ。俺たちは引っ越してきたばかりだから、ご近所さんに迷惑をかけたくないんだよ。


 そう思っていると、直ぐにパーシヴァリーが戻ってきた。


「大変だマスター! ジークベルトが来た!」





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