第12話 夢の蜂蜜

 オルステンの街並みに、朝日がゆっくりと差し込んでいく。

 俺はその光に当てられて、目を擦りながら体を起こすと思いっきり背伸びをした。


「おはようございます、主様」

「マスター、おはよう」

「旦那様、おはようございます」

「目が覚めたか、我が君よ」

「師匠、おっはよー」

「ご主人様、おはようございます!」


 乙女精霊たちが笑顔で挨拶をしてくる。


「みんな、おはよう」


 俺も頬を緩めて挨拶を返した。


「主様。もう少しで朝食が出来ます」

「ああ、頼む。ところでユージスの奴、何してるんだ?」

 

 別室にいるユージスは、木箱を机に何やら書き物をしている。

 別室と言ったが隔てる壁が半壊しているので、俺たちからは丸見えだ。


「起きられましたかトモカズさん。おはようございます」

「おはよう、ユージス。何をしていたんだ?」


 尋ねられたユージスは、二枚の紙を俺のところま持って来た。


「ピアさんに紙とペンとインクを用意してもらって、書状と地図を書いていたんです。ちょうどいま書き終わったところです」

「書状? 地図?」

「はい。これからエルテさんとアプリコットさんに商品となる品物を取りに行ってもらいます」

 

 なるほど。書状は生産者の紹介状で、地図はその場所か。


「商品は何処まで取りに行くんだ?」

「オルステンから半日ほど行った山の中です。時間がないので、お二人にはすぐにでも出掛けて頂きます」

「山となると、オルステンから出なければならないな……身分証とかは大丈夫なのか?」

「それも既にピアさんが用意してくれています」


 話を聞いていたピアが微笑んで口を開いた。

 

「皆さんの分、既に御用意しております。もちろん旦那様の分もありますが、お尋ね者になられたので必要なくなりました」


 その用意周到さ。素晴らしいぞ、ピア。


「トモカズさん。そう言う訳なので、今すぐ出発して頂きたいのです。取りに行って帰るだけでも一日を要するので……」

 

 時間がないもんな……


「エルテ、アプリコット。ただちに出発だ」

「了解だよ、師匠」

「はい、ご主人様!」


 二人は活発に言葉を返した。


「ではこの紹介状と地図を持って行ってください。それとピアさんが用意してくれた身分証も。城門から出入りする際には、これを提示すれば問題ないはずです。よろしくお願いします」

「任せといて、ユージスくん」

「ユージスさん。ちゃんと商品を持って帰るので、心配しないで待っていてください!」


 続いてセラーラが、サンドウィッチが入ったバスケットを二人に渡した。


「二人とも朝ご飯がまだでしょう。歩き歩き食べるのは、はしたないですが、これを持って行ってください」 

「ありがとう、セラーラちゃん」

「セラーラお姉ちゃん、道中でおいしく頂きます!」


 必要な物を受け取ったエルテとアプリコットは、早々と行動に移る。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってきます!」


 二人は意気揚々と商品の仕入れに出かけた。


 始めて街の外に少女たちを出すが、あの分なら大丈夫だろう。


「それでユージス。さっきからずっと思ってたんだが、あいつらにどんな品物を取りに行かせたんだ?」


 それなりの値段で爆発的に売れる商品でなければ、短期間での店の購入資金までには届かない。

 その辺りはこいつも理解しているはずだ。


「フフフ、トモカズさん。よくぞ聞いてくれました」


 ユージスのこの表情、よほど自信があるようだ。

 髭もじゃでよく分からないけど、きっとそんな顔をしているに違いない。


「私が売ろうとしているのは……なんと夢見蜂蜜です!」

「なんだ、それ?」

「えっ? あの幻の夢見蜂蜜を知らないのですか?」


 知らねえよ。

 俺たちは一昨日この世界に来たばかりだぞ。

 でも夢見蜂蜜って言うんだから、蜂蜜なんだろ。

 

「教えてくれ」

「仕方ありませんね。私が細かく説明してあげましょう」


 髭もじゃだが、絶対に得意満面な顔をしているよな。何かムカつく。


「夢見蜂蜜は生物を捕食する巨大植物、果肉大花草から取れる蜂蜜です」

「果肉大花草?」

「はい。この植物の花は牛ほどの大きさがあり、そこら辺の魔物なら一飲みで喰ってしまう非常に凶暴な肉食植物です」


 なにそれ? 滅茶苦茶怖いんですけど……


「果肉大花草から取れる蜜は、舐めたが最後、その甘さゆえに意識を蕩けさせて夢の中へと誘うほどの甘美さを持っています」


 どんだけ甘いんだよ。


「その事から、多くの者がこの蜜を求めるのです。しかし果肉大花草は数が少ないので、蜜を手に入れるのは非常に困難です。加えて危険性が高い事も希少価値を高めています」

「数が少ないのは仕方がないな。だが蜂蜜と言うからには、蜂に集めさせてるんだろう? それで危険を回避している、違うか?」

「仰る通り。ですが蜜を集める蜂も限定されています。その蜂は蕾蜂と言って、ミツバチとよく似た姿をしています」 


 この世界にもミツバチがいるのね。


「蕾蜂は存在自体が非常に希少で、幻の蜂と言われています。この蜂は何処に咲いているのか分からない果肉大花草の蜜を集めてくるのです。付け加えると、蕾蜂だけは果肉大花が何の反応も示さないのです」


 何だ、その蜂は。果肉大花草に愛されているのかよ。


「故に蕾蜂でしか蜜の採集は不可能です。そして取れた蜂蜜は夢見蜂蜜と言われ、幻の蜂蜜として高値で取引されているのです」


 ハードルが高すぎ。


「本当にそんな蜂蜜を仕入れられるのか?」

「フフフ、トモカズさん。私を誰だと思っているのです?」


 どうせドヤ顔してるんでしょ……イラっとするよ……


「私は見つけたのですよ。蕾蜂を飼育して夢見蜂蜜を採収している人物をね」

「ほう……誰なんだ?」

「オルステンから半日ばかりに行った山の中で暮らす、木こりのお爺さんです」


 養蜂だから、ご近所さんの事を考えたら人の密集していない場所になるわな。

 

「ニ年以上前のことです。私が別件でその山に赴いた時、このお爺さんが伝説の蕾蜂を飼育しているところに偶然出くわしたのです」

「運がいいな」

「ええ、とても幸運な事でした。私はさっそくお爺さんに頼み込んで、蕾蜂が集めた蜜を一嘗めさせてもらいました」

「それで?」

「間違いなく夢見蜂蜜でしたよ。お爺さんから話を聞いたら、ただ自分の分だけを食べるために養蜂していたそうです」


 その爺さん凄いな。

 希少なところをすべて突破して、夢見蜂蜜を採収していたんだからな。


「ところがです。そこからが大変だったのです」

「何かあったのか?」

「実はこのお爺さん。むかし商人に騙されたことがあるらしく、大の商人嫌いだったのです」

「あれまあ」

「ですから商談を持ちかけた瞬間、凄い怒鳴られまして。斧を振り回しながら襲い掛かって来たので、私は這う這うの体で山から逃げ出しました」


 殺されかけてんじゃねえかよ。


「しかし私も商人の端くれ。こんなことでは諦めません」


 おお、これが商人魂というやつか。


「何度も何度も根気よく通い続けましたよ。そのたびに斧で追い掛けられたり、弓を射掛けられたりしました。それを一年間続けたら、夢見蜂蜜を卸す事を約束してくれたのです」

 

 ……それはもはやストーカーの域だぞ……


「でもその直後です。私がイスタルカに嵌められたのは……なので夢見蜂蜜が市場に流れることはありませんでした」

「なるほどな。でもその爺さん、急にお前が顔を出さなくなって心配してんじゃないのか?」

「そうですね。そこら辺は申し訳ないですね。でも大金を前払いで払っていたので、あまり迷惑はかけていないかと思います。そう思いたいです」 


 おいおい、凄く心配だぞ……

     

「それって一年前の話だろう? 大丈夫か? エルテとアプリコットが行って追い返されないか?」

「大丈夫です。その為の書状ですので安心してください」


 お前のその自信、どこから来るんだよ……


「主様、お食事の用意が出来ました」


 セラーラを筆頭に、乙女精霊たちが俺の前に料理を並べ始めた。

 朝食はサンドウィッチか。

 野菜やベーコンがたっぷりとパンに挟んであるぞ。


「うまそうだ」


 俺が料理に目を奪われていると、彼女たちも俺を軸線にして円を囲むように床へと座った。

 因みに床は布を敷いてあるので尻は痛くない。


「さてと、頂きます」


 俺はサンドウィッチを手に取って思いっきり齧り付く。


「うん、美味い」

   

 とそこで、ユージスが微動だにせず料理を見ていた。


「なにしてるんだ? お前も食えよ」

「え? い、いいんですか……?」


 そう言えば昨日の晩、こいつに飯を与えていなかった。


 一応、理由はある。

 あまりにもユージスが臭いので、セラーラの浄化スキルを掛けてやった。

 しかし何故かスキルが通用しなかったのだ。

 チェームシェイス曰く、滅多にない事だが一年もの歳月で悪臭自体がユージス生来の匂いになったのではないか、という話であった。

 先天的の事柄に対しては、治癒系統のスキルは効かないらしい。


 そりゃそうだ。もしそんなことが可能なら、人体改造も出来ちまう。


 ……しかしユージスの奴、元から臭かったんじゃないのか……?


 という訳で、ピアとアプリコットに井戸でユージスを洗って来るよう指示を出した。

 その間、俺たちは先に食事を済ませ、彼女らが戻るのを待っていたのだが、なかなか帰って来ない。


 あまりにも遅いのでエルテに様子を見に行かせたら、二人は意地になってユージスの体をデッキブラシで擦っていたそうだ。

 なかなか匂いが落ちないので、ピアが持つレアアイテムの香水も使ったらしい……  


 そうこうしている内にやっと匂いは取れたのだが、時間は既に夜半となっていた。

 もう夜は遅かったので二人は食事を摂らずにその日を終え、自動的にユージスも晩飯は抜きとなったのだ。


 ユージス。お前の悪臭が取れないから、ピアとアプリコットまで飯が食えなかったじゃねえか。


「いいから、さっさと食え」

「は、はい。では頂きます」


 サンドウィッチを手に取ったユージスは、俺と同じように大きく口を開けて齧り付いた。


「……お、おいしいです……こんな人間らしい食事……い、一年ぶりです……うっ、ううう……」

「これから毎日ちゃんと食わせてやるから泣くな。飯が不味くなる」

「ふ、ふいまへん、ふいまへん」


 涙を流しながらサンドウィッチを頬張るユージスに、俺たちは相好を崩すのであった。






 朝食後。

 俺は何もやることがなかった。


 一方でセラーラは廃屋の掃除をしている。

 あと数日でここを出るから無駄な作業だと言ったのだが、少しでも俺たちが快適に過ごせるためだと言って聞かなかった。今が大事なんだとさ。

 まあ、その心遣いが嬉しいんだけどね。


 パーシヴァリーは自分の在庫目録インベントリから一つずつ武具を出して熱心に手入れをしている。

 緊急時に備えてこれは欠かせない事だと言っていた。

 どんな道具でも整備は必要だよね。


 チェームシェイスは魔術屋から買い込んだ道具で色々と試していた。

 彼女曰く、魔術とスキルは似て非なるものらしい。

 魔術はこの世界の法則に則って発動しているが、魔法スキルを含めたすべてのスキルは異なる法則でこの世界に干渉し、発現しているそうだ。

 もうそこまで突き止めたチェームシェイスには脱帽するよ。


 ピアはユージスの指示で俺たちの隠れ家となる物件を調べに行った。

 既に地区は絞られているらしく、時間の都合もあるから今日中には目星を付けるそうだ。 


 そしてユージスは書き物をしていた。

 次の商品を選別して、新たな紹介状をせっせと書いている。

 こいつが持つ販売経路には、木こりの爺さんの様な人物があと五、六人はいるらしい。

 末恐ろしい奴だ……


 さてと。

 俺は現代日本で馬車馬のように働き、この世界でも心身を削る思いをした。

 まだ三日目なのにね。

 なので休養が必要だ。

 二度寝さいこー。

 お休みなさい。






 昼時に起こされた。

 どうやら飯の様だ。

 俺はみんなと一緒にご飯を食べて、その後もうひと眠りしようとした。


 とそこで、チェームシェイスが魔術の事でユージスと話をしているではないか。

 なんでも昼から魔術の実験をするらしく、面白そうなので俺も参加することにした。

 

 そして一時間ほどで実験は終わったので、俺は再度ごろ寝した。






 あっという間に晩になった。


 俺がボロボロの寝台で怠惰を貪っていると、エルテとアプリコットが二台の大八車に多量の蜂蜜を乗せて戻って来た。

 しかもそのすべてが瓶詰めされていて、いつでも店売りできる状態に仕上がっている。


「こ、こんなにたくさん……お金の方は大丈夫でしたか……?」


 あまりの量の多さにユージスは眼を剥いて驚いた。


「木こりのお爺さん。初回だから特別だって」

「前金も貰ってるから気にするなって言ってました!」

「……そうですか……」


 良かった。

 ちゃんと取引できたようだ。


「エルテさんにアプリコットさん、有難うございます……」


 ユージスが頭を下げて礼を述べた。


「商品を取りに行っただけなので全然大丈夫です!」

「でもちょっと大変だったかな」


 エルテの発言にユージスは眉を潜める。


「な、なにか問題でも?」

「君の書状をお爺さんに見せたら号泣しちゃって。慰めるのに苦労したんだよ」 

「木こりのお爺さん、ずっとユージスさんを待ってたみたいです! いつか取りに来るって、大量の夢見蜂蜜を用意していたんです!」」


 その言葉にユージスは衝撃を受けた。


「……何と言っていいのか……言葉が見つかりません……」 


 どうやら木こりの爺さんは義理堅い男だったらしい。

 一年も音沙汰なしのユージスに、書状だけでここまでの事をしてくれたのだから。


 だが俺はこうも思っている。

 エルテとアプリコットだから、爺さんもすんなり信じてくれたのだと。

 親の欲目と言えばそれまでだけどな。


「あとは賞味期限とか心配だが、大丈夫なのか?」

「賞味期限……? ああ、日持ちの事ですか。でしたら心配いりませんよ。夢見蜂蜜は十年たっても腐りませんから」


 すげえ、十年も持つのかよ……流石は幻の蜂蜜だ。


「商人は信頼が大事と常々思っていましたが、今日ほど痛感した事はありません……いずれはお爺さんの所へ直接お礼に行かなければなりません……」

「その時は俺も同行していいか?」

「もちろんですとも! ぜひ一緒に行きましょう!」


 俺とユージスは、互いに笑顔を交わすのであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る