第11話 落ちぶれ商人
ピアは商人ギルドの組織体制を簡単に説明してくれた。
「商人ギルドには五人のギルド委員が存在します。組織においては彼らが全ての決定権を握っております」
さぞかし荒稼ぎしてるんだろうな。
「その中の一人にユージスという者がおります。この者は商才に恵まれた青年で、ギルド委員を務めることからも分かるように、若くして大成功を収めております。容姿に優れ人柄も良く、非常に評判の高い人物です。尚且つ、とても美しい妻を娶っております」
なんだよ、リア充かよ。
嫉ましい限りだよ。
「そんな彼を嫉む者がいました」
えっ!
「その者はイスタルカ・ビスロという人物です」
びっくりした……
一瞬、俺の事かと思ったよ。
「……そいつらがどうかしたのか?」
「はい。順風満帆なユージスを疎んじたイスタルカが、彼に姦計を仕掛け陥れました」
……どこの世界でも恨みつらみの類で事件は起きるものだな……
「どうやって陥れたんだ?」
「簡潔に言いますと、イスタルカは嘘の情報を流してユージスに莫大な借金を抱え込ませました。その所為で彼の店は潰れ、妻は借金のカタにイスタルカの元へと身売りしたそうです」
寝取られたか……可哀そうに。
「それが今から一年前。すべてを失ったユージスは、その日暮らしの根無し草となり、このスラム街で野良犬のような生活を現在でも送っております」
なるほどね、そういう事か。
「ピア、お前の魂胆が読めたぞ」
「流石は旦那様、お気づきになられましたか」
俺が目覚めたとき、襤褸壁一枚隔てた辺りから俺たち以外の者の気配がした。
六人の少女たちも気づいているはずだが、誰一人として言及しなかった事からも、こいつらが一枚噛んでいるのだと察しがつき今まで放置していた。
「旦那様のお許しが出ました。こちらへいらしてくださいませ」
半壊した壁の裏側から一人の男が姿を現す。
その者はくたびれた穴だらけの襤褸に身を包み、髪と髭が伸び放題の浮浪者であった。
「話の流れからして、こいがユージスか」
「はい。その通りです」
ピアのやつ。誰から聞いたか知らないが、ユージスの話を知った時からこいつが使えると踏んでいたな……
だからわざわざ探してまで連れてきやがった。
……俺がこの街から逃げ出すとか言ったら、ユージスをどうするつもりだったんだよ……
お前まで先走ってんじゃねえよ……
「さあ、ユージスさん。旦那様にご挨拶を」
そんな俺の心中など知ろうはずもないピアは、微笑んで浮浪者に言葉を促した。
「……初めまして、トモカズさん。このような身形で申しわけありません……私の名はユージスと申します……」
なんかこの人、今にも死にそうなんですけど。
それに臭いし……
「……トモカズさんがアンドレイを爆殺した事は手配書で存じています。そして【撲殺聖女】様があなたの下僚であることも、そこのお嬢様方から伺いました……」
既にセラーラたちから事情を説明されているな。
ならば話は早い。
「こちらも改めて自己紹介をしよう。俺の名はトモカズ。ここにいる六人の少女たちの保護者だ」
俺の言葉にユージスが平伏した。
……今、この男が取っている態度は本心なのか?
やり手の商人だったらしいからな……外見で判断しては痛い目を見るぞ。
だが俺も現代社会と言う名の荒波に揉まれたサラリーマン。
一筋縄ではいかないところを見せてやろうじゃないか。
「ここに来た経緯を説明してくれるか?」
ユージスはくたびれた表情で語りだした。
「……ちょうど私が生ごみを漁っているとき、目の前にピアさんが現れました……」
……生ごみって……意外とたくましいな、こいつ……
「驚きました。こんな美少女がこの世にいるのかと……」
当たり前だ。何せ俺が心血を注いでキャラデザしているからな。
「ピアさんはにっこり微笑むと、アンドレイを殺した下手人は自分の主人だと言ってきました。最初はまたイスタルカがちょっかいを出してきたのかと思ったのですが、ピアさんに証拠を見せるから付いて来いと言われたので、半信半疑で同行したのです。そして辿り着いた先がこの廃屋で、そこでも私は驚きました。ピアさんと同じくらいの美しい少女が五人もいたのですから。更にはその中に手配書で見た【撲殺聖女】様がいたことに、私は二重の意味でも驚きました」
そうだろう、そうだろう。
が、騙されんぞ。
俺を煽てて丸め込む算段なのだろう?
「ピアさんは私の置かれている状況を既に分かっていたのか、皆さんに説明してくれました。そうしたら皆さんは微笑んでくれて、後は自分でトモカズさんと話をしてくれと……」
……重要なことは何も話してないのね……
「……分かった。それでお前はどうしてピアについてきたんだ?」
先ずはこいつの真意を問わねば。
「イスタルカをぶち殺すためです」
おお、態度が変わったぞ。何というか、覇気が出ている。
「私は商人ですが、ここでは打算抜きで話をさせていただきます」
そう言うと、ユージスは目に憎悪の炎を滾らせた。
「……私はあいつが憎い。憎くて憎くて仕方がない! あの野郎をぶち殺すことができるのならば、何でもします!」
「何でもか」
「そうです! 何でもです! この場に来たのは、あなた方があのアンドレイを容赦なく殺したからです! その取り巻きである騎士も簡単に命を奪ったと!」
「確かにな。俺たちに身分の壁は存在しない。それにあの程度の輩、俺たちの敵ではない」
「おお! 素晴らしき豪胆さ! ぜひ私をあなたの麾下に加えて頂きたい! 今の私は文無しですが、商人時代に培った情報は持っています! これを全てトモカズさんに捧げます! だからお願いします!」
「対価としてイスタルカを殺すのを手伝えってか」
「仰る通り!」
ふむ。こいつの態度からして本気っぽいな……
かなり切迫してるようにも見えるしマジなのか……?
それとも、これも俺を利用しようとする演技なのか?
「なぜそこまで俺に縋る? 確かお前には他に類を見ない商才があるんだろう? 別の街へ行って資金を調えれば、そこから態勢を立て直して復讐が可能なはずだ。他にも方法はあるぞ。この街で再び成り上がって、イスタルカと対決する事も出来なくはないと思うが?」
抜け道などいくらでもある。俺を舐めるなよ。
「……私はイスタルカに徹底的にマークされています。もし私がこの街で商売をすれば、たちまちイスタルカの手の者が邪魔をしに来ます。さらに奴は領主と繋がっているので、私はオルステンから出る事すらもできない……イスタルカはここで私が腐るのを見て楽しんでいるのです……」
あらら、それはけっこう厳しいな。
しかも領主が絡んでいるのかよ……
悪事あるところにはドミナンテあり、だな。
「マークされているという事は、終始監視されているという事か?」
「いえ。数日に一回程度、イスタルカの手の者が私の様子を見に来ています」
「雁字搦めと言う訳か」
「……はい……」
うーん。別段、話におかしいところはないな……深読みしすぎたか?
そう思ったら、なんか可哀想になってきたぞ。
店や嫁、何もかも失って、おまけにスラムに落とされて、さらにはそこから這い上がれないって……
完全に詰んでるじゃないか……
「お前の覚悟が知りたい」
「覚悟、ですか……?」
一応、確認しておかないとな。
「そうだ。俺に全てを委ねる覚悟があるかどうかだ。俺とお前は先ほど出会ったばかりで、お互いの信頼関係は成り立っていない。そんな俺に、何処まで尽くすのかその覚悟を知りたい」
「全てです! 私にはもう、失う物など何もないのです! 例えあなたがイスタルカよりも非道な行いをしたとしても、奴をぶち殺せる機会を与えてくれるなら悪魔にでも魂を売る覚悟です!!!」
おお、即答しやがったよ……
こいつの復讐心はドン引きするほど本物だ……ここで断ったら俺が恨まれそうだよ……
「……いいだろう、お前を俺の保護下に置こう」
「本当ですかっ!?」
ユージスの顔が満面の笑顔になる。
髭もじゃでよく分からないけど、きっとそうだ。
「ああ、俺に任せておけ。共に目的を達成させるぞ」
「……有難うございます……有難うございます……」
ユージスは跪いて何度もお礼を言った。
六人の乙女精霊たちも、彼の態度に満足そうだ。
「……」
……にしてもだ。
任せておけとは言ったものの、どうしたらいい?
こいつを使って何ができる?
「……」
俺は腕を組んでしばし考え込んだ。
「……」
誰もが黙って俺の言葉を待っている。
「……」
……みんな俺に期待してるんだね……
でもね。元はしがないサラリーマンだからね。
「……」
そして黙すること五分。
俺は重々しくも勿体つけて口を開いた。
「……ユージスよ」
「はい!」
打てば響くがごとく、直ぐに言葉が返ってくる。
「おまえが商人に戻って大成するには何が必要だ?」
その質問にユージスは逡巡すると、自信を持って答えた。
「金貨一枚あれば十分です」
金貨一枚の相場が分からねえ。
「済まないが、銀貨で言うといくらだ?」
「銀貨ですか? 十枚くらいですが……」
という事は、日本円に換算すると銀貨一枚が一万円だから、十万円必要という訳か。
おいおい。たったこれだけの軍資金で商人に返り咲けるのかよ。
だとしたらこいつ、とんでもない逸材だぞ。
「でもトモカズ様……私がこの街で商売をするのは不可能です……」
確かイスタルカが邪魔するんだっけ。でも問題はそこではない。
「ユージス、一つ聞きたいことがある」
「はい、何なりと言ってください」
「イスタルカの手回しによって、業者がお前に商品を卸せないとかそういう事はないのか?」
確信を付いた言葉にも、ユージスは胸を張って答えた。
「あります。奴に脅されて殆どの者は私に商品を卸してくれません……ですが、私は独自に開拓した流通経路を幾つか持っています。それは商人ギルドですらも知り得ない私のみが知るルートです。その売りとなる品物は、市場に流せば必ず売れると断言できます」
凄い自信だな。
「イスタルカが私をスラムに縛り付けている理由の一つが、その販路を奪うことなのです。私が泣き付くのを奴は待っているのです」
ユージスのやつ。
イスタルカに復讐するため今まで耐えてたんだな。
こいつ、思ったより使えるかもしれない。
「だったら話は早い。お前に銀貨三百枚を預ける。これで利益を上げろ」
「ぎ、銀貨三百枚ですか!?」
ユージスは目を見開き驚いた。
まあ、そうだよね。
銀貨十枚で足りるって言ってるのに三百枚だものね。でもこれには理由があるんだけどね。
「何だ、少ないか? 必要ならもっと融通してやる」
「いえ! 充分です! ……でも……」
ユージスの目が泳ぐ。
「分かっている。お前はこの街では商売ができない。だから別の者に商売をさせる」
「……別の者……ですか?」
訝しむユージスを余所に、俺は二人の少女を指名した。
「エルテにアプリコット。お前たちがユージス監修の下、表立って商売をしろ」
「ボクが?」
「私もですか?」
二人はきょとんとした顔を俺に向ける。
「そうだ。人当たりが良く懐っこいお前らなら問題ない。行商人の姉妹という名目で商人広場へ行って商売をするんだ」
「そういう事なら任せてよ。たくさん売って来るからね」
「ご主人様、頑張ってきます!」
二人は笑顔で俺の命に快諾した。
しかし今までの乙女精霊たちの例もある……
念のため釘を刺しておこう。
「但し、変な輩が絡んできたときは口八丁で言い包めろ。それでもダメなら適度に叩き潰して追い返せ。いいか、絶対に殺すなよ」
「分かったよ、師匠」
「ご主人様、了解しました!」
よし。これで無茶なことはしないだろう……
……でもちょっとだけ不安かな……
「ですが主様。ジークベルトが来たらどうするのですか?」
セラーラのやつ。アンドレイの時のような事態を危惧しているな。
だがそこも考えてある。
「ピア」
「何でしょう、旦那様」
「お前を見張り役に添える。スキルを使って身を隠し、ジークベルトが来たら直ぐエルテたちに報せろ」
「畏まりました、旦那様」
今度はエルテとアプリコットに指示を出す。
「二人はピアからの報が入ったら、速攻で店を畳んでその場から撤退するんだ」
「師匠、一目散に逃げるよ」
「はい! ご主人様!」
「それでも何かの拍子で漆黒騎士とやらに鉢合わせるかもしれん。だがこちらにはエルテがいる。その時は最悪殺しても構わんから、自分たちの身の安全を優先しろ」
ピア、エルテ、アプリコットの三人は共に頷く。
「セラーラ、これで問題はないだろう」
「御見それしました、主様」
ここまでは良い。次はユージスがどこまでやれるかだ。
「ユージス。お前はこの三人を使って資金を作り、エルテとアプリコットの名義で店を出せ」
「……店を……ですか?」
「そうだ。そこが俺たちの拠点になるから、何の店でも構わない」
店は体裁であって拠点を隠すための隠れ蓑だ。
「店を出す場所、規模、それらはこの街に住んでいたお前が選別しろ」
「わ、分かりました……ですがそうなると……」
ユージスは不安げな顔を俺に向ける。
「エルテとアプリコットを商人ギルドに入れた方がいいんだろう?」
「は、はい……それもそうなのですが……」
「身分証みたいなものがいるんだろう?」
「……恐れ入ります……」
俺が悉く心配事を言い当てたため、ユージスは恐縮する。
「それらはピアに相談しろ。偽造でも何でもしてくれるだろう」
細かいことは全部ユージスに丸投げだ。
それに万が一こいつが裏切るとしても、切れ者のピアが付いているから心配ない。
「いいか、ユージス。ここからがお前の真価が問われる」
俺が真剣な目をユージスに向けたことで、彼は姿勢を正して身構えた。
「これらを全て、明日から三日以内に整えろ」
「えっ!!? み、三日ですかっ!!?」
まあ、そんな反応になるわな。
だがやってもらわないと困る。
「お前もあの襤褸壁の裏側で、ピアの報告を聞いていただろう」
「あっ! は、はい……」
俺の言葉にユージスは表情を強張らせた。
やっぱりこいつは頭がいいな。すべてを理解したようだ。
ドミナンテがオルステンに戻ってきたら、スラム街での大規模な捜索が予想される。
奴が帰ってくるのはピアの予想だと五日後。下手をしたらもっと早いかもしれない。
それまでに拠点をどうにかしなければ、危機的状況に陥るのは目に見えている。
それに拠点に関してもう一つ懸念がある。
この廃屋には認識を薄めるスキル、〈
悠長なことは言ってられないのだ。
俺が銀貨を三百枚も渡したのは、短期間で稼いでもらうためだ。
早々にここを引き払って、安全な拠点を作らねば。
「……分かりました、トモカズさん。明日から三日……三日以内でお二人を商人ギルドに所属させ、店を構えて見せます!」
よし。やる気になったな。頼んだぞ、ユージス。
「しかしユージスがスラム街からいなくなったら、イスタルカが怪しみそうだな……」
「我が君よ、それは大丈夫だと思うぞ」
チェームシェイスがしたり顔で口を挟む。
「奴の手の者は数日に一回程度の確認と言っておった。それにアンドレイの件でごたごたしておるから、当面は問題なかろう」
確かにそれは言える。今がタイミング的に好機という訳か。
「ならば憂いはない。ユージス、期待しているぞ」
「はい! 必ずや使命を全うして見せます!」
斯くしてユージスは、身命を賭して事に挑むのであった。
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