第10話 悪徳領主

「主様。私とエルテはここで待機していたので、これといって伝えることはありません。パーシヴァリーとチェームシェイスも主様と共に行動をされていたので、特に報告は必要ないかと」


 セラーラの言葉には熱が籠っており、他の乙女精霊たちも意欲あふれる表情をしていた。


「ではピア。主様にご報告をお願いします」

「はい。先ずは世界の概要について申し上げます」


 白髪で紅い瞳の美少女ピア。

 彼女の清純な口から艶めかしい声が発せられる。


「この世界では、人間種族以外にも多種多様の種族が存在しております。例を挙げますと、耳や尾など獣に似た特徴を持つ獣人。尖った長い耳を持つ眉目秀麗のエルフ。短躯な体で力が強いドワーフなどです」


 ……乙女精霊サーガではそんなのいなかったぞ。

 是非とも見てみたいな。


「ですが、このオルストリッチは人間至上主義ですので、人間種族以外を見ることは稀です」


 あらまあ。ちょっと残念。


「他には魔物と言われる強力な害獣が存在するようです」

「魔物?」 

「わたくしが思うになかば世界で言うところのモンスターと同様のものかと」


 なるほど。


 乙女精霊サーガではモンスターがエネミーだった。

 魔物はモンスターの呼び方が変わっただけのエネミーだと思ってよさそうだな。

 

「後は女神や精霊王、魔神など超常の存在が噂されております」


 はい。完全に異世界ファンタジーです。


「次は市井の声についてご報告いたします」


 それは気になる。

 アンドレイを殺したから、街の様子はどうなってんだ?


「旦那様がアンドレイを誅した事は一日しか経っていないにも関わらず、既にオルステンの街全体へと広がっております」


 噂が広まるのが異常に早いな。

 あれだけ兵士が街にいて手配書がバラ撒かれているから、仕方ないと言えばそれまでか。 


「領主側は、旦那様とセラーラさんを捕えようと躍起になっております。手配書も数多く出回り、騎士と兵士を総動員しての大捜索が展開されています」


 だろうね。両方ともこの目で確認したし。


「しかし市民たちは旦那様の行為を密々にではありますが称賛し、セラーラさんも【撲殺聖女】と呼んで群衆の希望となっております」


 アンドレイの傍若無人ぶりを見れば、群衆が俺たちに縋りたい気持ちは分からんでもない。


「次にこのオルステンの地理について申し上げます」


 それは是非とも欲しい情報だな。

 逃げ出すときに困らないからね……


「オルストリッチ辺境伯領はブリエンセニア王国に属し、王都から遥か南西端に位置しております。そして南は凶悪な魔物が蔓延る魔ヶ原樹海、西には大国ゼルディオン帝国と、二つの脅威に隣接した場所です」


 ふーん。けっこう過酷なところにあるのね。


「オルストリッチ領自体がこの二つの脅威に対して国の盾となっております。ですので領主のドミナンテは王国でも相当の権力を有しております」


 まあ、そうなるよな。

 確か辺境伯と言えば、外敵から国境を守る地方長官みたいなものだから、それなりの軍隊も持っている。

 そんな奴に臍でも曲げられたら大変だ。


「しかしドミナンテはそれを良いことに、このオルストリッチで悪政を極めております。その例として、ある農村地帯での税率は九公一民です」

「は?」


 ……九公一民……

 そんなの副業でもしないと食っていけないだろ。

 確か日本でも江戸時代初期、松倉勝家という大名が九公一民を実行して、世にも有名な島原の乱を引き起こさせたっけ。

 あれは日本の歴史上、最大の一揆だと聞いている。

 

「他にもドミナンテは村人たちに人頭税、馬税、鉄税、墓税など諸々の税を掛けているようです」


 ……鉄税とか墓税ってなに?

 鉄を持ってたり墓を作ったら税を取られるってこと?

 もしそうだったら無茶苦茶だ。

 確実に殺しにかかってるよ。


「九公一民やこれらの税は、領主に対して不利な行動を取った村に実施されます」


 不利な行動って、たぶん税の誤魔化しや村人の流出だろうな。

 

「普通の村はどうなんだ?」

「真面目に税を納めている村でも八公二民です」


 ……それでも重税には変わりねえ……


「思った以上に酷いじゃないか」

「はい、旦那様。ですがそれだけではありません。税が払えない村は、見せしめとして村人を拷問にかけていると聞き及んでおります。しかも女子供だけに狙いを定めて……最悪、少年少女を税の代わりに連れ去るそうです」


 鬼畜かよ! 子供は国の宝だぞ!


 だが村人を服従させるには最大限の効果を発揮するな……

 何せ子供を人質、且つ拷問に掛けられるなんて親としては身を引き裂かれる思いだからな。


「……ピアよ、よーく分かった。それでそのクソ領主どもの情報を聞こうか」


 俺が怒気交じりの表情を作ったことで、美少女たちも気を引き締めた。


「畏まりました。では最初に領主のドミナンテ。彼は今現在、自国の領地を巡視しているらしく、このオルステンにはいないようです。ですがアンドレイの訃報を聞けば、すぐに戻ってくると思われます。現時刻からして明日辺りには報せが入るでしょうから、逆算すれば五日後辺りには戻って来ると考えた方がよろしいかと」


 なるほど。

 

「長男のデウストは外交のため他領へと出向いております。彼が赴いている先は王都から北東に位置するクーレンデール領ですので、当分の間は帰って来れません」


 ふむ。親父に続き、その後を継ぐ長男も不在か……


「次男のエスクールは王都において宰相ポスワーレの秘書長官を務めております。役職上、彼がオルストリッチに戻って来るとは考えられません」


 宰相の秘書長官だと?

 だとしたら中々の切れ者だぞ。 

 次男は要注意だな……


「三男のマッキシムは、ここより西にあるバンジョーナ城塞にいます。彼は軍事の天才と呼び声高く、そこで将軍の任に付いております。しかしマッキシムは国境を接するゼルディオン帝国に備えて睨みを利かせていますので、そうそう戻ってくることはないかと」


 軍事の天才? エスクールに続き優秀だな。


「そして四男のジークベルト。この者は今、オルステンの領主代理を務めております。彼は一度、他家に婿へと出されていたのですが、そこで悪行三昧を繰り返して先方から送り返されたそうです」


 あの巨大な椅子に座っていたあいつだな。

 

「悪行三昧とはどんなことだ?」

「年端も行かぬ幼女を犯したり拷問に掛けたそうです」


 ……おばちゃんが言ってた通り、子供にしか興奮を覚えない変態か……

 心底クズだな!


「お咎めは?」

「婿先は格式的に下でしたので、罰することは出来なかったかと……」


 ……世知辛いな……


「そのジークベルトですが、彼には漆黒騎士と呼ばれる二名の護衛が付いております」

「漆黒騎士? なにそれ?」

「はい。漆黒騎士は、その名の通り漆黒の鎧を身に纏っております。この騎士たちは、漆黒騎士団と呼ばれ、ブリエンセニア王国で最強と謳われる五大騎士団の一角に数えられています」


 そういやジークベルトの座っていた椅子の左右にそんな奴らがいたな。


「漆黒騎士は、他の騎士とは一線を画すと誰もが口を揃えて言っておりました。わたくしの見解としましては、彼らの実力が分からない内は迂闊な行動を取らない方が賢明かと」

「領主代理だから、アンドレイと違ってそれなりの護衛を付けているという訳か……」


 良かった。あそこでジークベルトに手を出さなくて……


「最後はドミナンテの妻です。名をイングリッド・ラ・ヴァンヘイム。彼女はドミナンテの後妻で年若く、非常に美しい容姿を持っていると市井の間ではまことしやかに囁かれております」

「後妻という事は、アンドレイたちの本当の母親じゃないのか?」

「はい。五人兄弟の実母は既に他界しております。その実母も嘗ては贅の限りを尽くして人民を苦しめたそうです。なので彼女が死んだときは、民衆はたいそう喜んだそうです」


 ……嫁さんまでも害を撒き散らしてたのか……


「このイングリッド。彼女は病弱のため、オルステンより東のレンドン城という場所にて療養中です」

「何か持病でもあるのか?」

「違います。それは単なる建前。本当の目的は、彼の地で自分の欲望を満たすためです」

「……欲望……?」

「はい。彼女は美貌に執着しております。若い男女の血を浴びたり飲んだりすれば、自身の美しさが永遠に保たれると信じ込んでおり、犠牲となる奴隷が頻繁に彼女の元へと運び込まれています。しかもそれだけでは飽き足らず、若い農民が度々攫われているという話です」


 ヴァンヘイム家……碌な奴がいねえ……


「このためイングリッドは、その地方一帯では【血啜りの伯爵夫人】と呼ばれています。彼女の居城であるレンドン城では、夜な夜な残虐行為が行われているそうです」


 ……この世界のエリザベート・バートリかよ……


「以上がこのオルストリッチ辺境伯領の領主、ドミナンテの家族構成です」


 さすがはピア。

 素晴らしい諜報能力だ。


「それと一つ、重要なご報告が」

「なんだ、言ってみろ」

「アプリコットが何者かに付けられておりました」

「なに!?」

「わたくしが推察するに、アンドレイが殺された事でオルステンには多数の間者が放たれているかと」

「ご主人様、ごめんなさい……」


 アプリコットは目に涙を溜めている。


「気にするな。お前はまだセラーラたちに比べてレベルが低い。これからじっくりと腕を磨けばいい」

「……はい……」


 彼女は涙を拭って元気な顔を見せた。


 うんうん、やっぱりアプリコットは元気に笑っている方が可愛いね。


「それでピア、この場所がばれたのか?」

「問題ありません。幸いにも戻る前にわたくしが気づきましたので、秘密裏に処理しておきました」

「そ、そうか……ご苦労、ピア……」


 処理って物騒な言い方だな……たぶん殺したんだろうね…… 


「我が君よ。いつまでもこの場所にはいられぬぞ」

「主様、チェームの言うとおりです。スラム街は犯罪者などが身を隠すには打って付けの場所。いずれは大規模な捜索が行われるのは目に見えています」

「……」


 ……そうだよな……早急に拠点を変える必要があるよな……

 だが何処に移動する?

 この世界には知り合いもいなければコネもない……弱ったぞ……


 「旦那様、面白い情報を一つ手に入れております」


 俺の苦悩を見透かしたかのようにピアが言葉を紡いだ。


「商人ギルドについてです」


 俺がこの世界に来て初日。

 セラーラと共に広場で商売をしたとき、煉瓦造りの建物で許可証をもらった。

 その建物が商人ギルドの本部だ。

 そこで俺は、受付嬢から長々とギルドの規約について聞かされた。


 商人ギルドは商人たちによる組合で、領主も認可した公的な組織だ。

 所属していれば、独占された商品の販売権利や安定した流通を融通されるなど多大な恩恵を受けることができる。


 別段、組合に入らなくとも商売は可能だが、商品の種類に対しての制限がかけられたり、店を出すのに様々な規約事項を満たさなければならないため、ギルドに所属していない者がこの街で商売をするのは非常に難しかった。


 かといって商人ギルドに所属すれば、決して安くはない所属費用を月に一度は納めなければならないので、商才がない者が所属すれば一瞬で破産の末路を辿る事となる。

 それでも上手くやれば確実に儲けが出ることは間違いなく、ギルドの門を叩く者は後を絶たなかった。


 しかしながら、商人ギルドに入るには推薦役と言われる商人の推薦が必須であり、おいそれと加入出来るものではない。


 因みに俺がセラーラと治癒の商売をした広場は商人広場と言って、場代さえ払えば規約に縛られることなく誰でも自由に商売が許される特例の場所であった。


「商人ギルドがどうかしたのか?」


 俺の言葉にピアは、清楚の中に淫靡を包括している何とも不思議な表情を作り出した。


 ……エロい……じゃない!

 ピアのこの表情、何やら企んでいるな。





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