第9話 少女たちの暴走

 俺はくたくたになりながら、パーシヴァリーを連れて拠点に帰ってきた。


「待っていたぞ二人とも。ちょうど昼食が出来たところだ」


 先に戻っていたチェームシェイスが笑顔で出迎えてくれる。


「お二人ともお帰りなさい。直ぐに食事の支度をしますね」

「お帰り、師匠、パーシーちゃん。さ、ご飯食べよ」


 セラーラやエルテも同様に、俺が帰って来た事で微笑みを浮かべていた。


「……ただいま……」


 しかし俺は、暖かい彼女たちの言葉にも元気良い返事が出来なかった。


 ……だって心労が半端ないんだもん……

 ここまでの気疲れは、会社にいた頃に後輩が多大な負債を出したときの尻ぬぐい以来だよ…… 


「主様、どうしたのですか!?」

「我が君よ、どこか具合でも悪いのか!?」

「師匠! 我慢しないで、痛いところがあるなら直ぐに言って!」


 まあ、心配性のお前らは当然、慌てるよね……


「……少し疲れただけだ、問題ない。俺の分は晩に回してくれ……ちょっと横になってくる……」


 そう言った俺はそそくさと寝台の上に寝転がり、毛布に包まった。

 

「パーシー、主様に何かあったのですか?」

「いや……? 別段、大したことはなかったが?」


 ……こいつに取って、あれは大した事ではないらしい……


「それでも何があったか知りたいか?」


 パーシヴァリーの言葉に三人が喰い付いて来る。


「是非、教えてください!」

「我と別れて何があったのだ!?」

「パーシーちゃん! 勿体ぶってないで最初からちゃんと教えてよ!」


 ……煩いなあ、少しは静かにしてくれよ……


「分かった。だが最初からとなると、チェームから話した方が理解しやすい」 

「我からか? うむ、よかろう……先ずは我と我が君が、パーシヴァリーと別行動を取った辺りからか?」


 チェームシェイスの話を毛布の中で聞きながら、俺はいつの間にか寝入ってしまった。






 起きた頃にはすっかりと日が落ちていた。

 既にピアとアプリコットも戻って来ており、彼女たちは円をつくって何やら話をしている。


 「ん……?」

 

 そこで俺は、自分たち以外の気配に気が付いた。

 崩れかけた土壁の向こう側、別室とでも言うべきその場所から人の気配を感じる。

 しかし、六人の少女たちは誰一人として気にはしていなかった。

 

 ……恐らく全員、気づいているはず……

 なのに誰も突っ込まないという事は、こいつらが仕組んだことだな。


 面白い。

 少女たちが何を画策しているのか、少し様子を見てみるか。


「よう、みんな。揃っているな」 


 俺が声を掛けた事で、彼女たちの視線がこちらに集中する。


「主様、起きられましたか!」


 セラーラの言葉を皮切りに、六人の乙女精霊たちが四つ這いで一斉に詰め寄って来た。


 みんな、顔が近いぞ……


「先ずは整った拠点が必要です!」

「マスター、傭兵ギルドは私が責任を持って叩き潰す!」

「旦那様は民から英雄視され始めております! これを利用する手はありません!」

「我が君の思惑通り、犯罪者集団の蝋燭会が使えるぞ!」

「師匠、ある程度の軍隊も必要だよ!」

「ご主人様、次はジークベルトの始末ですね!」


 なんだ、いきなり。何を言っている?


「待て待てお前ら、ちょっと落ち着け」


 俺が制した事で、美少女たちは少し距離を取ってくれたが、その瞳は爛々と輝いている。


「いったい何の話なんだ?」

「主様がここの領主を排除して、この地に君臨する算段です」


 え?


「……済まないセラーラ……もう一度言ってくれるか……?」

「はい。トモカズ様がこのオルストリッチ辺境伯領を支配する段取りです」


 ……ふう……

 俺はまだ寝ぼけているようだ……


「マスターこそが、ここの支配者にふさわしい」

「まったくです。旦那様が統治をおこなえば、民衆は必ず幸せになることでしょう」

「うむ。我が主がこの地を治めれば、素晴らしい領地になる事は間違いないぞ」

「師匠と一緒にオルストリッチを支配……うん! 最高だよ!」

「私、とっても楽しみです! ご主人様がこの領地に君臨される御姿を早く見たいです!」

「……」


 現実逃避もさせてくれねえ!!!

 俺は領主になるなんて一言も言ってねえぞ!!!

 どうやったらここまで話が歪曲されるんだよ!!? 


「……お前ら……何でこんな話になったんだ?」


 六人の美少女たちはきょとんとした顔を俺に向ける。


「我が君よ、何を言っておるのだ。蝋燭会を支配し、裏からもオルステンを支配する。だから女店員を生かして間者にさせ、蝋燭会に送り込んだ。流石としか言いようがないぞ」


 それは違うぞチェーム。

 あれは美女店員がお前に殺されないための措置だ。

 無駄な血を流さないためのな……


「マスターが傭兵ギルドに私を送り込んだのは、領主の息が掛かった組織を叩き潰すためだったのではないのか?」


 パーシヴァリーの言葉にチェームシェイスが補足する。


「うむ。我が君は、敢えてパーシーを傭兵ギルドに向かわせた。我も老婆とのやり取りを聞いていたが、あの時すでに我が君は、老婆の言うギルドとやらが傭兵ギルドと理解していたのよな」


 理解してねえ。

 超能力者じゃねえんだよ。


「我が君が傭兵ギルドとパーシーに言わなかったのは、先入観を持たせないためであろう。アプリコットの報告では、傭兵ギルドはならず者の集団だという話だった。最初に傭兵ギルドと聞いてしまえば、パーシーは敵愾心を持ってそこに攻め込むであろう。でも万が一にも傭兵ギルドが素晴らしい人間の集まりであったなら、パーシーは善人を滅ぼすことになる」


 チェームシェイスは揚々と言葉を続ける。


「だから敢えてパーシーに何のギルドかを告げなかった。要点を言えば、傭兵ギルドが本当に敵なのかどうかをパーシーに見極めさせようとしたのだ。これによってアプリコットの情報の裏付けが取れる。そして案の定、傭兵ギルドは悪人の巣窟であり、パーシーは我が君の希望どうり奴らを叩きのめす結果となった」


 ……チェーム……お前の想像力には脱帽するよ……


「やはり旦那様は素晴らしいお方です。パーシーさんの性格を見越して指示を出されるとは感激いたしました」

「凄いよ師匠! パーシーちゃんなら悪人だったら成敗し、善人なら手を出さない。敵になる者を選別してたんだね!」


 ……そんなこと一つも考えてねえ……


「主様。アンドレイを始末したのも、最初からオルストリッチの支配を視野に入れての行動だったのですね」


 セラーラ、あれはただ怒りに任せただけだ……


「ご主人様が、私やピアお姉ちゃんに領主様のことを調べさせたのは、相手の実力を測って敵を駆逐するための前段階だったんですね!」


 まあ、相手の実力を測ることは当たっている。

 だがアプリコットよ。

 その情報の用途はオルステンから逃げ出す為であって、決して俺が成り上がる為ではないぞ……


「薄々は勘付いておりましたが、情報収集をアプリコットだけではなく、わたくしにも命じた事で確信いたしました。旦那様がこの地に平安を齎そうとしていることを……」


 いや、勘付かなくていいよ……しかもピア……それは全くの見当外れだ……


「ボクを今まで温存していたのは、ここぞという時のためだったんだね!」


 エルテは六人の乙女精霊の中で最強の戦闘能力を誇る。

 しかしそれは、総合的に見た結果だ。

 防御力はパーシヴァリーの方が秀でており、広範囲の火力面ではチェームシェイスに及ばない。


 だが彼女は、乙女精霊サーガで開かれた最強の乙女精霊を決める大会で、十二位以内に入る偉業を為した乙女精霊。

 温存、ここでは最終兵器と言うべきか。

 その言葉は正に彼女のために存在しているようなものだ。


 でもなエルテ。

 お前を表に出していないのは、たまたまですよ……


「それにしても驚いたよ。まさか師匠がここまで考えてるなんて。ピアちゃんやチェームちゃんに言われるまで、まったく気付かなかったよ」

「私もです! ご主人さまの深い考えを読み解くなんて、さすがはピアお姉ちゃんとチェームお姉ちゃんです!」


 話に上がった二人は謙遜する。


「そのようなことはありません。わたくしは皆さんの話を聞いて、やっと旦那様の真意を理解するに至ったのです」

「我が君は前々からこの件について匂わせていたが、我もおぬし等の話を聞いて、点と点が繋がり初めて線となったのだ。礼を言うぞ」


 続いてセラーラとパーシヴァリーが口を開いた。


「私もピアとチェームに言われて初めて気が付きました。今までそんなことを思わなかった自分が恥ずかしいです……」

「まったくだ……セラーラと私は皆を束ねる立場だというのに、言われて初めて気づくとは情けない……」

「セラーラさんにパーシーさん、そんなに気を病む必要はありません。わたくしたちは旦那様から創造された姉妹です。お互いが協力し合い、旦那様の偉業を成し遂げましょう」

「そうよな。各々の欠点を補い合おうぞ」


 六人は示し合わせたかのように、しっかりと手を握り合った。


 うん。みんなの仲が良くて俺は嬉しいよ。


「……」


 って、違う!!!

 今はそれどころじゃない!!!


 こいつらを見て確信したぞ!!!

 六人の乙女精霊たちは、どうやら俺をとんでもなく凄い奴だと勘違いしている!!!

 俺はただのサラリーマンだ!!!

 英雄でもなんでもねえ!!!

 物語で言えばモブなんだよ、モブ!!!

 そこらへんにいる名もなき村人Aなんだよ!!!

 そんな俺が一都市を支配!!?

 無理無理無理!!!

 絶対無理!!!


 これ以上の面倒ごとは御免だ!!!


「いいかお前たち!!! よーく、聞け……よ……?」


 俺が口を開いた瞬間、六人の美少女たちが食い入るように身を乗り出して、目をキラキラと潤ませながら今か今かと次の言葉を待っていた。


 ……くっ……否定しにくい……


「……まあ、何だ……ほどほどに、な……?」


 俺ええええええええええええええええええええええ!!!

 なに言ってんのよ!!?

 そこはしっかり否定しないと!!!


「……ふう……よし……言うぞ!!!」


 俺が気合を入れたと同時に、少女たちがずいっと美しい顔を近づけて、無垢な視線を突き刺してきた。


「…………」


 言えねえよ!!!

 手塩にかけて育てた乙女精霊たちがこんなにも期待してんだ!!!

 裏切れねえよ!!!

 

「……では報告を聞こう……」


 結局のところ、小心者の俺は少女たちの勘違いを正すことが出来ないのであった……





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