第8話 傭兵ギルドで起こった惨劇

 屋根から屋根へと移動を繰り返す俺は、冒険者ギルドを目指していた。


「抜群の身体能力だな。簡単に屋根の上まで登れたし。これは乙女精霊サーガでのキャラクター能力値が、そのままこの世界に反映されているぞ」


 眼下では、騎士や兵士が血眼になって俺とセラーラを探している。

 気付かれては元も子もないので、細心の注意を払いながら身を屈めて屋根の上を走った。


 アプリコットの話だと、確かこの辺りだが……お、あれか?


 立派な石造りの建造物が視界に入る。

 俺はその路地裏に降り、何食わぬ顔で表通りに出ると素早く冒険者ギルドの扉を潜った。


「おお! これが冒険者ギルドか!」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 皮鎧を着た者やローブを纏った者、多種多様の装備に身を包んだ冒険者たちが受け付けらしきカウンターに列をなしていた。

 掲示板には依頼書なのか、数多く張り紙が掲示されており、冒険者たちが真剣に目を通している。

 併設された酒場には幾つかのパーティーらしき者たちが、各々の卓を囲んで楽しそうに酒を飲んだり軽食を摂ったりしていた。


 まさにここは、ファンタジー感が溢れ返る場所であった。


 おっと、感激している場合ではない。パーシヴァリーを探さねば。

 あいつは俺と同じ外套を羽織っているし、美少女だから目立つだろう。


 簡単に見つかると考えていた俺は、楽観的にギルド内を見渡す。


 ……いない……


 今度は食堂の方に目を向けた。


 ……あれ? どこにもいないぞ……?


 妙だと感じながらも目を凝らして再びパーシヴァリーを探す。


 が、あっという間に二十分が経過した。


 どこにもいなんですけど……


 不安になった俺は、深くフードを被り直して食堂に足を運ぶ。

 そして意を決し、卓を囲んで会話をしている五人組に声を掛けた。


「済まないが、少しいいか?」


 尋ねられた五人は咄嗟に振り返る。


「おう? 怪しさ満載の奴が来たな」

「済まない。恥ずかしがり屋なんだよ、許してくれ」

「おいおい。いくら恥ずかしがり屋でもそんなにフードを深く被っちゃあ、前が見えないんじゃないのか?」

「いや、辛うじて見えている。地面がな」

「ハハハッ! お前、おもしれえな!」 


 そう笑う冒険者は栗毛色の髪を持ち、眉間に一筋の傷が刻まれている三十手前らしき男であった。


「で、用件はなんだ?」

「人を探してるんだ。背が低くて銀色の髪を持つ少女なんだが、見かけなかったか?」

「いや、見てないな。お前ら見たか?」


 栗毛の男は気の良い奴の様で、仲間にも問いかけてくれる。


「うんにゃ、俺はずっとここいたけど見てないね」

「そんなに小っちゃい子ならぁ、見たらすぐに気づくわよぅ」


 仲間の証言に男は肩を窄めた。

 

「だとよ。力になれなくて済まんな」

「……そうか……教えてくれてありがとう」


 ……何だと……? 冒険者ギルドに来ていないのか……?

 ……道に迷った……いや、老婆と一緒だったからそれは考えられない。

 

 嫌な予感が俺の脳裏をよぎる。


「大変だあああ!!!」


 突然、一人の男が冒険者ギルドに飛び込んできた。


「何だ、ヒューズじゃねえか」

「どうしたよ、そんなに真っ青な顔してよ」


 冒険者たちが何事かとヒューズなる男に注目する。


「傭兵ギルドに殴り込みを掛けた奴がいる!!!」


 ヒューズの言葉で活気あるエントランス内が緊迫した空気に一変し、方々で騒めきが立った。


「何だって!? それはいつのことだよ!」

「さっきだ!!!」


 その話に栗毛の男がポツリと呟く。


「……ちっ、あれほど傭兵ギルドには近づくなと忠告していたのに……まだ全員に行き渡っていなかったのかよ……」


 ……傭兵ギルド。

 アプリコットの情報だと、荒くれ者の集まりで領主の息が掛かっていると言っていたな。


「勘弁してくれよ……俺たちにまでとばっちりが来たらどうすんだよ……」

「この前も難癖を付けられて大変だったのに、またかよ……」

「おい、ヒューズ! どこの馬鹿が殴りこんだんだ!?」


 冒険者の一人が嘆きながら愚か者の詳細を尋ねた。


「それが女の子なんだよ!」


 ……女の子……?


「ヒューズよお。冗談にしちゃあ、笑えねえぞ」

「てめえ、俺たちを揶揄ってんのか?」


 怒りだす冒険者たちに、ヒューズは真剣な顔で説明する。


「こんな馬鹿げた冗談を言うか! さっきメルカ婆さんのところへ薬を持って行ったら、ちょうどそこで銀髪の女の子が傭兵ギルドに入って行くところを見ちまったんだよ!!!」


 ……銀髪……?


「俺は驚いてよ! 慌てて女の子を連れ戻そうと中に入ったんだ! そしたら傭兵の一人がぶっ飛ばされてたんだよ!」

「おいおい、ヒューズ。夢でも見てたんじゃないのか?」

「夢じゃねえ!!! その女の子はとんでもねえ美少女で、傭兵をぶっ飛ばすその姿は小さいながらも凛とした空気を漂わせて、どう見ても只者じゃなかった!!!」

「……」


 唾を飛ばしながら力説するヒューズに誰しも言い返せないでいた。


 ……どう考えてもパーシヴァリーだよね……


「……」


 パーシヴァリーぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 何やってんだよ!!!

 お願いだから、これ以上は面倒ごとを増やさないでくれ!


「……」


 ……でもおかしいぞ?

 なんで傭兵ギルドなんかにいるんだ……?

 確かあいつは冒険者ギルド前の老婆の家まで一緒に行ったはずだぞ?

 ……そう言えばあの婆さん、耳が遠かったよな……


「……」


 俺は先刻の老婆との遣り取りを思い返した。


『あたしん家かい? ギルドの前だよ』

『冒険者ギルドの前なのか?』

『何だって? もう一回行ってくれないかね?』

『家はギルドの前かって聞いてるんだよっ!』

『ん? そうそう、そうだよ。あたしん家はギルドの前だよ』


 俺かぁあああああああああああああああああああ!!!


 同じことを二回言ったとき、冒険者の部分を言ってなかった!

 あの婆さんが言っていたギルドとは、傭兵ギルドの事だったのかよ!!!


 とそこで、栗毛の男がスッと席を立った。


「俺が様子を見てくる」


 彼が口を開いたことで、冒険者たちは落ち着きを取り戻していく。


「……ゼクトさん……」

「ゼクトさんが行ってくれるなら安心だ」

「でもよう、ゼクトの旦那を一人で行かせるわけにもいかねえ。俺も付いていくぜ」 

「そうだな。いくらゼクトと言えども多勢に無勢だ。俺も一緒に行ってやるよ」

「俺たちみんなで行きゃあ、奴らもそうそう難癖を付けられねえはずだ」


 冒険者たちが次々と名乗りを上げた。


「いや、皆はここで待っていてくれ。何も喧嘩をしに行く訳じゃないしな。大勢だとあいつらを刺激するから、少人数で様子を見てくる」

「……ゼクトさんがそう言うなら……」

「まあ、ゼクトに任せときゃあ問題ないか」


 この栗毛の男、ゼクトと言うのか。

 冒険者たちの信頼が厚いな。

 ここの顔役といったところか。


「ヒューズ、一緒に行くぞ」

「ああ、分かった!」

「ミスティスとフロスコも来てくれるか?」

「いいわよぅ」

「仕方ねえなあ」

「よし。では直ぐに傭兵ギルドへ向かうぞ」


 面子を揃えたゼクトは、直ぐさまギルドを出ようとする。


 ここはこいつらに着いて行った方が得策だな。


「待ってくれ、俺も一緒に行っていいか? もしかしたら探していたツレかもしれん」

「……確かお前は銀髪の少女を探していたな……」

「ああ、その通りだ。だから頼む」

「……」


 自分で言うのも何だがフードを思いっきり被った俺は怪しい。


「……いいだろう、だが勝手な行動はとるな」


 こんな俺を受け入れてくれるなんて、こいついい奴だな。


「ありがとう、恩に着るよ」


 これでこいつらと一緒に行けば、同じ仲間と思われて兵士たちにも止められないだろう。

 それに傭兵ギルドの場所なんて知らないから、案内役も兼ねてもらうとしよう。


「行くぞ!」


 斯くしてゼクト率いる俺たち五人は、急ぎ傭兵ギルドへと向かった。






「着いたぞ!」


 ほどなくして目的地へと辿り着く。


「……やけに静かだな……」


 傭兵ギルドの前で二の足を踏む俺たちは、そこから醸し出される不穏な空気を感じ取っていた。


「ここにいても始まらない……入るぞ」


 ゼクトが先陣を切ってドアを開ける。


「なっ!!?」


 あり得ない光景に一同は驚愕した。


 数十人の傭兵たちが、見るも無残な血塗れの状態で床に転がっていたのだ。

 しかしながら、ある一つの光景がさらにこの状況を異常に見せている。


 血の海と化したギルド内の中央では一つ椅子が置かれていた。

 そこにはフリルの付いた青と白の可愛らしい服を身に纏う、麗しき銀髪の美少女が座っている。

 彼女はまるで、地獄に咲いた一輪の可憐な花に見え、すべての者の視線を独り占めにしていた。

 そしてその目前には、一人の男が頭を垂れ跪いている。


「バイロン……」


 バイロンと呼ばれた跪いている男がこちらに気づき、虚ろな目を向けた。

 どうやら彼は見られたくない奴に見られた所為か、苦悶の表情に顔を歪める。


「……ゼクト、この小娘はお前の差し金かよ……」

「……知らん……それより何が起こった、バイロン」

「……」


 ゼクトの驚く顔を見て、バイロンは彼らが何も知らないと悟った。


「……お前が知らないんだったら、こいつは何だってんだよ……」

「誰が喋れと言った」


 バイロンの頭に少女の靴底が振り下ろされる。


「ぐあっ!!」

「其方らもこの男の仲間か?」


 少女の美しくも鋭い眼差しがゼクトたちを捉えた。


「……違う、ここは傭兵ギルドだ。俺たちは冒険者ギルドから来た冒険者……関係ない……」

「なに? 傭兵ギルドだと?」


 その単語に少女は目を丸くする。


「……どうやら間違えたみたいだ……」

 

 とそこで、彼女はある人物に意識を向けた。


「……」


 ……まあ、俺をおいて他にいないよね……


「……ん? その外套……もしやマスターではないのか……?」


 ゼクトたちが一斉に俺を見る。


「……」


 ……すごく気まずいんですけど……


 俺は堪らず皆の後ろへと身を潜めた。


「……マスター、どうして隠れるのだ……?」


 パーシヴァリーが捨てられた子犬のように瞳を潤ませる。


「……」


 くっ、仕方あるまい……


 俺は腹を括ってパーシヴァリーの傍へと歩んだ。

 その様子をゼクトたちやバイロンは呆然と眺めている。

 

「待たせたな、パーシヴァリー」

「マスター! なかなか来ないから心配していたのだ。でもここは傭兵ギルドだったらしい。私が道を間違えたのか?」


 ……お前は悪くないよ……


「少し行き違いがあってな……それよりもパーシヴァリー、鎧はどうした?」

「老女殿がお礼をしたいと言ってきたので、少し茶に呼ばれて来た。さすがに鎧を着たままでは失礼と思い、私服に着替えた。もちろんマスターから賜った外套は在庫目録インベントリに収納してある」


 俺ほどの容量はないが、乙女精霊たちも各自在庫目録インベントリを持っている。

 ゲーム内では回復系アイテムや装備武具などをそこに入れていた。


 そして今パーシヴァリーが着ているフリルの可愛らしい洋服も、俺がゲーム内で誂えたもので、複数種類、彼女たちの在庫目録インベントリに収納してある。


「チェームはどうしたのだ? 姿が見えないが」

「あいつは先に帰らせた」

「そうなのか?」

「荷物もあるし、一人の方が身軽なんでな。お前が心配だから急いで来たんだ」


 その言葉にパーシヴァリーの顔が明るくなり、無垢な瞳で俺を見詰めてきた。


「……マスター、そんなに深くフードを被ってないで、素顔を見せて欲しい……」

「え?」


 そう言うと、彼女は背伸びをして俺のフードを外す。


 おい! そんなことをすればどうなるか……


「……マスターの顔を見たら安心する……」


 パーシヴァリーの笑顔に俺は親心を擽られ、フードを外したままにした。


「……マスター、大好き……」


 強く抱き着いてきたパーシヴァリーに、俺は相好を崩すと優しく頭を撫でる。


 うんうん、最高に可愛いぞ。俺は幸せだ……


 そんな夢のような一時が、ゼクトの一言で現実に引き戻された。


「……お、お前……手配書にそっくりだな……」


 ……まあ、そうなりますよね……


「本当だわぁ。よく似てるぅ」

「……まさか……本物かっ!?」

「ぼ、ぼ、【撲殺聖女】の従者か!?」


 はい、はい。

 ばれましたね。

 ばれましたとも。

 どうしましょうかねえ?

 俺っ!!!


 投げやりな俺に、パーシヴァリーが不思議な顔で質問をしてくる。


「【撲殺聖女】とは、もしかしてセラーラの事なのか?」

「……みたいね……」


 それを聞いた彼女は何故か渋面になると、ゼクトたちに向き直り尊大な態度で言い放った。


「其方たちは重大な勘違いをしている」

「……なに?」

「其方らが【撲殺聖女】と呼んでいる者こそが従者であり、真の主はこの御方、トモカズ様だ!!!」


 なに言ってんだぁあああああああああああああああああああああああああ!!?

 この娘!!! 俺の名前を喋っちまったよ!!!


「そして私もこの御方の従者……じゃない……お、お、女だ!!!」


 パーシヴァリーは顔を真っ赤にさせて宣言した。


「……」


 ……そう言えば、こいつには少し天然要素を入れてあった……


「……お前ら……自分たちの仕出かした事が、どれだけ大変な事か分かっているのか……?」


 ゼクトはこれから起こる事態を危惧しているようだ。


「……ククク……ゼクト、もう遅い……血の雨が降るぞ……」


 対してバイロンは這い蹲りながらも勝ち誇る表情を見せた。 

 そして口元を吊り上げ言葉を放つ。


「アンドレイ様を殺して、傭兵ギルドに討ち入りして……悉くドミナンテ様に歯向かっている……もう貴様らに安息の地はないと思え!」


 これはまずい……非常にまずい展開だ!

 

「何を言っているのだ? 狩られるのは其方らだ」


 口を出したのはパーシヴァリーであった。


「な、なん、だと……?」

「トモカズ様は絶大な力を持つ心優しい御方。その方に対して指名手配をするとは万死に値する行為。それに話を聞けば、これまで其方らは凶悪な悪事を幾つも重ねてきたらしいな。そんな悪党をマスターが許すなど、世界がひっくり返ってもあり得んことだ。これからは、いつ殺されるやもしれぬ日々を脅えながら暮らすがいい」


 ……もうダメだ……

 ……これ以上こいつを喋らせたらイケナイ…… 


「いやあ、皆さん。お騒がせして申し訳ない。この娘はちょっと天然なところがありましてね」


 俺は平身低頭となり下手口調で場の緊迫感をぶち壊した。


「はぁ? お前、なに言って……」

「ゼクトさん! 言いたいことは分りますって。いやいや分かりますよ。よーく分かります」


 皆が俺に注目し、呆気に取られる。


 よし! 今が好機!


「と、いう事で……さらばだ!」


 俺はパーシヴァリーをお姫様抱っこすると、全速力でゼクトたちの横を通り抜けて、傭兵ギルドから撤退した。


「マスター……いきなり連れ去るなんて……恥ずかしい……」

 

 頬を赤らめるパーシヴァリーに、俺はどっと疲れが出るのであった。





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