第1話 六人の少女たち 前編

あるじ様……起きてください……」


 柔らかく気品に満ちた声が、俺に安心感を与えてくれる。


「マスター、頼むから眠りから覚めてくれ……」

 

 凛とした落ち着きのある声が耳をくすぐった。


「旦那様……元気な姿をわたくし達に見せてくださいませ……」


 艶やかな声質で紡がれた言葉に鳥肌が立つ。


「我が君よ……ずっとこのまま寝ているつもりなのか……?」


 鈴が鳴るような愛らしい囁きに心地よさを感じた。


「師匠、お願い。目を開けて」


 情熱的で感情豊かな声が、すんなりと耳の奥まで入って来る。


「……」


 様々な声音に誘われて、俺は薄らと瞼を開けた。


 するとそこには五人の美少女が悲壮な表情を浮かべており、あろうことか俺の顔を覗き込んでいるではないか。


「……」


 逡巡した俺は、何事もなかったかのようにそっと目を閉じた。


 何だったんだ、今のは?

 俺の育てた乙女精霊たちがいたぞ……

 

 訳が分からない事象に、考えても仕方がないと再び目を開けてみる。


「……」


 やはりそこには乙女精霊たちが、心配そうな瞳でこちらの様子を窺っていた。


「気付かれましたか!」


 俺がはっきりと目を開けた事によって、彼女たちの顔に輝きが満ちていく。


「良かった……もうこのまま目覚めないのかと思った……」

「……ご気分はどうですか……?」

「まったくもう……冷や冷やさせるでない……」

「師匠、凄く心配したよ!」


 何だ? これは……夢か? 夢なのか?

 自分が育てた少女たちが実物大となって俺を心配しているぞ。

 こんな幸せなことが今まであっただろうか。

 いや、ない! 絶対にない!

 この時こそが、俺の人生の中で最高の瞬間だと確信できる!

 なんて素晴らしい夢を見ているのだろうか……

 ……いかん、思わず目頭が熱くなってしまった。

 

「主様! どうしたのです!?」

「どこか痛むところでもあるのか!?」

「旦那様! 痛みを感じるところを仰ってくださいませ!」

「師匠! 怪我をしてるの!?」


 感涙極まって涙を流した俺に、美少女たちがしどろもどろと慌てふためく。


「セラーラ! 我が君に早く治癒を!」


 セラーラと呼ばれた美少女は、両の掌を翳して何かを呟き始めた。

 しかし俺はゆっくりと上半身を起こすと、手の平を向けてそれを制する。


「大丈夫だ、何ともない」


 その言葉を聞いた彼女たちは、安堵の表情を見せると同時に頬を桜色に染めた。


「……」


 か、可愛い……

 いや、そんな陳腐な言葉では言い表せない程の超絶的な可愛さだ!

 これが俺の育ててきた乙女精霊たちか!

 最高だ! 最高過ぎる!!!


「……主様、どうかなされましたか……?」


 俺が感激に打ち震えていると、セラーラが心配そうに話しかけてきた。


 彼女は乙女精霊サーガで一番始めに誕生させた治癒術師の少女だ。

 回復役ヒーラーということで、キャラデザインの際には清純で柔和な印象を受ける、落ち着いた女性をイメージしてみた。


 見た目年齢は十七歳に設定してあり、優しそうな眼に筋の通った鼻、そして可憐な愛らしい口が純潔さを引き出している。

 髪型は長い金髪の上半部を編み込みにして両側から後頭部で纏めるハーフアップ、俗に言うお嬢様結びだ。


 体型はすらりとしているが、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでおり、程よく実った胸にくびれた腰、さらには形の良い臀部と完璧と言ってもよいスタイルであった。


 そんな肢体を隠すのは、金糸の刺繍が施された、セラーラの心を表すかのような純白の法衣である。


「主様?」


 おっと、いかんいかん。思わず自分のキャラデザインの素晴らしさに酔ってしまった。


「……いや、何でもない」

  

 我に返った俺は辺りに視線を流す。


「……家の中か?」


 目に映ったのは腐りかけの床や穴が開いた天井で、ここが廃屋の中だと認識できた。


「……」


 それにしても妙にリアルな夢だな。

 ……ていうか、これって本当に夢か……?


 冷静になり再び周囲を見渡した。

 部屋の至るところには細部にわたって埃が積もっており、天井の隅に掛かる蜘蛛の巣は、その一本一本が精緻に再現されてある。


 ……こ、これは夢じゃないぞ……


「!?」


 そこで俺は、自分の体型が細身で引き締まっている事に気が付いた。


 おかしい!

 俺は太っているはずだ!


 咄嗟に自分の体をまさぐり確認してみた。

 そこにはだらしなく付いていた贅肉の代わりに、程よく引き締まった筋肉が付いているではないか。


「誰か鏡を持っていないか!?」

「旦那様、これをお使いくださいませ」


 白髪の美少女ピアが、素早く手鏡を渡してきた。


「すまんな」 


 受け取るや否や自分の姿を確認する。


「なっ……!」


 俺は言葉に詰まるほど驚愕した。

 鏡に映ったのは自分の不細工な顔ではなく、端正な顔立ちをしている黒髪黒眼の若い男であったからだ。

 しかし本当に驚いたのはそこではなかった。


「……」


 これは俺の顔ではない。

 でも、よく知っている顔だ。

 弟だ……実の弟の顔だ。

 だが、あいつは二十年近くも前に事故で死んでいる…… 


 俺はお袋に似て不細工だったが、弟は親父に似て美男子だった。

 なぜ死んだ弟の姿でここにいるんだ?

 どうなってんだ……?


 あり得ない状況に困惑していると、ピアが言葉をかけてきた。  

 

「旦那様……やはりご気分が優れないのでは……?」

「だ、大丈夫だ……問題ない……」


 いや、大ありだ。


 しかし今は、いくら考えても結論に至りそうもない。

 ならば別の事に思考を割いた方が建設的だ。

 

「ここはどこだ?」


 俺は現在の居場所を把握することに努めた。


「マスター、私たちもよく分からないのだ。気付けば全員この場所にいた」


 答えたのは輝くばかりの銀色の髪を持つ美少女、聖騎士パラディンのパーシヴァリーである。

 

 彼女は二番目に誕生させた乙女精霊で、セラーラとは対照的に、見た目年齢を十五歳に設定していた。

 もちろんパーシヴァリーのキャラデザインも、俺の全神経と魂を注ぎ込んで造形してある。


 端麗な小顔に力強い大きな眼。つんと筋が通った鼻に引き締まった口元。

 これらすべては凛々しさを追求した結果であり、想像通り、凛とした美少女が完成して俺はとても満足していた。

 髪型は、セミロングの銀髪をカチューシャ風に編み込んだスタイルで、幼い顔に大人らしさを色づけている。


 そんな彼女が身に着けているのは赤色のスカートを基調とした白銀の鎧であり、背には自分を覆い隠せるほどの盾、腰には精緻な意匠を施してある長剣を帯びていた。


 このパーシヴァリーとセラーラが少女たちの主なまとめ役であり、目的に応じてリーダーを変更し、様々な状況に対応していた。


「マスター……トモカズ様は、私たちが気づいた時にはいま座っている場所で横になっていたのだ……」


 トモカズとは俺の実名である。

 アバター名を考えるのが面倒だったので、本名を自分の分身たる精霊使いに付けていた。

 

 それにしてもパーシヴァリーの顔……

 造形した俺が言うのもなんだが、メチャクチャ綺麗じゃないか……

 麗しいとはこの事を言うのか……


「……済まないマスター。求めていた返答が出来なくて……」

「……いや、お前が気に病むことはない……」


 俺は窓の外に目を向けた。


「……あばら家が見えるな……ここは放棄された町か何かか?」


 顎に手を当て思考に耽る。


 思うにこの場所は、乙女精霊サーガの舞台であるなかば世界と考えたほうが自然か。

 となれば、俺はゲームの世界に入った事になるのか?


 でもどうして弟の姿でいるんだ?

 乙女精霊サーガでは、主人公である精霊使いはキャラクターデザインができないはず……

 

 そう言えば、先ほどパーシヴァリーは自分たちも気付けばこの場所に居たと言っていた。

 ゲーム内に最初から存在する彼女達がそんなことを言うのはおかしい……

 だとしたら、ここがなかば世界と考えるのは早計か?


「俺はどのくらい寝てたんだ?」

「私たちが気付いてから一時間程度です」


 全員がこの世界に来て、まだそんなに時間は経過していないな。


「なるほど……突然の事で、お前たち六人も困惑しているという訳か……」


 俺の言葉に五人は神妙な顔つきになった。


 ……ん? 

 ちょっと待て。

 五人だと?

 俺の乙女精霊たちの数はゲーム内での最大所有人数、六人だ。

 誰だ!? 誰がいない!?

 

 慌てた俺は、即座に五人の顔を見渡す。


 神官プリーストのセラーラと聖騎士パラディンのパーシヴァリーは先ほど確認した。


 暗殺者アサッシンのピアは潤んだ瞳を俺に向けている。

 剣士フェンサーのエルテは朗らかな笑みで俺を見詰めていた。

 賢者セージのチェームシェイスは上目遣いで俺を見ている。


 ……となると、いないのは……アプリコットか!


「アプリコットはどこへ行った!?」


 透かさずセラーラが言葉を返した。


「アプリコットなら偵察に行かせております」

「……偵察……だと……?」


 彼女の本職は弓使いアーチャーだが、斥候スカウトのクラスも習得している。

 ゲーム内では罠解除や不意打ち阻害など大いに役立ってくれたが、乙女精霊サーガは戦略シミュレーションではない。

 本当に偵察をするという事などないため、果たしてその行為が現実味を帯びたこの世界で通用するのかどうか、もの凄く不安で堪らなかった。


「俺の許可なく偵察に出したというのか……?」


 含みを持たせた俺の声に、セラーラは頭を垂れて口を開く。


「……申し訳ございません……」


 セラーラの雰囲気から見て、何か事情がありそうだな。


「話せ」

「……はい……」


 彼女は顔を上げて理由を話す。


「……主様が目覚めない状況下の中、万が一にももしも・・・のことがあってはならないと、ここがどのような場所かを早急に把握する必要があったのです」


 その言葉で俺は直ぐに理解した。

 仮にこの場所がモンスターの巣窟だったら、不死者アンデッドの吹き溜まりだったら、戦場の真っ只中だったら、言い出せばきりはないが、間違いなく生命の危機である。


「それに、アプリコットが自から偵察に出ると言い出したのです」

「なに?」

「ですがあの娘に何かあっては主様に申し訳が立たないと思い、皆で止めはしたのです……でもあの娘の熱意に絆されて、偵察に行く事を許してしまいました」

「……」

「しかし最終的に決を下したのは私です……責任は全て私にあります……申し訳ございません……」


 セラーラはその綺麗な瞳に涙を浮かべていた。

 その姿に俺は罪悪感を覚える。


「怒ってなんかないぞ! ただアプリコットが何処に行ったかなーって思っただけだ! むしろ俺に代わりよく判断してくれた! えらいぞ!」 

「……ほ、本当ですか?」

「本当だとも! これからも頼むぞ、セラーラ!」

「はい!」


 何とか言い繕った甲斐もあってか、彼女に明るさが戻っていった。


「いま帰りました!」


 とそこで、窓の外から愛くるしい声が聞こえてくる。


「あ! ご主人様! 起きられたんですね!」


 そう言いながら、一人の美少女が窓から入ってきた。


 彼女こそがアプリコット。

 俺が最後に誕生させた乙女精霊だ。

 最後とあってか、それはもう徹夜をしてキャラデザインをした至高の逸品である。


 見た目設定年齢は最年少の十二歳。 

 クリっとしたアーモンド形の目に、高くもなく低くもない整った鼻。そして小さな口が子供特有の可愛らしさを醸し出していた。


 髪型は、丸いシルエットを想定したマュシュボブ。これで可愛らしさが増幅されることは間違いない。

 彼女の髪の色は、南の島の海を連想させる透き通ったエメラルドグリーンであり、マッシュボブと最高に相性が良かった。

 更には月桂冠にも似た花鳥風月の髪飾りがアクセントとなって、言葉には表せない程の美少女に仕上がっている。


「アプリコット! 無事、戻って来たか!」

「ご主人様ー!」


 満面の笑みを浮かべたアプリコットが、俺の胸へと盛大に飛び込んできた。


 うん、最高に可愛い……幸せだ……


 って、そう言えば、俺って女の子が苦手だったのに平然と会話しているよな……

 しかも抱き着かれても何ともないし……

 ……自分で創ったキャラクターだからか……?





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