第2話 六人の少女たち 後編

 古ぼけた寝台の上で胡坐をかく俺は、腕を組んで六人の美少女たちを見渡していた。

 彼女らは行儀よく正座しており、瞳を輝かせて俺の言葉を待っている。


「……」


 そんなに見詰められるとすこぶる恥ずかしいのだが……


「ではアプリコット。何を見てきたか報告を聞こう」

「はい! ここはブリエンセ二ア王国オルストリッチ辺境伯領の首都、オルステンという都市です! そして私たちがいる場所はそこのスラム街です!」


 ブリエンセ二ア王国?

 オルストリッチ辺境伯領?

 オルステン?

 

 なんだそれは? 見たことも聞いたこともないぞ?

 

「世界観はどうなんだ?」

なかば世界そのものです!」


 言っては何だが、俺は乙女精霊サーガでは隠しマップを含めて全マップを網羅した猛者だ。

 無論、ゲーム内で知らない地域など皆無である。


「セラーラ、どう思う?」

「アプリコットの言葉からして今現在私たちがいる場所は、なかば世界に酷似した世界観を持つ、別の世界だと思われます」


 ここはゲームの中ではなく別世界……となると……思い当たる節はただ一つ。


 龍ガチャで当てた【次元跳躍の宝玉】。

 確かあれの解説欄には、次元を跳躍して別の世界の扉を開けることができる、と書いてあった。


 普通に考えれば、ここがその別世界だと予想がつく。


 しかし実体のある俺まで飛ばされるなんてありなのか?

 いやいやいや、あり得んだろ……

 やっぱり夢なんじゃなかろうか……


「報告を続けます。ここの領主様はドミナンテ・ラ・ヴァンヘイム・ド・オルストリッチと言う名前の貴族らしいです」


 俺のまなこには、愛らしい笑顔で言葉を紡ぐ少女が写実的に映っていた。


 ……リアルすぎる……それに五感の感覚がはっきりとしている……

 これが夢だという事は絶対にない……


 ……という事は、ゲームに似た世界なら視界の隅や乙女精霊たちを見れば、メニュー画面とか出るのか?

 

「……」


 俺は六人の少女たちや自分自身を凝視して、メニュー画面が出ろと念じた。

 しかし言うまでもなく、そんなものが出るはずもない。


 ……ですよね。


 そうこう考えている間でも、アプリコットの報告は続いていた。


「すごく悪い領主様で、いっぱい税金をとってるって話です」


 それにしても良く調べているな。


「この都市の人たちはまだ良い方だそうです。領内の村の人たちは、日々食べるのも苦労しているみたいです」

「……」

「生活が苦しくて身売りをする人は前からいたのですが、ここ最近では逃げ出す人たちが急増しているそうです」

「……」

「領主様は対策として監視を強めているらしいのですが、それでも逃げる人は後を絶たないそうです」

「……」

「もしも逃げる途中に捕まったら、見せしめに酷い殺され方をするらしいです」

「……」


 ……なんなんだ? アプリコットのこの・・情報収集能力の高さは……


「……よく短期間でここまで調べられたな……」

「はい! 人に聞いて教えてもらいました!」

「なに? 言葉が通じるのか?」

「はい!」

「……」


 うーん。

 今更だが、俺が喋っているのは本当に日本語なのか?

 聞くも喋るも確かに日本語だが、どこか違和感がある……


 まあ、言葉が通じるから今はそれで良しとしとこう。


「アプリコット、確かここはスラムだと言ったな」

「はい! 食べるに困った人や、悪いことをした人が行き着く場所です!」


 窓からは幾つもの崩れかけた廃屋が見え、ここがスラムだという事は頷けた。


 しかし俺は、少しばかりの引っ掛かりを感じていた。

 先ほどから窓の外を気にしていたのだが、どういう訳か人が通らないのだ。

 もしかしたら、ここら辺には誰もいないのかとも思ったが、それでも釈然としない。

 

「全く人の気配がしないぞ……まるでこの付近一帯が廃墟みたいなんだが……」 

「それはわたくしが隠蔽ハインディング系統のスキルを使用しているからです」


 白髪で赤い瞳の美少女が俺の疑問に答えた。


「いつから使用している?」

「旦那様が目覚める前からです」


 この少女の名はピアと言い、職業は暗殺者アサッシン

 彼女は三番目に誕生させた乙女精霊で、見た目年齢を十七歳に設定してある。


 そして俺が手掛けた六人の中で最も長くキャラクターデザインに時間を費やした少女であり、どこに出しても恥ずかしくない珠玉の娘であった。

 

 デザインする際に掲げたコンセプトは清純さと妖艶さ。

 サラサラの白く長い真っ直ぐな髪は腰にまで届き、前髪は目に掛かるか掛からない程度でキッチリと切り揃えられている。

 これだけでもお嬢様的な雰囲気が出て、一つの完成された乙女精霊であったが俺は妥協しなかった。


 妖艶さを出すために、彼女の体形を煽情的にしたのだ。     

 豊満な胸はもちろんの事、肉付きの良い臀部。しかし腰はしっかりと括れており、男性を魅了すること間違いない。


 尚且つ顔も、男受けしそうなデザインにした。

 垂れた目に筋の通った美しい鼻、そして小さな口と、正に究極の乙女精霊であった。


「ここを中心とした直径十メートル以内は誰の目にも映りません。しかし、この世界でスキルが通用することを前提としての話になります」

 

 乙女精霊サーガではスキルと言われる特殊技能が存在し、これを駆使して敵と戦ったりユーザー同士との対戦を行う。

 習得できるスキルは各種精霊や職業ごとによって異なり、スキルツリーなる設計図でスキルを徐々に開放してキャラクターを強化することができた。


「試験的な意味合いも兼ねて隠蔽ハインディングを使用しているのですが、たまたま人がいないだけかもしれませんので、効果の有無は分かっておりません」


 ピアの言うとおりだ。

 この世界が乙女精霊サーガの舞台であるなかば世界と違うのなら、スキルが通用するかどうかは早急に見極めなければならない。


「さすがはピアだ。このまま隠蔽ハインディングを続けてくれ」


 俺に褒められたピアは、頬を赤らめさせて至福の表情を浮かべた。


「……はい、旦那様……」


 うっ! 可愛すぎて理性が崩壊しそうだ……


 と、いかんいかん。

 今は報告を受けている最中だった。


「他に掴んだ情報はないか?」


 アプリコットは視線を上に向けて考える。


「うーんとね……あ、そうだ! この世界には魔術があるって聞きました! 商店街にも魔術屋なる店を確認しています!」

「魔術だと? 魔法ではなくてか?」

「はい! なんでも水や火を出したり、怪我を直したりすることができるそうです!」

「魔法スキルに似ているな……」


 乙女精霊サーガには魔法スキルというものがある。

 ただしこちらはスキルの一環であって、独立した魔法という概念ではない。


「我が君よ、そこは我に任せてはくれぬか?」


 鈴を振ったような声で言葉を挟んできたのはラベンダー風の髪色を持つ美少女、チェームシェイスだった。


 俺は彼女をデザインする際に女子高校生を連想しており、なるべくそれに近づけるため、見た目年齢を十六歳に設定していた。

 さらに俺は、思春期に入るこの年齢に対して究極の髪形を採用している。


 それは絶対不変の人気度を誇るツインテールだ。

 この髪形には種類があり、耳の上で結ったラビット・スタイル、耳と同じ位置で結んだレギュラー・スタイルと、アレンジを含めればきりはないが、俺が選んだのは後者であった。


 テールの長さや形、言うなればレングスにも種類がある。

 彼女の場合は膝辺りまで長いテールが真っ直ぐに降りている、定石のホーステールを採用した。

 これはテールが制止していれば可愛く見え、風に揺られてテールが動けば艶っぽさが醸し出される。 

 まさに表と裏、静と動、柔と剛、と二面性を併せ持ち、子供と大人の境目である十六歳にふさわしく、至高の髪形とも言えた。


「我が君?」


 いかん、つい熱くなって妄想に耽ってしまった。

 チェームシェイスが不思議そうな顔で俺を見詰めているではないか……

 ……男を虜にする顔で……


 そう。その美しい顔や、すらりとした体形も、一切の手抜きはしていない。

 少し吊り上がった大きい目に小な鼻、そして小さな桃色の口が、小悪魔的な魅力を彼女に持たせていた。


「我が君、もしや我ではダメなのか?」


 おっと。返事をしていなかった。


「適任だな。魔術とやらの解析を頼む」


 お願いした途端、チェームシェイスの顔が花開く。


「……」


 ……なんなんだ、この殺人的な可愛らしさは……反則だろ……


「……き、期待している……」

「我に掛かれば何も問題はないぞ。必ずや結果を出そう」


 チェームシェイスの職業は賢者セージであり、魔法スキルのプロフェッショナルだ。

 この事は彼女に任せておけば大丈夫だろう。


 となれば、次にやる事は決まっている。


「しかしそれは基盤を固めてからだ。今なすべきことは安全な場所と食料の確保。これが出来なければ何も始まらない」

 

 先ずは移住食を整えなければ。

 ていうか、こいつら飯とか食うの?


「師匠の言う通りだね。喉も乾いたし、お腹もペコペコだよ」 


 食うのか……

 だったら用も足すのか……?


「……」


 ……まあ、そこは置いておこう……


「エルテお姉ちゃん! 井戸の場所は調べてあるから水は問題ないです!」


 アプリコットの調査能力の高さに、エルテが笑みを見せた。


「さっすがコットちゃん、仕事が早いね。となると、次は食べ物だね」


 このエルテという美少女。

 彼女はチェームシェイスと同時期に誕生させた五番目の乙女精霊である。

  

 乙女精霊サーガでは、精霊卵と呼ばれるアイテムがあり、この精霊卵から乙女精霊が誕生するのだ。

 これはゲーム開始時に必ず一つ所持しているが、二個目からはクエストなどをこなして精霊卵を獲得するしかない。


 ところが俺は、あるクエストを達成させて、運よく二つの精霊卵を同時に手に入れた事がある。

 当時は既に、セラーラ、パーシヴァリー、ピア、と三人の乙女精霊を従えていたが、一刻も早く二人の乙女精霊を誕生させたかった俺は、会社を休んで造形に取り掛かったのだ。


 自慢ではないが、その時までの俺は入社以来、無遅刻無欠勤だった。

 インフルエンザで四十度以上の熱が出てぶっ倒れそうになった時も休んではいない。

 そんな俺が、二人の乙女精霊をキャラクターデザインしたいがために、風邪と偽って有給を取ったのだ。


 後から社長直々に見舞いに来たことは余談であるが。


 そして俺は、チェームシェイスを四番目の乙女精霊として誕生させ、その後すぐにエルテを手懸けた。

  

 見た目年齢設定を十七歳にしている彼女は、赤み掛かった栗色の長い髪を、少し低めの位置で結んだローポニーテールにしてある。

 これにより大人の女性を感じさせるが、顔の造形で溌溂としたイメージも持たせていた。


 二重のぱっちりと開いた目に、彫刻のような品のある鼻。次いで程よい大きさのバランスが取れた口が、活動的な印象を見る者に与えている。


 体形は、肉体美と言う言葉がぴったりと似合う女性アスリートのような体つきだ。

 しかし出るところは出て引っ込むところは引っ込んでおり、彼女の胸はしっかりとその存在を主張していた。


「ねえ師匠。ご飯どうするの?」


 エルテが上目遣いで俺を見詰めてくる。


 ……なんでこいつらは揃いも揃ってこんなに可愛いんだ……まあ、俺がデザインしたから当然なんだけどね。


「師匠、聞いてるの?」 

「あ、ああ。聞いているとも」

 

 そうだな、先ずは食い物だ。

 これも俺たちに合うかどうか懸念はあるが、そこは問題ないだろう。

 ちゃんと息もできてるしな。


「今は時間的に何時なんだ?」

「私が偵察に行った時は、商人さんが商業区か何処かの広場でお店の準備を始めていましたから、まだ午前中だと思います!」


 アプリコットの話を聞き窓の外を窺った。


「日は明るい。ならばすぐに行動を起こすぞ」


 決断した俺は、矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「忽ちはここを仮の拠点とする。ピアはこのまま隠蔽ハインディングを使い、この場所を隠蔽してくれ」

「お任せください、旦那様」

「パーシヴァリーとエルテは、アプリコットから井戸の場所を聞いて水を確保だ」

「了解した、マスター」

「たくさん水を汲んでくるからね、師匠」

「チェームシェイスはこの世界となかば世界の相違点を探ってくれ。日常的な事に関して何か違和感を見つけたら、どんな些細な部分でも構わないから報告を頼む」

「隅々まで検証してみせよう、我が君よ」

「アプリコット。先ほどの偵察でお前の情報収集能力が高いことは分かった。もう一度行ってくれるか?」

「はい! 喜んで!」

「だがくれぐれも気を付けるんだぞ。慢心はするな」

「細心の注意を払います!」


 よし、あとは俺とセラーラだな。

 

「そしてセラーラ」

「はい」

「俺とお前はアプリコットの言っていた広場へと赴く」


 その言葉を聞いて六人の少女は一斉に反対した。


「主様! 危険すぎます!」

「マスターに何かがあっては大変だ! それだけはやめて頂きたい!」

「旦那様! そのようなこと、わたくしは許しません!」

「我が君よ! 何を考えておるのだ!」

「師匠に万が一の事があったらどうするの!? 絶対にダメだからね!」

「ご主人様! お願いですからやめてください!」


 ナニこれ?

 一応は俺が保護者の立場なんですけど……逆転してない……?

 しかもお前ら過保護すぎ……

 

「話は最後まで聞け」


 俺は一呼吸置くと、少女たちに説明した。


「いいか、よく聞けよ。セラーラを連れて広場に行ったら俺は商売を始める」

「……しょ、商売? ですか……?」

「そうだ、商売だ」


 六人はきょとんとして俺の話に耳を立てる。


「治療の商売だ。セラーラがこの世界の人間に治癒スキルを施す。これでスキルが有効かそうでないかが分かる。俺が同行するのはこの目で直接見て判断するためだ。上手くいけば金も稼げて食料も買って帰れる。一石二鳥だろう?」


 彼女たちは一応、納得しているが、それでも腑に落ちないのか微妙な表情を浮かべていた。


「……ですが……もしもです。もしもスキルが有効でなかったら……? そうなれば私たちの力が大幅に削がれていると判断できます……その状態で主様の身に危険が迫ったらと考えると……」


 セラーラの奴、諦めが悪いな。


「その時はその時で次の手を考えてある。お前たちはそんな事を心配しなくていいから、自分の任を全うしろ。それとも何か? お前たちを誕生させ育て上げた俺を信じられないのか?」


 最後の言葉が殺し文句になったのか、少女たちは渋々合意した。


「セラーラ……マスターを頼んだぞ……」

「お願いします、セラーラさん……あなた様に旦那様を託します……」

「セラーラよ……我が君をしっかりと守ってやってくれ……」

「師匠のこと、セラーラちゃんに任せたよ……無事、連れて帰ってきてね……」

「セラーラお姉ちゃん……ご主人様をよろしくお願いします……」


 五人の悲壮な訴えに、セラーラは覚悟を決める。


「……皆さん、分かりました。何かがあれば、私の命と引き換えにでも主様を御守りします! 任せてください!」


 何の茶番なの?


「……もう行動に移してもいいかな……?」


 俺の言葉に六人の美少女は神妙な面もちで頷く。


「よし、ではみんな気を付けろよ」


 斯くして俺たちは、各々の目的に向かい行動を開始した。





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