圧倒強者の精霊使いは振り回される~俺を慕う少女たちの暴走を止めるのは苦労します~

衣里

第一章 異世界は過酷です

プロローグ

 午前零時を回る頃。

 いつものように、俺は最終電車で帰宅の途についていた。

 

「……なんで毎日毎日、こんな遅くまで働かなくちゃならないんだよ……しかも日曜日だぞ……」


 明日も早い。

 数時間後には始発の電車に乗って会社に行かなければならない。


世間では働き方改革と叫ばれているが、そんなものは役所の人間が考えそうなことで、ブラックに近い零細企業に勤める俺からしてみれば机上の空論であった。


「人がいねえんだよなあ。募集掛けても集まらないって人事の奴ら言ってるし……でも、それを何とかするのがあいつらの仕事だろうよ……」


 そう愚痴を垂れつつも、ポケットから携帯端末を取り出してゲームアプリを起動させた。

 メイン画面を経由して、メニューを開き自分が育てたキャラクターを凝視する。


「俺が育てた少女たち……可愛いなあ……」


 だらしなくニヤける俺は、間違いなく危ない奴にしか見えず、通報されても仕方がない。

 だが、今この車両に乗っているのは禿散らかした酔っぱらいの爺さんと俺だけ。

 なので己の欲望を有らん限り顔に浮かべ、画面に映るキャラクターを穴が開くほど見詰めた。


「アプリコットに花鳥風月の髪飾りを付けてあげよう」


 俺の年齢は四十代半ば。

 結婚して家庭を持っていてもおかしくはない年だが、何せ俺は小太りデブの不細工である。

 こんな自分に寄り付く女など要る筈も無く、かと言って女性に対して全く免疫がない俺は、意中の人がいようとも自分を売り込めないでいた。

 お陰でこの年になっても独り身であり、さらには大した趣味も持たず、ただただ仕事を熟すだけの日々を送っていたのだ。


 ところがである。

 一つのゲームアプリが俺の人生に活力を与えてくれた。


 それは全世界で累計二千万人以上のダウンロード数を誇る化け物ゲームアプリ、乙女精霊サーガだ。


 ジャンルは3DアクションRPG、育成シミュレーション。


 概要は、一人の精霊使いが六人の乙女精霊と共に、なかば世界と言う名の世界を旅するストーリー性に富んだゲームだ。


 アクション面では迫力とスピード感に溢れた爽快さが得られ、味方キャラはオートで敵と戦い各自で技の使用を判断する。

 これはキャラクターの性格によって左右され、基本性格から枝葉のように分かれた細かな性格をユーザー自身が設定できた。

 

 無論、言うまでもないが、作成時はキャラデザインも可能であり、俺が所有する六人の乙女精霊たちは、時間をかけて念入りに手がけている自慢の娘たちだ。


 そう、御覧の通り俺は、この携帯ゲームにどっぷりと嵌っており、自分が育てた仮想少女たちを娘のように溺愛していた。

 

「よっし。これでますますアプリコットが可愛くなったぞ」


 俺は画面上のボブショートの少女を見ながら薄気味悪い笑みを浮かべていた。


 と不意に、ある一点に目がいく。

 幾つかある右上のアイコンマークの一つが点滅しており、ユーザーに新しい情報を報せていた。


「イベントでもあるのか?」


 俺は点滅するアイコンをタップして、小窓を開きその情報を確認する。


「おお……」

 

 目にしたのは新ガチャ実装の告知であり、思わず歓喜の声が漏れた。


 乙女精霊サーガは基本的に無課金で遊べるが、当然ガチャ課金もある。

 ガチャは用途に応じて三つの種類に分けられており、それぞれが筐体の柄になぞらえて虎ガチャ、ゼブラガチャ、キリンガチャと呼ばれていた。


「……それにしても事前告知がなかったな……いきなり実装なんて初めてじゃないのか?」


 前以て告知がなかったことに少し訝しむが、新ガチャの内容を一刻も早く知りたい俺は、すぐさまガチャ専用ページへと飛ぶ。


「こ、これは!」

 

 端末画面にでかでかと現れたのは新実装された第四のガチャであり、筐体に黄金の龍が巻き付いていた。

 

「……りゅ、龍ガチャとでも呼ぶべきか……? ……わ、わくわくが止まらないんだが……」


 俺はその格好良い姿に胸を躍らせながらも、龍ガチャから得られるであろうアイテムを確認する。


「……ハズレはポーション。アタリは……【次元跳躍の宝玉】……?」


 二択しかない事に疑問を抱くが、それよりも【次元跳躍の宝玉】なるアイテムに興味が惹かれた。


 ポーションは当然知っている。ゲーム内でも簡単に入手可能な回復薬。

 だが【次元跳躍の宝玉】とは初めて聞くアイテム名だ。


 俺は透かさず解説欄に目を通した。


「なになに……【次元跳躍の宝玉】とは、その名の通り次元を跳躍する事が可能な宝玉。使用すれば、別の世界の扉を開けることができ、乙女精霊たちの更なる進化が期待できる……」


 な…んだと……? 別の世界だと?

 新しいマップでも実装されたのか?

 行きたい!

 是が非でも行ってみたい!

 新世界で俺の育てた乙女精霊たちと旅をしたい!


 興奮した俺は、新アイテムの詳細を知るため公式ホームページに移動して隅々まで確認した。

 しかしどこにも【次元跳躍の宝玉】なる情報は載っていない。

 ならばと乙女精霊サーガに関するいくつかの情報サイトも調べてみたが、それらしき記載はどこにも見当たらなかった。


「なんなんだよ……」


 腹立たしさを抑えて再びガチャ画面を開き、【次元跳躍の宝玉】を確認する。


「……マジか……」


 そこで目にしたのは信じられない確率であった。

 

 ――出現確率0.0001パーセント――


 おいおい、こんなことが許されるのか?

 排出確率をここまで低くしていいのか?

 完全に違法じゃないのか? 


 異常な確率に俺は眉根を寄せる。


「……」


 が、直ぐに意欲が湧き出た。


 確率が低い? 

 だからどうした。

 俺はどうしても【次元跳躍の宝玉】が欲しいんだ。

 乙女精霊たちを新たな世界へと導いてやりたいんだよ。


「金ならある……違法だろうが何だろうが、とことんやってやるよ……」


 俺の会社は拘束時間が半端なく、ここだけ見れば間違いなくブラックだ。

 しかし金払いも半端ないためブラックに近いグレー企業と言えるだろう。

 

 お陰で貯金は山ほど溜まった。

 なにせ生活費以外に使うことがないからな。


 なので俺は、潤沢な資金にものを言わせ、欲しいものが手に入るまでとことんガチャに金をつぎ込んできた。


 そしてこの乙女精霊サーガではユーザー同士の対戦も実装されており、超重課金者の俺は五百位以内に入るトップランカーだ。

 そのプライドと、自らが育てた少女たちを新マップで更なる高みに至らせるため、俺にはガチャを引く以外の選択肢はなかった。


「さあ、頼むぞ」


 ゲーム内にプールしてある通貨を使ってガチャを回す。

 それは一回一回引くものではなく、十連ガチャと言われるもので一度に十回連続で引くことができ、おまけのアイテムが付いてくる仕様であった。


 しかし今はそんな物などどうでもいい。

 狙いは【次元跳躍の宝玉】ただ一つ。


「チッ、ハズレかよ……」


 一回目は十個ともハズレのポーションであったが、何せ0.0001パーセントの出現率である。

 そんな確率、簡単に当たる訳でもなく、俺は心を落ち着かせた。


 そうだ。まだ慌てる時間ではない。

 ここはじっくり責めるぞ。


「では、次だ」


 再び二回目を回すが、これもまたすべてがハズレ。

 そこから俺は何度も課金を繰り返して龍ガチャを回した。

 当たりを引くまで憑りつかれたように。


 しかし0.0001パーセントの壁は厚く、遂にはゲーム内でプールしていた通貨が尽きてしまう。


「……クレジットカードでは上限がある……」


 素早く財布を取り出して中の現金を確認した。


「よし。日中、銀行で金を降ろしておいてよかった。こういうのを僥倖っていうんだろうな」


 ぎゅうぎゅうに万札が詰まった財布を見て口角を上げる。

 これで次の行動に移せると、目を瞑ってガチャを回したい衝動を抑え込んだ。


 しばらくして、電車はようやっと駅に到着する。

 瞬間、飛び出すように電車から降りた俺は、改札口を足早に通り過ぎ、近くのコンビニに走った。

 そこでプリペイドカードをすべて買い占めると、二件目のコンビニに走り同じように買い占める。

 そして脇目も降らずに一目散で自宅のアパートへと急行した。


「今日は徹夜だ!」


 家に帰った俺は、飯を食う事も風呂に入る事もせず、直ぐさまプリペイドカードに書いてあるコードを携帯端末に読み取らせた。


「これで準備万端だ、行くぞ!」


 ゲーム内通貨をチャージした俺は、気合と共に龍ガチャを回す。


――パンパカパーン――


 欲しい。

 絶対に欲しい。

 何としてでも手に入れてやる。

 そして俺の乙女精霊たちと新マップを駆け巡るんだ!

 ってなんだ? 今、ファンファーレのような音がしなかったか……?


 気持ちが昂ぶっていた俺は、心を落ち着かせてガチャページを凝視した。   


「へっ?」


 間の抜けた声が出てしまう。

 それも当然の事で、画面には黄金色に渦を巻く宝玉が表示されてあり、その上にはでかでかと【当たり】と書かれた文字がキラキラと明滅していたからだ。


「も、もしかして当たったの……?」

 

 恐る恐るゲーム内のメニュー画面に移動して、インベントリの中を確認する。

 そこには先ほど見た黄金色の渦を巻く宝玉が鎮座しており、その存在を俺に見せつけていた。


「……やった……やったぜ!……最高だ!!! 獲ったどー!!!」

「うるせえ! 今何時だと思ってやがんだ!!!」


 隣人の野太い怒声が放たれる。


「すんません! 静かにします!」


 いかんいかん。

 感激のあまり、堪らず大声を出してしまった。

 このアパートは壁が薄いからなあ。

 金もそこそこ溜まったし、マンションでも買って引っ越そうかなあ……っと、今はそれどころではない。


 俺は気持ちを切り替えると、直ぐに【次元跳躍の宝玉】をタップした。


――このアイテムは、一度使えば消失します。それでも使用しますか?【YES】、【NO】――


「無論、【YES】」


 躊躇なくYESを選択する。

 と同時に視界がぐにゃりと歪み、俺は意識を手放してしまった。





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