デジャブ
その光景はデジャブだった。
「瀬良さん――――」
私はその人の名前を呼んだ。
あの時と同じように部屋から出たところで、私を待っていたのだ。
「由良さん」
そう言って彼がつかつかと歩み寄ってきたので、私は少し身構えてしまった。
さすがにあの別れ方をしていたので、少し後ろめたい気分はあったのだ。
「今度こそお別れです」
だが、意外にも彼はそう言っただけで、私に小さい紙袋を渡してきた。少し不安になりながら紙袋の中を覗くと、
「別にあなたを取って食おうとか、考えていませんよ」
と少し苦笑いしながら、そう言っていたのが聞こえた。
「まあ、最後の悪あがきというか、なんというか」
入っていたのは、綺麗な細工が施されたガラスペンだった。
「ありがとうございます」
振られた相手に普通はこんなものを送りはしないだろう。わざわざ送るのは本当に悪あがきなのだろう、そう今の私ならわかった気がした。
そんな彼にお礼を言った私はエレベーターで一階まで降り、今度は堂々と正面玄関から出た。
行きに使った私鉄電車に乗って帰ろうかと思って、駅の方向に歩き出した。
「由良君」
不意に私をそう呼び留める声がしたその声で、その呼び方をするのは一人しかいなかった。
後ろを振り向くと、案の定、若先生がいた。
私は若先生の方へ向かって走った。
「――――終わったのか」
若先生は走ってきた私を捕まえ、人目があるのにものすごい強く抱いた。
恥ずかしさもあったが、それ以上に私を心配して、迎えに来てくれたことが嬉しかった。
「はい」
私はしっかりと頷けた。
「もうただの一人の由良美香として生きることができます」
「そうか。それは良かった」
若先生は笑ってくれた。
「じゃあ、帰ろう」
はい。
私はそう言って、若先生が差し出した手をしっかりと握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます