二人
指定されたのはフレンチで有名なレストランで、一度だけ瀬良さんと食事をしたことのあるお店だった。
「お待たせしました」
すでに集合場所には瀬良さんが待っており、私はその姿を見て、そう声を掛けた。
私の姿を見た瀬良さんは、にっこりと笑って大丈夫ですよ、と笑ってくれた。
「そのネックレス、美香さんにお似合いですね」
爽やかに言うその台詞は嘘っぽくなく、好感を持つことができた。だが、私は彼にときめくことはない。
「そうですか。では、これを下さった方にそう伝えておきますね」
極めて冷静に私はそう返した。
その反応に瀬良さんは驚いたようだったが、気にすることもなく、私をエスコートするために手を差し伸べた。
「では」
私はその手を握り返したくなかったが、彼の面目をつぶすわけにもいかず、仕方なく手を握った。
私の様子に、苦笑いした瀬良さん。
「美香さん、単刀直入に話させていただきます」
デザートまで食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいたところで、瀬良さんが本題を切り出した。
「もう一度、婚約をしてください。そして、美香さんが卒業した後、結婚してください」
頭を下げた瀬良さんの言葉に私は、とうとう来たか、と身構えた。
「何故ですか?」
だが、私には理解できなかった。だったら、あの時、婚約解消なんてしなくても良かったし、今更どうしてする必要があるのか?
しかし、瀬良さんの解答は明確だった。
「もうあの会社は終わります」
なるほど。
陽ノ国屋製薬は群雄割拠はげしいと言われている中でも最大手。
その会社が倒産した場合、多くの社員たちが行き場を失う。
経営にも詳しい瀬良さんが会社内部に入れば、おそらくある程度は持つだろう。だが、外部の人間である瀬良さんが、立て直すまでの地位を獲得するまでにはどうしても、時間がかかりすぎる。
だから、
あの時とは違って、余裕なんかないのだ。
それでも、私はもうすでに自分の意志というものを知ってしまった。
それは紛れもなく、
「お断りします」
即答できた。
私の言葉に、瀬良さんは寂しそうな笑みを浮かべた。
「例えば、婚約と関係なしの友人として付き合うところから始めても駄目ですか?」
彼は食い下がった。だが、私はそれでも首を横に振った。
「難しいです」
ちょうど、その時、ウェイターが私の隣に来た。
「お嬢様にお呼びされているという方がおみえです」
そうかけられた言葉はいたって不自然なものだった。不思議に思い、彼が指した方向を見ると、そこには見慣れている人が立っていた。いつも会うはずのその人は、スーツを着ており、初めて見る姿にかなり新鮮さを感じた。
だが、なんで、このタイミングで若先生が?
ここに来ることを若先生には言っていないはずだ。私が頷くと、ウェイターは彼を呼びに行ってくれた。
「――――何故、あの男は来たんだ?」
不機嫌さを隠さずに瀬良さんはそう呟く。それは私にもわからなかった。
「帰るぞ、
私の隣に若先生が立ち、そう声を掛けてくれた。若先生の呼び方に一瞬、ドキリとしたが、迷いもなく頷いた。
ちょ、待ってくれ、という瀬良さんの声がしたが、私は若先生とともに変えることを決めていたので、瀬良さんにごめんなさい、と謝った。
「瀬良さんにはここまでいろいろとしていただきましたが、私はあなたに何もできません」
私はそう言い、若先生の後ろについてレストランを出た。
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