全ての終わり
『瀬良の勧めさ。明後日から行ってきなさいな』
ある日、無表情な祖母から手渡された封筒には、ボストンまでの片道分の旅行券が入っていた。
あまり私は彼と話したことがなかった。
そんな彼がなぜ、私にこんなことを勧めてくるのだろうか。理由を知りたく、初めて彼に私の方から連絡を取った。
『あなたにはもっと世界を見てほしいんです』
彼は私からのコンタクトに驚きつつも、笑顔でそう答えてくれた。彼の微笑みはいつも変わらない。
その笑みがいつもは怖かったのだが、今日は怖くない。むしろ、今までで最も私に親身になってくれているような気がした。
『多分、行ったら分かると思うよ』
彼の言葉に背中を押された。
翌々日、荷物をまとめた私は国際空港から飛び立った。
現地についた私は、すぐに彼が言っていたことに気が付いた。
周りの人は生き生きとしている。私にはない溌溂さが彼らにはあった。
私はしばらく彼が手配してくれた大学に留学した。
そこでも私はいろいろなことに気付かされた。
『なんでミカは日本の大学に行かないの?』
『たとえ養ってくれている家族だろうが、もっと積極的に自分の意見を言わないの?』
そこで知り合った友人たちに何回もそう聞かれた。
だが、私にはそれにさえ、答えることができなかった。
時がたち、私は帰国することになった。
『おかえりなさい』
夜遅く、飛行機を降りた空港で私を出迎えてくれたのは、婚約者の彼だけだった。
その時、私は心からの感謝を彼に言うことができた。
『私を連れだしてくれてありがとう、雄太郎さん』
私の言葉に彼は寂しそうに笑った。
その時は彼がなぜ、寂しく笑ったのか理解できなかった。
だが、その理由は意外なところから、私も知ることになった。
『大学へ行きたいんだって?』
帰国早々、祖母からそう尋ねられた。
もちろん、帰国するまでそんなことを考えたことのなかった私は、どうしてそれを祖母が知っているのか驚いた。
『ったく、あの子同様、誰か知らないが、そこら辺の馬どもに誑かされたようだねぇ』
そういう祖母の顔には相変わらず表情は浮かんでいなかった。祖父も何も言わず、ただじっと私の顔を見ていた。
『アタシは一応、お前さんの保護者さ。保護者である以上、
違う。
私はその時、初めて違和感を覚えた。
『お断りします』
つい言葉に出てしまった。
そこからは筆舌に絶するような激しい口論になった。
『そうかい。じゃあ、これ以上はもうあんたに支払える金なんぞないわ。お前さんなんかどこででも野垂れ死ねばいいのに』
最終的にそう言って、あの人は私にさらっと書いた小切手を渡した。
私はそれをひったくるようにして奪い、勢い良く部屋を出た。
『やはりこうなりましたか』
部屋の近くで待っていたらしい雄太郎さんは、私の様子を見て、ため息をついた。
『初めからこの話がうまくいくとは思いませんでした』
何も言わずに車に乗り込み、走らせる彼はそう呟く。
どうやら彼もまた、乗り気ではなかったものの、製薬会社を他人に譲りたくない祖母に命令されてやっていたようだった。
ひとしきり車を走らせた後、あるコンビニの駐車場に停めた彼は、私の手元にある小切手を見て、ニヤリと笑った。
その顔は、最初で最後に見た彼が何かを企んでいるような顔だった。
『今のあなたなら、間違いなく受かるでしょう』
そう提案したのは地元の大学への受験だった。
それから数か月間、彼は私を部屋に泊めてくれ、祖母たちには内緒で私の受験勉強を見てくれた。
そして、翌年三月。
私は地元の難関大学、弘安大学法学部に合格した。
『良かった。これで美香さんに償いが出来そうです』
部屋を決める際も同行してくれた彼は、別れ際そう言った。
『僕は最初、あの校門であなたを見た時から後悔していましたから』
そう言った彼の顔はとても晴れやかだった。
彼とは婚約を解消した。といっても、そもそも口約束のようなものだったし、あってないようなものでもあったのだが。
『では。さようなら、
最後、そう言ってくれたのを今でも覚えている。
~~~~~~~~~~~~~
なのに。
「何で今更?」
彼は私のことを『由良さん』ではなく、『美香さん』と言った。
「何がしたい、の?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます