起承
だが、彼を疑っていてもしょうがないので、カルテを作り、診療台に案内した。
いつも通りの準備、首元にエプロンをつけようとしたが、若先生にそのエプロンを奪われた。
「
若先生の呼び方にも驚いたが、それ以上に私の異変に気づいてくれたようだったので、ありがたくそれに合わさせてもらおう。
無言で頷き、その場を後にした。
診察室を出て、更衣室についた瞬間、床にへたり込んでしまった私は、過去を思い出した。
~~~~~~~~~~~~~
私はいわゆる一般家庭に生まれた子だった。
だが、両親は私を置いて出かけていた時に事故死し、母方の伯母に預けられたが、彼女も気が付いた時には蒸発しており、私の身の回りに『親族』と呼べるものは誰一人としていなかった。
そんな幼少期だった。
だが、結局、なんだかんだで施設に預かってもらったりしたおかげで、高校まで無事に通うことができた。
だが、状況は高校生最後の日に一変した。
『お迎えに上がりました』
卒業式後、すでに養護施設を離れることが決まっていた私は、最後のあいさつのために施設に向かおうとしていたのだが、校門を出たところで黒塗りの車を背景に、彼は待ち構えていた。
『あなた、は――――?』
私には彼が誰だか知らない。だが、彼は私のことを知っている。
怖かった。
『ああ、失礼いたしました』
そう言って彼は私に、名刺を差し出した。
《弁護士・瀬良 雄太郎》と書かれたシンプルな名刺は、私により一層の不信感しか与えなかった。
『陽ノ国屋社長の命令により、美香さんをお迎えするように仰せつかっております』
彼はどこまでも丁寧だった。
私は断ろうとした。
すでに就職先も決まっており、そこへ行くんだと。
だが、彼はこう言い放った。
『美香さんのことは、すでにこちらでお世話することに決まっております』
どうやら、
その時から、私の自由はなくなった。
車内では陽ノ国屋家のことや母のことを色々聞いた。
陽ノ国屋家は陽ノ国屋製薬の創業者一族であり、現在は祖母が社長を務めていること。
その娘である私の母親が規律に厳しい実家を飛び出し、大学で父親と出会い、駆け落ち結婚したということ。だが、度重なる家庭内暴力ですぐに離婚し、生まれたての私を手放さざるを得なかったということ。
そして、その母親もすでにこの世にはいない、ということもこの時、初めて知った。
母親の死に思うところがないわけではないが、今こうやって誘拐まがいのことをされている状況下では、不思議と冷静に聞くことができた。
それらを話しているときに、私たちの乗った車はゆるやかに停車した。
停まったのは、古びた日本家屋の前で、待ち受けていたのは、変人奇人のような自称・教師たちだった。
それからすぐに、雄太郎さんと別れ、何も知らされないまま、礼儀・作法や日本舞踊、お唄、お琴、お茶に生け花などのいわゆる『嗜み』というものを習わされた。
そして、ある程度経ったころ、私の身柄は洋館に移された。
そこで初めて、『祖父母』と出会うことになった。
『ふぅん、
祖母から言われた最初の一言は強烈だった。だが、すでに心が死んでいるような状態の私には、その言葉はあまり響いていなかった。
『何はともあれ、ここに引き取られた以上、あなたは陽ノ国屋の人間。私たちに恥を書かせることだけはしないで頂戴』
そうして、私は陽ノ国屋の娘として生きることになり、最初に与えられたものは、洋館の離れの一室と、一回り以上、年の離れた婚約者だった。
婚約者の彼――瀬良雄太郎は、私をお姫様のように扱った。だが、私の方は彼を物語に出てくるような王子様とは、到底思えず、今度は嫁入り修業と称した習い事を延々と続けさせられた。
それが数年。
この地獄のような生活を続けるうちに、私の心は完全に死んでいた。
だが、そんな日々は突然、終わりを告げた。
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