今、この時
最終的に、その場で捕まった彼女たちを含め、『ゼミ落とし』をしている学生、計二十八人が芋づる式に明らかになり、行った行為、行った人数によって彼らは謹慎処分以上の処罰が科された。
残念ながらというべきか、立花梨音は明らかに『ゼミ落とし』を行っていたと証明できず、立件できないことが判明。
一方で、愛理が隠し持っていたICレコーダーの録音ボイスにより、鹿野歯科での器物損壊、出納表の意図的な隠匿が認められ、被害届およびICレコーダーの録音記録を警察に提出したらしい。
もちろん、大学側にも
私は、というと――――
「なんだかなぁ」
「ま、これでよかったんじゃないの?」
一応、『ゼミ落とし』もなくなったので、今度こそ公平にゼミの希望調査・選抜が行われることになり、なんとか第一希望のゼミに所属することができた。
「愛理、ありがとう」
お礼とともに、私は自腹で購入したゴルディのチョコレートを彼女に渡した。
「そんな、気にしなくてもいいのに」
そう笑いつつ、彼女は遠慮なく箱を受け取る。
全くもって、愛理らしい。
私はそんな愛理のことが嫌いになれない。
「これからも、よろしくね」
「もちろん」
こんな日々が続くことを願った。
そして、忘れてはいけないのが、今回の騒動の発端ともいうべき、鹿野歯科でのアルバイト。
事件が終息したその日の夜、電話がかかってきた。
『由良だな』
かけてきたのは若先生だった。だが、その声は心なしか、沈んで聞こえる。
「はい。そうです」
私は怖いといつもなら思ってしまうその声に、珍しく安心感を覚えてしまった。
『待たせた。明日から戻ってこい』
若先生はいつも言葉足らずだと思う。だが、その言葉だけは何も不足していなかった。
「はい!」
無性に嬉しくなった。
翌日、久しぶりに鹿野家の門をくぐった。
「おはようございます」
答えてくれる声はなかったが、私は平気だった。
さあ、行こう。
その日のバイト終了後、奥様からこちらで起こった出来事を話してくださった。
どうやら例の出納帳事件の前日の昼間、私がバイトにまだ入っていないとき、愛理が患者としてここを訪れたという。
その時に例のICレコーダーを奥様に手渡したという。
すでに、私が立花さんに嵌められているのではないかと疑っていたという、鹿野家の三人はその録音を聞き、確信を深めたという。
結局、出納帳事件も起こり、これ以上、私がここにいるといつ私の身に何か起こるのではないかと心配した若先生が、休ませることを提案したらしい。
そして、奥様は大学時代の友人である教授に連絡をしたという。
「そういう事だったんですね」
私はホッとした。あの時は突然、休めと言われたものだから本当に驚いた。
「ごめんなさいね、由良さん」
奥様も心底、悔しそうな声をにじませていた。
「いえ、気にしないでください」
すでに終わったことだ。笑うことができた。
ちなみに、立花さんが執拗に私を狙ったのは、どうやら私には若先生が不釣り合いだからだそうで。声を掛けてもらいたくて、私の評価を落とすためにずっと、あんなことをしていたそうだ。
(馬鹿ね)
そんな彼女に少しだけ同情した。
それでも私は声を掛けてもらっていないし、そもそもあなたが思うような関係じゃないわよ。
私はもう会うことはないだろう彼女に、そう心の中で呟いた。
それ以来、鹿野歯科にアルバイトが入ることはない。だが、私はそれでよかった。
(だって、下手にもめ事を作られるよりも、ねぇ)
だから、今日も私は働く。
~~~~~~~~~~~~~
「みぃかぁ」
そこまで思い出した時、両肩をつかまれて、ガクガクと揺さぶられていた。
目の前には愛理の必死の形相。
思わず、フッと笑ってしまった。
「ごめん。ちょっと思い出したことがあってね」
私は運ばれてきたパスタを頬張りながら、それを話し始めた。
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