熱が出た
暑っちぃ。
いや、気温については夏だから、しょうがないんだけれど、今ここは患者さんのためにも我々のためにもエアコンがガンガンについている。
なのに、暑い。
そして、身体がうまく動かない。
「――――風邪かぁ」
今日は皆さんお忙しいのか、誰もいない。だから、一人寂しく受付台で少し突っ伏しながらそう呟く。
うん。誰も見ていないからセーフだ。
……………………。
………………………………。
………………………………………………………………。
「――――やべぇ」
一瞬、意識を飛ばしていたらしく、自分の腕が動いたことによる振動で、思わず変な声を出してしまった。
時刻は七時半。これから先、予約は入っていないものの、アポなしの患者さんが来る可能性もある。
「怠いなぁ」
伸びをしながら改めて自分の体調が悪いことに気付く。
「夏風邪かな」
防犯上の観点から、一人暮らししているマンションの部屋は完全冷暖房にしてある。そして、大学内はこれでもかというくらい空調が効いており、この時期の大学は本当に寒い。
「テクノロジーって嫌だねぇ」
いいこともあるが、悪いこともある。多分、人がちょっとのことで体調不良になるのは、エアコンというものが発達したせいだろう。
そんなことをぼやいていると、七時五十分になっていたようだった。
「由良さん、そろそろ片付けましょう」
奥様が奥の自宅部分から出てこられ、声を掛けてくださった。
「はい」
私は器具の片づけのために立とうとした。
「――――あ、れ?」
足にうまく力が入らず、ふらつき、床に座り込んでしまった。
「由良さん?」
奥様が心配そうに声を掛けてくださった。
「あ、ありがとうございます」
私は少し無理をして、笑顔を作った。
少し落ち着いた後、再び立って今度こそ器具の片づけに向かった。
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
帰り端、奥様がわざわざ玄関まで出てきてくださった。
ありがたや、ありがたや。
私ははい、ともう一度頭を下げ、鹿野家を出た。
だが、その直後、今度は先ほどまでの立ち眩みと違う、めまいのようなものを感じた。
(立ちたい。立って帰ら、な、きゃ――――)
私の意識はそこで途切れた。
目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
私の額の上に何か乗せられていた。
(気持ちいい――――)
乗っかっているソレは、冷たくていい香りがした。まだ少し意識が朦朧としていた私はもう一度、眠るために、ここがどこだか分かっていなかったが、目を閉じた。
次に目を覚ました時、隣にいたのは奥様だった。
「大丈夫?」
心配そうに声を掛けてくださった。
――――ということ、は。
「あの直後に倒れちゃったから、あなたの家まで連れて帰るよりも、ここで寝かせてあげた方が良いと思ったのよ」
やっぱりかぁ。
どうりでこのベッドも布団も気持ちいいのだろう。私の城にあるものよりも数段、良いブランドものと思う。
「――――――ありがとうございます」
私は起き上がって挨拶しようとした。だが、奥様に止められ、仕方なしに頭だけ動かした。
「いいのよ。あなたのおかげで久しぶりに政幸の焦った様子も見られたしね」
奥様はいたずらっ子のように笑う。
あの子――――?
私にはそれが誰のことを指すのか分からなかったが、奥様にとって、それは喜ばしい事なら、それでいいだろう。
「まあ、今日一日は寝ておきなさいな。明日、良くなったら帰ってもいいわよ」
奥様はそう言ってくださった。体が動くようならばすぐに、引き取ろうかと思ったが、どうやら体は動かない。なので、今日だけは素直にお言葉に甘えることにしよう。
「お世話を掛けますが、よろしくお願いします」
私がそう言うと、奥様は微笑んで、ええ、と言ってくださった。
じゃあ、またお昼ご飯持ってくるわね、と言って、部屋から出て行った。
私は自分の体調管理の甘さに情けなくなると同時に、鹿野家の皆さんの優しさが胸に沁みた。
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