信頼できるのはただ一人

 ううむ。あの彼女と同じように見覚えはあるから、どうやら私のお客さんで間違いない様だねぇ。

 愛理やほかの学生たちに迷惑をかけるわけにもいかないので、話があるなら場所を変えることを提案した。


「私たちが言いたいこと分かるよね?」

 人気のないところでそう切り出した彼女たち。


 いやぁ。

 あなたたちの言いたいことは分かるんだ・け・れ・ど。


「えっと、あなたたちは誰なんですか? 一体、何の用事なんですか?」

 何はともあれ、まずは名乗りなさいよ。そして、用事は具体的に言いなさいよ。“分かるよね?” じゃないよ。私、あんたらの子供じゃないんだし。

 そもそも大して親しくしてないうえ、150人もいる同期のうち、一体、何人覚えろっていうんですかね?


 目の前の女の子たちは私の勢いにたじろいだけれど、一人の女子がすぐに気を取り直して、けんか腰で返してきた。

「ボッチの癖に生意気」

 その言葉につられてほかの三人の女の子もクスクスと笑う。


 ほほう。

 ボッチとはねぇ。間違っちゃいないが、私の年齢をダシにして最初に拒否したの、お前らだろ?


 彼女たちの態度に少しばかりイラっと来たが、それでも感情を押さえつけた。


 彼女たちはそう言いつつも、律義に名乗ってくれた。

「で、私たちがあなたに声を掛けた理由は分かるよね?」

 君島優香と名乗った女は、相変わらずエラそうな態度だった。


「あら、今日のお昼ご飯の事だったかしら」


 あえてとぼけた。

 そろそろ付き合うのが面倒なんだけれど。


 そんな私の態度に逆切れしたのか、もういいわよ、こんな女、私たちの敵になんかならないわよ、と言って、他の二人の腕を引っ張っていった君島。去り際に、覚えていなさいよ、って言っていく彼女、どこの悪女ですか。



 嵐が去っていった後、若干、自分がとんでもないことを口走ったと気づいたが、後の祭りだ。

 人気のない廊下でぼんやり佇んでいると、突然、声を掛けられた。


「やっぱりあんたのところって大変そうねぇ。あの女の子たち、私の顔までにらんできたよ。ああ、怖いねぇ」


「愛理、聞いていたんだ」

 あーあ、と私はため息をつく。彼女たちを怒らせたことは間違いないので、この先、どう出てくるか分からない。


 だが、先ほどまでもそばにいて、私と知り合いだということがばれているんだし、仲の良い・・・・ことをアピールするのはまずいんじゃ?

 私にはその懸念があった。

 だが、愛理は事も無げに笑った。


「うん。聞いていたよ。でも、何があっても美香の後ろに私はいる。あの女たちがわざわざ学部の違う私に手を出すとは思わない。でも、彼女たちが何を言ってきても、私は美香の方が大事」


 その笑顔はいつものなにか面白いことを探っているような笑みとは違う、穏やかな笑みだった。


「巻き込んで、ごめん」


 私は彼女の言葉に力が抜けた。

 今まで、意識はしていなかったけれど、相当力んでいたんだなぁ。


「違うでしょ」

 愛理は私の言葉を否定した。

「私が欲しい言葉は、違う」


 愛理を見上げると、いつになく真剣な目をしていた。

 そして、気づく。


(――――ああ、愛理はそういう子だった)


「ありがと、愛理。しばらくの間、付き合わせちゃうけれど」

 そう言うと、彼女はいつもの笑みに戻った。どこか、悪戯を企んでいる笑みに。


「うん、喜んで」

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