今の私が考えるべき案件
で、翌勤務日。
勤務終了後、いつも通り受付デスクでタイムカードを見たり、明日の業務予定を確認していた私はいきなり目の前に差し出されたそれを見て、首を傾げた。
「――――あの?」
相変わらず無言で差し出してきた若先生に、私は恐る恐る尋ねた。
「――――――――土産だ」
沈黙が長くて怖いんですけれど。しかも、いつになく真剣。向こうで何がありました?
私は差し出された小包を受け取って、その重さにびっくりした。
軽そうに見えたが、意外と重い。疑問に思いながらも、ありがとうございます、とお礼を言って、着替えるために更衣室に向かった。束ねていた髪をほどき、私服に着替えた私は退出間際、もう一度お礼を言おうと思ったが、すでに自室に戻られていたようで、若先生にはお会いできなかった。
家に戻ると、食事やお風呂の準備をする前に、小包の中身を確認した。
――――――。
いや、開けてびっくりしたよ。
うん、可愛いんだが。
「非常に高いよね、これ」
そうなのだ。イタリアのお土産の中でも、値が張るものの一つ――――ベネチアングラスの正規品だ。
青色を基調としたガラス玉がいくつも連なっている短めのネックレス。
私はある事情により、一時期、審美眼というやつを鍛えさせられたので、一級品かそうでないかはある程度分かる。昔取った杵柄というやつだね。数少ない恩恵でもあり、数多いコンプレックスの一つでもある。
というか、若先生は些細なところでもどこか行ったら、必ず一級品を私にお土産をくれるのだよねぇ。どんだけ財力を私に注ぎ込んでいるんだか。私に課金したところで、見返りはない。
逆は――――?
まあ考える余地は端からないので、無駄な思考はやめておく。
普通だったら考えられないよな。うん。
明日の午前中は講義が休講になっていたので、名古屋駅に行って自分の服とかの買い物に行く予定だった。ついでにお礼のお菓子でも買って来ようと思った。
ネックレスを傷つけることのないように大切にとっておこうと思って、一旦、包み紙に戻したが、せっかくだから、と思い直して、それを何となく自分の首元にあててみた。
付けた状態で、鏡を見てみると、
「合う」
私はそれ以上何も言えなかった。
それくらい、恐ろしいくらい似合うのだ。
何故だか理由は分からなかったが、私は嬉しくなり、ご飯とかお風呂とかどうでもよくなって、寝てしまった。
翌日、空腹で目が覚めた私は昨晩何も食べていなく、お風呂にも入っていないことを思い出し、慌ててご飯を食べ、お風呂に入った。
目的のお店の開店時刻に間に合う電車に滑り込みで乗り込み、名古屋駅に向かった。本当は昨日貰ったネックレスを着けて行きたかったが、さすがにそれに合うような服もなく、人ごみの中で落としそうで怖かったので、いつもつけている安いペンダントを着けていた。
電車は空いていたものの、駅に着くとどこからこの人たちが来たんだ、というくらい人で溢れかえっていた。
最初の目的の店まで歩くこと十分。私は脇目もふらずにそこまでたどり着けた。
そのお店はプチプラで有名なチェーン店で、オンラインショップも展開しているが、私は幼い時からこのブランドが好きで、一時期、何年間以外はずっとここに通い続けてきた。
最初は春らしく明るい色の服を選んでいたが、昨日のあのネックレスと同じ色のワンピースが急に目に入ってきた時、『コレ』だと思ってしまった。
「綺麗」
思わず私がつぶやくと、店員さんはにっこりと笑い、今日入荷したばかりなんですよ、と教えてくれた。
「それを下さい」
躊躇わなかった。あの服は私のためにあるようだと思ったので、値段も何も考えずにすぐさま買ってしまった。後悔なんてしない。そう言い切れるだけの自信がなぜかあった。
私の言葉に店員さんは驚いたような顔をしたが、すぐにはい、わかりましたと、営業用の笑みを浮かべて対応してくださった。
そして、目的の物を忘れてはいけない。
「何がいいかなぁ」
今更ながら、若先生の好みをあまり知らないことに気付いた。そういう時は嫌いなものを避けて選ぶべきなのだが、
(嫌いなものも分からない)
どうしましょうかね。
二年間もお世話になっていて、なおかつ忘年会にも参加させてもらっているのに、若先生のことを知らなかったことに気付いた。
困った私は無難にプレーンのマドレーヌを買うことにした。
うん。本当は季節限定のマドレーヌとかおいしそうだったが、しょうがなかった。
これでそもそもマドレーヌが嫌いとか、原材料のオレンジピールやレモンなどの柑橘系が嫌いとか、アーモンドが嫌いとか言われたら、立ち直れない気がする。
(もう開き直るしかないな)
覚悟を決めた私は、店員さんに注文した。にこやかに対応してくれる店員さんは今の私にとって、少しまぶしすぎだ。
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