幸運の道標
「一つ貰ってもいいですか?」
ついそんな言葉を口にしてしまった。その言葉に作った本人である若先生も、ほかの二人も驚いた顔をした。
まあ、そうだろうな。こんなマスコット欲しいなんていう奴いないだろうな。
「もちろんだ」
若先生はそう言って、小箱を渡してきた。
ん?小箱ですか。なんか、私が欲しいって言うと思っていたんですね。
準備周到ですねぇ。
ありがとうございます、と言ってそれを受け取った。周りの空気が少し変化したな、と思って大先生と奥様を見ると、二人はなんだか微妙な顔をしていた。
まあ、いいや。とりあえず、受け取っておこう。
でも、やっぱりなんか私、悪いことしちゃったんですかね?
そんなことを思ったが、何もお二人が言わないことをいいことにその日は上がらせていただくことにした。
「涙を拭いてからこの家から出なさいね。みっともないですから」
更衣室に行く間際、奥様からこっそりそう言われてしまった。
なんか頬が湿っぽいな、と思っていたが、そうことだったんですね。教えてくださってありがとうございます。
後日、若先生に直接、聞けないチキンな私は、大先生にこっそりとあのマスコットをどうやって作ったのか聞いてみたら、若先生の知り合いに販促商品のグッズを取り扱っている方がいて、その方に
すごい行動力だなぁと思います。
私にはその行動力の原因が分からなかったが、まあ、マスコットは可愛らしいからいいか。
こうして、『鹿野歯科』の『猪』マスコットキャラクター“シ~ちゃん”は誕生した。
受付に飾られたそれを見て、大抵のお客さんはこう聞く。
『何で鹿野さんなのに猪なの?』
そう聞かれた私はこう答える。
「当院にとって、猪は幸運のシンボルなんです」
そう胸を張って言える何かがそこにはあった。
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