博多の秋

数年前の私は、福岡県のマンションで一人暮らしをしていた。

高校を卒業し、進学した先の学校が博多市にあったからだ。学生のみが入居できる1Kのマンションは、一人暮らしビギナーであった当時の私には申し分なさすぎる住処であり、この時期を懐古すると、もう一度あの部屋に住みたいと思うほどである。


一人暮らしを始めて、少し経った頃、初夏。

母が再婚することになった。



私が高校生の頃の母は、再婚相手である現在の継父の家に入り浸っており、週のほとんどを継父の家で過ごしていた。幸い私と妹も高校生であったので、家事に困ることはなかったが、帰ってこない母に対する鬱憤は溜まりに溜まっていた。


高校二年生の年の暮れ、妹が飼い猫に噛まれ、数針ほど縫う怪我をした。その時も母は継父の家にいたので、妹が右手から大量出血していることなど露知らず。この時私の鬱憤は大爆発を起こし、たまらず母の携帯電話に電話をかけまくった。何度も電話をかけ続け、ようやく繋がり聞こえてきた母の声色は、あまり妹に関心がないように感じた。


妹は地元の救命救急にかかり、傷口を縫われ痛み止めを処方された。傷口は腫れて熱を持ち、それを包帯でグルグル巻きにしている。出血が止まらなかったので、深夜妹に「包帯を変えて欲しい」と起こされた。妹の部屋の隣は母の部屋で、私の部屋は妹の部屋から遠い所にあったので、何故母ではなく私なのかと妹に聞くと、母は起きなかったと言われた。ここでも母への鬱憤は溜まり続けることとなる。


と、このようなことが高校時代の大半を占めていたので、母の再婚に寛容になれずにいた。母が継父とお付き合いをしていた頃、きちんと家に帰ってきて母親らしく、節度を守ってお付き合いをしてくれとお願いすると、私は幸せになってはいけないのかと怒鳴られた。この時私は、母に対する尊敬だとか敬愛だとかを、幾分か捨ててきたように思う。


母の再婚は、子どもが出来た故の再婚であった。


私には年子の妹の他に、19歳年の離れた妹がいる。当時の私は高校を卒業したばかりの青臭いお子様で、母の再婚を受け入れられずにいた。しかも継父となった男性は、私の七つ年上である。たった七つしか年の違わない馬の骨が、私の継父であるのだ。


この事柄を人に話すと、大抵返ってくる言葉は「漫画みたいだね」というものである。私もそう思う。しかし私は望んで漫画やドラマのような人生を歩んでいるわけではないということを理解していただきたい。


親族からは、生まれてくる赤ちゃんに罪はないからゆるしてあげてほしいと言われた。赤ちゃんに罪がないのであれば、罪があるのは継父と母ということになる。しかし当時の私は、命として芽吹いたことさえも罪であると思っていた。親族には大人のふりをして良いツラを振りまいて、受け入れたふりをしていた。本当のところは受け入れられてなど、いなかったのだけれど。


それからしばらく、秋が来るまで私は母との連絡を遮断していた。母のことを考えないように生きていた。




夏の暑さが少しだけ尾を引くある秋の日、母からメールが届いた。

再婚の報告を継父宅にした帰りに、私の住むマンションを訪ねても良いかとのことであった。


私はそのメールに、どうせなら泊まっていけばいいと返事をした。特に何も考えていなかった。あれほど母を嫌いだと思っていたのに、あの初夏から2ヶ月ほどで、色々とどうでもよくなっていた。


お腹の大きくなった母と二人、当時私がアルバイトをしていたパン屋に行った。母の好きそうなパンと、私のおすすめを買って、少しひんやりした風の吹く夕焼けの道を歩いたことを覚えている。



前と変わらぬようなやり取りをするようになって、秋も深まった十月の半ば。

ふと窓の外を見ると、鮮やかな夕焼けが広がっていた。当時住んでいたマンションは、都市高速道路の環状線沿いにあったので、高速道路越しの夕焼けがなんだか新鮮で、とても心に残っている。


窓を開けて、ひんやりする空気を吸い込みながら、母と見た夕焼けを思い出していた。あと何回、今まで通りの母と夕焼けを見られるのだろう。きっと、あの時が最後なのだと、その時思った。


母はこれから、再び育児をすることになる。

そうなった時の母は、今までとは違う母になるだろう。私の知っている母と、知らない母。それがなんだかさびしく感じて、不思議であった。あれほど母を憎らしいと感じていたのに、今はそれがない。この時私は、時が解決する事もあるということを、初めて知った。


秋は切ない季節である。

短い季節の綺麗な景色を見ると、あの秋を思い出して、今も少しだけ切なさを感じるのだ。

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