プロローグ ( 2 )



 遠い昔の彼との出会い、彼と過ごした長い時を、今彼女は覚えていない。彼が今、どこに居て、何を思って、何をしているのかも、彼女は知らない。


 彼女は大きな対価たいかと共に、ある生き方を選んだ。


 彼女が忘れてしまっても、彼が覚えている。その事実さえあれば、ふたりは十分だった。ふたりは常に出会う運命、いや、定めにあった。その定めを彼に与えたのは、他でもない彼女である。彼女と彼が心からそばに居たいと願ったから、彼女はそれを選んだ。何よりも大切だから、その選択は、ふたりにとって間違いなどではない。


 彼女はずっと思っていた。彼と同じように、彼と共に歩んでみたいと。その一度きりの希望にすがり、彼女は大切な大きな対価たいかを差し出した。


 長い未来が永遠のように待っていても、永遠のように彼のそばに居続けられることを知っていても、彼女は知りたかった。彼がどうやって生きて来たのか。人という生き物が、どんな世界を見てどんな生を選ぶのか、どんな幸せが待っているのか。


 儚いことはわかっている。きっと誰よりも長く生きている彼女はそのはかなさを恐ろしいほどに知っている。


 そしてそのはかなさが過ぎても、彼女は生き続ける。






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