第76話 因縁と疑問


「逃げろ!」

「どうなってんだよ、この村!」

「ガリウスがなんでこんな所まで侵入してきているんだ!」


 ニール村はガリウスの侵攻で大騒ぎとなっている。

 いつもは村長が先導して村を引っ張っている。

 それがこの惨状をさらに酷くさせている。


『村長があの状態だからな……どうする?』


 民家に身を潜めながら、シュバルツは優に問いかける。

 ガリウスが完全にこのニール村に攻め込んで来るのも時間の問題。

 優は、自身の力と相談してこれから何をするのが最善なのか考える。


「これだけ人が多い以上……戦いにくいの」

『ふむ、それに村全体に不信感が漂っている、それにこの騒ぎだ……まともに話を聞いてくれるとは思えないな』

「だな、さてとどうするべきか」


 シュバルツが危惧している事。それは優も同じ。まともに取り合って貰えない。

 全員がこの騒ぎに混乱しており、何をするか分からない。

 考えより、先に行動する。今はそれが最善策。迷っていては何も打開は出来ない。


「とりあえず、ガリウスが複数いる場所まで向かって、出来る限りの敵を倒すのがいいだろう」

『しかし、それでは村の住民達が助からなくなるぞ』

「……出水とかルナがそこは何とかしてくれるだろ? 保険に軽く防御壁は発動させておくけど、俺はそんなにお人好しになれないよ」


 優にとってこの村と村人には当然だが快くは思っていない。

 だから、救うとか救わないという天秤は重要性は高くない。

 しかし、貴重な情報源であるから助けているだけ。

 それだけなのに、自身のエンド能力の一つである防御壁は発動させている。


 ――やはり、少しは優の中に良心が僅かながら残っているのか。


 エンドの消費を気にしながら、民家の屋根を渡って加速しながら目的地に向かう。


 ガリウスが集中しているのはニール村の端の場所。

 石の壁で囲まれており、並大抵の攻撃では破壊されない。

 これも生贄で得たメルで作られたというのは優にとって面白くない。


 しかし、これでエンドが万全になるまで時間が稼げる。

 ここまで様々な戦闘で消耗が激しい。

 だからこそ休息の時間が欲しかった。


「どうやら、その時間はないようだね」

『まさか、もうそこまで来ていたのか』


 衝撃音と共に遂にこのニール村にガリウスが侵入してきた。

 瓦礫が優の顔の横を通過して、軽く掠り傷を受ける。

 頬を摩りながら、優は眼光を鋭くしながりガリウスをじっと見つめる。


「もう少し時間がかかると思っていたんだけど……それに、攻めてきているガリウスって」

『そうだ、お前が過去にこの村で戦った【キメラ】だ』


 ムカデのような見た目をしており、肉質が硬いガリウス。

 優がこの状態になってしまったある意味の元凶である。

 左腕を押さえながら、怒りも抑えながら。

 優は、短剣を取り出しキメラの数をもう一度確認する。


(確認出来るのは、10体はいるか……厄介だな)


『黙ってどうした? 昔のお前なら勝てない相手だが、今のお前なら勝てるだろ』

「褒めてくれるんだね? まぁ、過去の俺と比べたら」


 そう言って、優は高台から降りてキメラに向かう。

 あちらも優の存在を確認すると一斉に襲ってくる。

 変則的な動きで翻弄するのも特徴。

 しかし、基本的に単独で行動するのに今回は珍しく群れで来ている。何か理由があるのか。


『流石に囲まれたらやばいぞ』

「あぁ、だからその前に確実に仕留めていく」


 地面に着地して、一気に加速する。気が付けば、エンド能力を使用しなくてもある程度のスピードは出せるようになった。

 短剣にエンド能力『強化【シファイ】』を投与して、武器の精度を高める。

 なるべく武器の消耗も抑えたい。その為の処置。優は、キメラの背後に回り込み短剣で斬る。


「やっぱり硬いな」


 肉質はやはり硬い。本来は魔術とかで拘束して弱点を狙うのが確実。

 しかし、優も魔術に関しては疎く、使用しても効果は期待が出来ない。

 だが、それを凌駕(りょうが)する程のエンドと能力が優にはある。


 距離を取って優は一度体勢を整えようとした時。

 キメラは優を本気で潰そうと複数で囲んで来る。

 最悪の事態。シュバルツと優自身がこういう状況を作り出してはいけない。

 だが、そういう状況になってしまった。


 本来なら焦る事態だが、優はとても冷静に対処する。


「それは読んでいたよ」


 予め仕掛けておいた蜘蛛の糸【スパイダー】。この能力は移動や牽制など様々な用途に応用が出来る。

 実際に優もこのエンド能力に助けられた。

 簡単に解かれないように、糸に自身のエンドを流し込む。

 襲ってくるキメラを拘束して、身動きが取れない様にする。


 拘束出来たのは4体。残りは6体。恐らくだが、キメラも優の戦略を掴んでくる。

 ガリウス自体にも知能がある。大小はもちろんあるが、その中でもキメラは高い方だとシュバルツが言っていた。

 一筋縄ではいかない。優は、動きが取れないキメラはとりあえず放置。


「じっくりやれば勝てる相手だけど時間がない、一気にいくぞ!」

『了解だ、ある程度のサポートはしてやる』

「頼むぞ! 瞬間加速【アクセル】」


 エンドの消費を避けていたが、そうも言ってられない。

 優は、高く飛び上がり自身のスピードを速めるエンド能力を発動させる。

 瞬く間に拘束していないキメラに急接近する。


 先程は、普通に剣を振り回しただけだった。それだけでは、優の力では簡単には肉質は貫けない。

 アクセルの能力が発動している間に勝負を決める。

 短剣を逆向きに持ち、優は体全体で回転しながらキメラの肉質に攻撃する。

 勢いと遠心力を利用して、全ての力をキメラを倒す事に集中させる。


「もう一体!」


 目が回る心配は日々の鍛錬や経験で解消された。

 血が飛び散り、キメラの硬い甲羅が辺りに散らばる。

 そして、連続で優は獲物を仕留めようとこちらに気が付く前に。


『油断するな、まだ敵はたくさんいる』


 2体目も一瞬で終わらせる。しばらくしてガリウスが光と共に消滅する。

 振り返って向かってくるガリウス。今度は、短剣の強化をさらに高める。

 あの、白土達と再会してさらに様々なものを身につけた。

 これは、一人で行うのは困難だった。


 だけど、ペンダントに願いを込める。

 これは優と白土が離れていても通じ合っている証拠。

 そして、白土の中にいる女神【マルナ】も関わっている。


 キメラの攻撃を避けながら、優はペンダントから送られるエンドを感じる。


(ごめんね、結奈……帰ったら色々とお礼するから、協力してくれてありがとう)


 すると剣先が伸びる。短剣と言えるものではなくなり、どちらかと言うと大剣のような形状となる。

 リーチが格段に上がり、さらに切れ味も高くなる。

 工夫次第でこういう事も出来る。これの強みは重量が変化しない。現在のスピードを保てる。

 優は白土から提供して貰ったエンドを使用して感謝をする。縁の下の力持ち。いや、優にとってはそういう言葉では片付けられなかった。


 愛する人だから。優は、強化とエンドによって形状が変化した短剣を振り回す。


 ――それは見事な破壊力だった。


 残っているキメラは一掃され、硬い肉質など関係ない。

 真っ二つにキメラの体は斬られ、戦況は一気に優に傾いた。

 拘束しているキメラも殲滅して、向かってくるガリウスは倒した。


「ふぅ……何とかなったな」

『だな、しかしまだ敵は湧いてでてくるな』


 しかし、まだ戦いは終わらない。破壊された壁からキメラが湧き出てくる。

 見ていて気持ち悪いし、恐怖感がある。

 余力はまだあるが、これだけ戦闘が続けば消耗戦で負けてしまう。

 そして、ここまで来る途中。戦闘中もそうだったが、優の中にある一つの可能性が頭の中で過っていた。


「これって誰かが操っている可能性ってないのか?」

『……? どうしてそう思う?』

「いや、あまりにも動きが一定というか、前に戦った時よりも変則的じゃない」

『しかし、これだけの数を操る、そんな能力もエンドを持つ者がいるのか?』


 優は目を細めながらシュバルツに伝える。

 本当に憶測で可能性の話。だが、気になる点は幾つかあった。


 そして、その優の予想は……。


「あっははは! 戦ってる! 面白い―というか、晴木に言われてここに来たけど本当に生きてるとは思わなかったよ! でも、ここで終わりか残念」


 足をブラブラとさせながら、優の事を楽しみながら見ている女の子。

 高い場所で見下ろしながら、その女の子は瞳を赤くしながら。


「私のガリウスと弄ばれて、楽しい姿を私に見せてね! あっははは!」


 笑いが絶えない謎の女の子。優達にとって厄介な敵になる事は確かであった。

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