第75話 最善の選択

 優達がキジ達と話をしている時だった。

 別行動をしている出水達は、村の周辺をうろついていた。

 だが、あまりいい顔はされていない。

 ラグナロの騎士団にそこに属している人間だからだろうか。

 出水達はとりあえず人目のつかない所に移動して、今後の事について話し合う事にした。


「別行動と言ったけどどうする? あんまり派手な動きは出来ないだろな」


 出水は村の様子を見ながら沼田に状況を伝える。

 優やルナに了承したとは言ってもやはり不安ではある。

 幸いにも騎士団のハルトがいるのは心強いが、沼田には気がかりな事が色々とあった。


「……とりあえず壺は笹森がなんとかするとして、俺達は俺達で何か探れればって感じだな」


「それにしても、この村の住民俺達への扱いが酷くないか?」


「仕方ないだろ、立場とか違うけど俺もお前もラグナロにいた奴だからな……今のラグナロの状態からして好かれる要素なんてないだろうな」


 沼田は困惑する出水に冷静に伝える。

 ラグナロの情勢。それははっきり言って最悪である。

 勇者として君臨している風間晴木。そして、不気味に後ろにバックアップしているルキロス。二人の影響は絶大で現在の惨状を招いている張本人と予測している。


 実際の所、あれだけ地下牢に閉じ込められていたのだから。

 奴隷として人間の扱いを受けていなかった沼田だからこそ分かる。


 ラグナロは腐っている。あれだけの国力を有して、力を持っているのに誰も救おうとしない。しかし、更に国を大きくしたかったら小さな存在は切り捨てるしかない。


 ――――ゲームとは違う。だが、参考にはなる。

 戦略、戦術ゲームもやっていた沼田にとって駒の扱い方は間違えると悲惨な結果になる。この状況をそれに当てはめると……。


「とりあえず、何かしないとここに来た意味がない! 生憎、そんなに時間もないと思うからな」


 沼田は振り向いて出水とハルトの方を見る。

 あまりこういう事はしたくない。だが、指示は出さないといけない。

 自分が適任だとは思えない。しかし、誰かがやらなければならない役目。


(出水とハルトのおっちゃんもある程度動ける……出水は頭の回転も速い、となると戦闘があった時の為に……)


 線が一つの点になろうとした時。沼田達の付近で爆発が起こる。

 いや、正確には地響きが発生する。まるで爆発が起こった衝撃波のようだった。

 足がふらつき、それはしばらくの時間続く。


「くそ! また何か起こったか!」


「坊主! 落ち着け! どうやら付近でガリウスが大量発生しているな」


 ハルトが低い声で沼田に伝える。出水は剣を取り出し戦闘態勢に移行する。

 そして、村の悲鳴を聞いてハルトの言葉が現実と確信する。


「どうなってんだ!? ガリウスが侵入してきているのか?」


「……どうやら、聞き込み所ではなくなったな! 坊主、作戦はどうするんだ?」


 ここで沼田に聞く理由。緊急事態という訳でここは経験豊富のハルトが指示を出すのが当然の選択。だが、ハルトは沼田にかけている。

 ここまでの戦いぶりと選択を自分の目で見た上での判断。

 無茶ぶりのように思えた。だが、沼田は試されていると察知して一息つく。


 そして、少し間を置いた後。


「……っ! 出水とハルトのおっちゃんは侵攻してきているガリウスの殲滅! 俺と園田は村の住民の避難を優先しながら、笹森達と合流する!」


「それでいいのか?」


「いや、自分でも正解なんていうのは分からない……けど、最善の選択なんて誰にも分からないからな、今までの戦いぶりと能力を見ての判断だ」


 自分の名前を呼ばれて驚く園田を横目で見ながら。沼田は、自分の率直な意見をハルト達に伝える。時間は何度も言うがあまりない。さらに、イレギュラーな出来事でこの場は混乱している。その中で最善、最良な作戦を立案するのは難しい。


 だが、ハルトと出水は何も言う事はなかった。


「分かった、まぁお前がそう言うんだったらそれに従うぜ」


「……後悔するなよ、坊主! 結果はどうであれこの作戦を考えて俺達に託したことに意味がある! こうやって優秀な指揮官が育っていく!」


「……何かあったらすぐにデンノットで連絡する」


 出水とハルトは二つ返事で了承し、ガリウスの反応がする場所へと向かって行った。


 残された園田と沼田。すぐに園田の方を振り向き言葉をかける。


「お前も働いて貰うぞ! もう今度は寝返ったりするなよ」


「ど、どうして?」


 一度は死の寸前まで追い込まれた。たまたま自分の作戦が成功して、助っ人が来たから沼田はこの場にいるだけ。園田の裏切りは沼田にとって、いや誰が見ても許されない。しかし、沼田は園田の力は必要だと判断した。


 ――――だから、見捨てはしないし殺さない。


 だが、優しく正義感の溢れるヒーローのように。そんなには簡単に許せない。

 沼田は園田に淡々と辛いがこのような事を伝える。


「許したとは言ってないからな、いいか? お前の力が必要だから生かしているだけだ、駒として扱えなくなったら容赦なく捨てるからな、そ、それだけは覚悟しておけよ」


「……う、うん」


 園田は特に拒否せずに。頷くだけだった。園田のエンドスキルは今回の作戦において役に立つ。

 だから個人的な感情は抑えて沼田は戦略の為に園田を使う事にした。

 そしてすぐに決行する。沼田はその場から走りだし、園田もそれと同時に走りだす。


(とにかく、俺達にガリウスを倒すことはあまり出来ない、もう自分の立場と役割は理解している)


 無理にガリウスを倒す必要はない。村に侵攻してきているとは言ってもまだ、中心部にその姿は見受けられない。

 園田のエンドスキル視力強化【レーシング】。

 見える範囲が広くなる。これだけで十分過ぎるほどの効果。

 今の園田は誰よりも遠くの景色が見えているという訳だ。


 音よりもこの目で見た方が正確である。

 沼田は、走りながら園田に細かく状況を聞き続ける。


 ガリウスは南から侵攻してきている。つまり、自分達がこのニール村に来た時とは逆の方角である。

 それだけでまずは安心した。何故なら、出水達もそこに向かっており、優やルナも恐らく向かっているだろう。


 ――――自分達がやる事は、情報を掴む。


 つまりはこの村に何か重大な秘密がある。それが沼田の考えだった。

 この村に導かれたのも。壺が用意されていたのも。全て偶然ではなく必然。


「敵の位置は大丈夫だよな?」


「……うん」


「よし、じゃあこの辺でいいだろ」


 沼田は走るのを中断する。園田はどうして? と言いたいような表情をしている。


(とりあえず付近の家を探していくか……いや、あの村長の家を探るのが一番なのか?)


 秘密を握ってそうなのがこの村の村長。

 この村を出て以来会ってはないが、今思うと胡散臭い人物だった。

 完全に先入観で語っているが、沼田の悪い勘はよく当たる。

 そして、とりあえず情報を探る為に付近を調べようとした時だった。


「……!? この光は」


 見覚えのある光。視界が奪われ、沼田と園田は驚きを隠せなかった。

 この光は自分達が異世界に飛ばされた時に浴びていた光。

 何故、悪い出来事というのは重なるのだろう。

 沼田は光の中から現れた人物に言葉が出なかった。


「お、おい……な、なんでお前がここに来るんだよ」


 その人物。すぐに目を覚まし辺りをキョロキョロして沼田の方を見る。

 茶色のショートカットの髪を揺らしながら立ち上がる。


「はぁ? 何処なの? ここは? てかさ……なんでおにぃがここにいるの?」


 年頃の高校生の女の子ぐらいか。その人物は沼田を見下し、軽蔑しながらクスクスと笑っていた。ただ、状況は理解してないのか。凄く不満そうな顔で文句を垂れていた。


「あのさ……これ一体どこなの? うちはどうなったわけ?」


「……だれ?」


「教えてよ、てかまともに説明も出来ないかな? 所詮はおにぃだしね」


「……ち! こいつは相変わらず」


 不測の事態は色々と想定していた。だが、自分の目の前に身内が登場する展開。それは予想出来なかったし、起こるとは思いたくなかった。

 だが、生意気な女の子は沼田にグイっと近付きながら煽るように。


「まぁさ、ここが何処なのか分からないけど、おにぃが屑なのは変わらないから……てか、早く教えろよ」


 急に口調が変化し、乱暴になる。沼田は口が乾き、独特の緊張感を感じていた。


 ――――沼田栞(ぬまたしおり)。それがこの女の子の名前である。

 彼女は沼田の実の妹であり、彼が捻くれてしまった一つの大きな要因でもあった。

 栞は強張る表情の兄を見て小悪魔のように笑っていた。

 遠くからその光景を園田は見て、何とも言えない感じだった。


 そして、仕方なく沼田は説明する。どちらにせよ、このまま放置しておいては死んでしまう。幾ら、快く思っていない妹でも見殺しに出来る程、沼田は薄情ではない。

 それに、馬鹿にされると思ったからだ。急にこの世界に来た人に、今までの話をして信じて貰えるだろうか。それに、沼田の妹は非常に現実的で頭がいい。


 ――どうせ、理解されない。信じて貰えない。


 だが、栞の反応は意外なものだった。


「ふーん、なんか面白そうじゃん」


「……は? 面白そうって」


「最近さー暇だったんだよね、何かちょうどよかったって感じかな? でも、その話を聞くとエンドが必要だし武器が必要なんでしょ?」


「あぁ、まあそうなるな」


「おにぃじゃ頼りないと思うからさーここはうちが頑張るしかないでしょ! という訳でなんか頂戴」


 偉く積極的で乗り気な栞に困惑する沼田。

 非常に未知数な栞の能力と戦闘センス。だが、今は少しでも人手が欲しい。

 それだったなら少しでも戦力を高めておきたい。

 苦渋の選択だったが、沼田は栞と行動を共にすることにした。


 だが、園田は一瞬だけ栞の黒く汚れた表情が見えてしまった。

 気にしなかったものの。これから何かが起こる。

 止めようと思ったが、園田も沼田の意向には逆らえない。口出しは出来ない。

 だから従うしかなかった。


 ――そして、栞も口元を緩ませながら。


(とりあえず武器と自分の能力? ってやつを見極めなきゃ……ある程度、整ったらこんなやつ切り捨てればいいだけだし、今は甘えとこ!)


 こうして、栞と再会した沼田。これが吉と出るか凶と出るかは分からない。

 だが、また何かが起こってしまう。

 園田はただ二人の後ろに付いていくだけだった。

 自分はどうするべきか。葛藤しながら……。










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