第74話 真実の生贄


 案内されたのは村長の家。

 一度、優はここに来た事がある。

 あの日、自身が生贄になる前。あの時はこんなに豪華な外観でもなかった。

 きっと、生贄の褒美として多額のメル【金】を貰ったのだろう。


 優はそんな事を思いながら、キジを険しい表情で見つめていた。

 内装もあの頃とは比べられない程に変化している。

 胡坐をかきながら、優はアイリスを待っていた。


「……あの飲み物の方は?」


「要らないよ」


「そ、そうですよね! すみません」


 気を利かせたのか。アイリスは優達に飲み物を提供しようとした。

 だが、優はそんな事どうでもよかった。

 アイリスが言っていた真実。最早、今更と言いたいがそれでも優には知る権利がある。

 そして、隣にいるルナはアイリスがこちらに来るまでキジに問いただしていた。


「貴方がこの村の村長というのは理解しました……ただ、偉く豪華な家に住んでいるのですね」


「……騎士団長なら分かっているのじゃろ?」


「いや、流石に訪れていない場所の詳細の情報は知らない」


「まあじゃろうな、こんな金も力もない村」


 キジはルナから目線を逸らしながら小さな声で本音を漏らす。

 確かに、ルナからみてもこのニール村は貧富な場所。

 それは認めるが、村長の周りだけまるでラグナロの都市の民家のようだ。


 ――――ルナの考えの中には。このキジが手に入れたメルを独占。

 そして、それで豪遊しているかのように思えて仕方がなかった。


 その事実にアイリスが気付いているのか。

 考えているとアイリスが奥の部屋からこちらにやってきた。


「お待たせしました……」


「別にいいよ、それで君が生贄の候補だったと言うのは本当なの?」


 直球に優はアイリスに聞く。少し間があったがアイリスは静かに頷く。

 すると、その隣に座っているキジは青ざめた。

 よっぽど知られたくないのだろう。ただ、騎士団長と殺気立つ優を前にしてそんな言い訳は出来ない。優はそんなキジの表情の変化を観察しながら。さらに、アイリスに話を広げさせる。


「まさか、俺か君……どちらかが生贄になっていたなんてな」


「はい、そして貴方が選ばれてしまいました」


「まぁ君と比べた時に当時の俺は価値が全くなかったし仕方がないと思うよ! でも、その基準は何だったの?」


「……実は優さんが寝ている時にみんなで話し合っていたんです、でもその時には既に優さんが生贄だったというのは確定していて、どのように進めるかの話し合いだったんです」


 その話はもう既に知っている。出水などから聞かされている。

 あらためて聞くと腹が立つが優は堪えながらアイリスの話を聞き続ける。


「恐らくですけど、優さんが言った基準……それは、私のエンドに関係があると思います」


「君の? それはどういうことだ?」


 アイリスが言った自分のエンドスキル。

 それは【オウゴンのカタチ】と呼ばれるものだった。

 聞いた事のない名前に優は首を傾げた。だが、シュバルツは驚きが混じった声で解説する。


『オウゴンのカタチか……まさか本当に存在していたとは』


 シュバルツは説明する。遥か昔、エンドを求めてこの【ワールドエンド】で戦争が起こった。その時に、戦いの火種を取り除いたのが【オウゴンのカタチ】の所有者。

 全員に有り余るエンドを供給して世界を救ったという逸話が存在していた。

 優はこの話を知らない。シュバルツからも教えられてないからだ。

 まさか、シュバルツ自身も、本当にこの現代にこのエンドスキルを所有している者がいるとは思えなかったからだ。


 そして、最終的に戦いは終わり、平和となった。

 だが、その代償に【オウゴンのカタチ】の所有者は。


「……私は恐らくですけど死にます、この力を持って生まれた以上そういう運命の中で生きてましたから」


「……運命? それで君は受け入れられるのか?」


「ずっとそういう風にこの村で育てられてきました、だからもう覚悟は出来ているつもりです」


 優は怯えているキジの方を見る。

 この老人がそういう風に教育したのか。それとも、アイリス自身が選んだ選択なのか。その真意は優には分からない。

 どちらにせよ、当時の状況からして自分よりアイリスの方が価値があった。

 だからこそ、延命して自分が先に生贄の対象となった。


 しかし、また繰り返されそうとしている。

 経緯は違うが、いずれはアイリスも生贄のような扱いを受けてしまう。


 それを知っていて見捨てるのか。優は、キジから視線をアイリスに向ける。


「そういう運命とか何かで片付けるなよ……本当にそれでいいのか?」


「……私にとってこの村の人は自分をここまで育ててくれたその恩もあります、だからこそ自分一人が犠牲になってみんなが幸せになればそれでいいんです」


「俺からしてみればただ利用する為に育ててきたと思うけどな……その『オウゴンのカタチ』だったけ? それがなければ君は俺と同じ運命を辿っていたと思うよ」


 優は容赦なくアイリスに自分の想いを伝える。

 過去に、優は自分の運命を他人に任せてきた。

 任せた結果。それが正解だったこともあるし、不正解だったこともあった。


 様々な痛みを経験してきた優だからこそ言える事がある。

 今のアイリスは過去の自分と重なる。

 ただ、違いはしっかりとした意志があるということ。あやふやだった自分とは違う。

 彼女の青い瞳は嘘をついていない。きっと何を言っても考えが覆ることはないだろう。


 ――アイリスは優の想いにこう返す。


「自分の中に眠っている力……まだ覚醒してませんが、いつの日かその日が来ます、その時はこの身を捧げるつもりです」


「……まぁ、いいよ、別に俺が決める事じゃないし、だけど生きたいって気持ちはないのか? 俺だったら君のような運命だったら絶対に嫌だけどな」


「……それは」


 アイリスが発言しようとした瞬間。

 このニール村に地響きが起こる。聞いた事もない大きな音。

 いや、この村に初めて訪れた時。優がこの村の外で聞いた地響き。

 地震だと思ったが感じる嫌な寒気と緊張感。

 優は立ち上がり、直感だが今の状況を伝える。


「ガリウスだ、それもかなりの数」


『この村の中に侵入するとはかなり大変な状況になりそうだな』


「えっと、突然どうしたんですか?」


 ルナもその異変に気が付いたらしく、辺りを見渡しながらキジに指示する。


「ガリウスの大群がこの村に押し寄せている! キジ村長、すぐに村の人たちに避難の指示を出して下さい」


「ば、バカな!? この村にガリウスが侵入する事が……有り得ない」


 しかし優にもルナにもガリウスの気配は感じる。

 それも無数。恐らくこの村は壊滅させられる。

 そして、優は短剣を取り出し戦場へと向かおうとする。


「たく……話の途中なのに邪魔するなよ」


「何が起こってるんですか? これは?」


「どうやらこの村に多数のガリウスが現れました……元々、私達騎士団は現れたガリウスを殲滅する為にここにやってきました、ここからは私達の役目です」


「それって……」


 困惑するアイリス。まさかここまでガリウスが侵攻しているとは思わなかったのだろう。そして、言葉より先に優は既にこの場からガリウスの元へと向かう。

 残された三人は自分の役目を果たすはずだった。


 だが、キジは意気消沈した状態だった。


「無理じゃ……」


「はい?」


「もう、ガリウスが村に侵攻している以上わしらは終わりなんじゃ……わしらに戦う力はない」


「ですけど、やれる事はあるはずです、この村の長として最後まで村人を導く必要があると思いますが?」


 ルナはキジに叱咤するように。リーダーとしての有り方を話す。

 しかし、ルナとキジとでは考え方も立場も違う。

 二人の間には溝があり、その違いが決定的だった。


「そんなにやる気があるならお主がやってくれ! わしはもう終わりだ」


「そ、村長!? そんな……村の人達を見捨てるんですか?」


「アイリス……お前がもう少し『オウゴンのカタチ』としてはやく覚醒していれば、色々ともう手遅れじゃ」


 その一言でルナは剣を取り出す。そして、キジの首元に押し付けながら激昂する。


「ふざけるな! この期に及んで村の人々の命より自分を優先するか?」


「ぐぅ……や、やめてくれ」


「き、騎士団長さん! 落ち着いてください! 私は本当にいいですから」


 ルナは険しい表情をしながらアイリスの方を振り向く。

 だが、すぐにキジの胸元を掴みながらその行為をやめる事はない。


 ――許せない。という気持ちがルナにはあった。

 命がけで日々、部下の命を第一に考え前線で戦っている身として。

 ルナにはこのキジの考え方が理解が出来なかった。

 自分の主張を押し付けているだけだと思われても。それでも、ルナは怒りを抑えきれなかった。


「それに、この子の件もそうだ! 確かに、エンドは貴重でどこの国も欲している……それが影響して国同士で戦争が起こり、弱者は淘汰されている……だから、正直な気持ちとして、この子の力はとても魅力的で喉から手が出るぐらいに欲しいぐらいだ」


「ぐ……それなら」


「だが、今まで一生懸命自分の運命と戦ってきた子に対して言う事ではないだろう! 貴方は、今の発言でこの子の努力を否定したようなものだぞ!」


 今にもルナはキジの首を吹き飛ばす勢いだった。

 だが、アイリスの悲しむ表情を見て、ルナは冷静さを取り戻す。

 それよりも自分がやるべき事はこれではない。


 胸元を掴んでいる手を離し、ルナは剣をしまう。

 キジはこの通り使い物にならない。戦意喪失をしており、このままでは全員がガリウスの餌食となってしまう。ルナは、アイリスにキジの代わりに指示を出す。


「アイリスと言ったな? この通り、この村長は使い物にならない……ここからは代わって私が村長の代わりとなろう」


「わ、分かりました!」


「すまないな、強引に話を進めて感情的となってしまって」


「いえ、むしろ騎士団長様ってお堅くて私達なんて相手にされないと思いましたけど、これだけ気にかけて下さって寧ろ嬉しい限りです」


 その言葉にルナは頭を下げる。時間はあまりない。侵攻してくるガリウスを殲滅しながら、村人を守らなければならない。辛い仕事だ。

 だが、誰かがやらなければならないこと。それがルナ自身というだけだ。


 そして、キジもこの場に置いていくわけにはいかない。

 この場から動かないキジの首元を掴んで無理やりこの場所から離れる。


 ルナはきゅっと唇を噛みながら。


(……色々と辛い仕事だが、生きていれば何とかなる、そうやって考えるのが気楽でいい)


 それぞれ気持ちを持って戦場へと向かう。

 そして、優とルナ以外もこの騒ぎに巻き込まれていた。


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