第73話 ニール村と真実


「キジ村長、ご飯ですよ」


「今行くから待っておれ」


 現在のニール村は貧困が解消された。

 あの時、【狂化の壺】によって生贄に捧げた結果。

 多量のメル【通貨】が支給された。食料にも困らなくなり、ニール村は一気に飛躍した。

 この村の村長であるキジは、重い腰を上げていつも通り食事をとろうとした。

 だが、平穏な日常は一瞬にて崩れ落ちる。


「き、キジ村長!?」


 腰に響くぐらいの声を発しながら。

 村人が慌てて小屋の扉を勢いよく開ける。

 バンッと音を立てながら、呼吸を荒くしながらキジの方を見つめる。


 その表情は青ざめている。何かに絶望しているかのように。

 キジもその異様さに勘付く。

 それが何を意味しているか。村人は体を震わせながらキジに事実を伝える。


「あ、あいつらが……」


「落ち着け、一体何が起こっているんじゃ?」


「で、ですから! か、帰って来たんです!」


「誰がじゃ?」


「生贄にした者が……この村に戻って来たんです!」


 その瞬間。キジは信じられなかった。

 ただ、嘘でこんな面白くない事を言うとは思えない。

 落ち着いていられず、キジは状況を確認する為に外に出た。


 ――――有り得ない。確かにこの目で見たはず。

 焦りながらキジは村の外に出て辺りを見渡す。

 村の様子はいつも通り、静かで何も変哲はない。

 考え過ぎたか。キジは、軽く深呼吸をした時だった。


「久しぶりだね……村長? いや、じいさん」


 首元に剣を近付けられた時。キジはそれが現実だと知る。

 後ろは振り向かず、剣の刃が少し首を痛めつける。

 あと少しで自分の首が飛んでしまう。


 その正体が笹森優だと言う事に気付くのに時間はかからなかった。


 キジは掠れた声で、優に問いかける。


「なぜ、お前が生きている? 確かに、あの時……生贄にしたはずなのに」


「それでこんな裕福な暮らしをしているのか? 俺たちがここに来た時は食べる物にも困っていたのに」


 凍るような冷たい声でキジに問い詰める優。

 決して情けはかけるつもりはない。

 今すぐにでも殺してしまいたい。

 だが、生贄にされた時と違って優には仲間と恋人がいる。


 ――ただ、殺すだけでは何も生まない。


 最も、憎悪の塊である人物を目の前にして効力があるかは不明だが。


「裕福? ほほぉ……これがそう見えるか?」


「どれぐらい貰ったのかは分からないけど、人間を一人生贄に捧げるって事はかなりのメルを貰っているはずだ……そいつに価値があるかないかは置いといて」


「ぐ! 目的は何だ? 復讐か? それとも、メルか?」


 キジは優の恐喝にも動じずに。何とか冷静に対応しようとしていた。

 所詮、生贄に捧げられた人物。そんな人物の戯言など聞く耳を持たなくていい。

 この場を凌いで、また同じ風に陥れる。


 そうやってこのニール村は生き残ってきた。


 だが、それ以上に優はあの頃と比べて残虐性が増していた。


「復讐……まぁそうだよね」


「愚かだな! そんなもの何も生まないぞ!」


「あんたが言えた事か」


「ぐ……後悔するぞ、憎しみはまた新たな憎しみを呼びことになる! 貴様、それを理解しているのか?」


「その憎しみの連鎖を繋げたのはあんただろ? 言っとくけどここであんたを殺しても俺の気は晴れない」


 キジの言葉は優には届かない。当然だ。今の優はまともな精神状態ではない。

 言わば、この世界に来て自分の物語が開始された場所。

 許せるはずもない。複数の鎖は繋がれ、解れ、ここまでやってきた。

 優は低い声でキジにこう言い放つ。


「だったら、このニール村の住民……全員殺す」


「本気で言っているのか? 何も罪もない一般人、女や子供もいるんだぞ!」


「戦争だってそんなの関係なしに殺すでしょ? 女だからって子供だからって戦場に立って加担すれば関係ないよ」


「こ、この!白い悪魔が!」


「それは聞きなれてるよ」


 最早、優はキジの事はどうでもいい。

 問題はこの後の事後処理。

 幸いにも他のクラスメイトは別行動させている。

 残虐的な光景は見せたくないので優にとっては都合がいい。


 しかし、そんなに簡単に片付く問題ではなかった。


「村長! 騎士団の方が……え?」


 見覚えのある金髪。美しく透き通っている青い瞳。

 修道服のようなものを身にまとっており、優は久しぶりの再会に心が躍る。

 短剣に力を込めながら、力強くその現れた金髪の女に視線を向ける。


「久しぶりだね、アイリス」


「ど、どうして貴方が……それに、そ、村長!? どうされたんですか?」


「に、逃げるのじゃ! こいつはまともな奴じゃ」


「うるさいよ、少しでも動いたらすぐに殺す」


 動揺を隠せないアイリス。ただ、すぐにこの場の状況を察する。

 まず、優が生きている。そして、未確定だが強大な力を得ている。

 見た目もあの頃とは変化している。彼の身に何が起こったのか。

 そして、村長が人質となっており、抵抗でもすればすぐに殺される。


(そ、そんな! で、でも彼が生きている……生きていたんだ!)


 微妙な感情がアイリスを揺らす。

 まるで不安定な足場を渡っているかのように。

 嬉しさと同時に恐怖と言った様々な感情が襲ってきていた。


『ある日、突然……自分以外の、信じていた人達が敵になったらどうします?』


 彼女は自分の言った言葉を思い出す。

 ここまで来るのに、彼は相当な苦しみを味わった。

 アイリスには理解が出来る。出会った頃と比べて表情にも瞳も光がない。

 ただ、僅かに届く光を頼りになんとか自我を保っている。


 付いて来てくれた人の為に。

 優は容赦なくアイリスに暴力的な言葉を投げかける。


「あんたも、俺を生贄にいるのに加担した一人! だからどちらにしても殺す」


「……そうですね、私も貴方をそうさせてしまった罪深い村人です、今更弁明の余地もないと思ってます」


「随分とこのじいさんと違って聞きわけがいいんだな?」


「はい、正直貴方に殺されても文句は言えないです」


 素直なアイリスに優は警戒する。

 これまで何度も他人を信用してきて裏切られてきた。

 確かに、自分のことを大切に思ってくれる人。

 慕ってくれる人は何人もいた。だが、その甘い言葉に騙されて悲惨な結果を招いてきた。


「だったらあんたを先に殺す! 望んでいる奴から殺った方がいいからな」


「や、やめろ! あやつは……この村の」


「うるさいよ、じいさんは黙っとけよ」


「覚悟は出来ています、それにどちらにしても私は……」


 アイリスの様子がおかしい。

 それはまるで優に殺される事を望んでいるかのように。

 優はキジを蹴り飛ばして、アイリスの異変に気が付く。

 どちらにしてもという意味深な言動。


「そこまでだ! これ以上は流石の私でも見逃せない」


 すると、優の背後から凛とした声が聞こえてくる。

 この村に来る前に、優は単独で村長と会うと仲間に伝えた。

 理由は、こんな姿を仲間に見せたくないからだ。

 結局、まだ優の内にある復讐心の火は消えていない。


 ――だからこそ、ルナはそんな優を見逃してはおけなかった。


「お、お主は……」


「申し遅れました、私は現在の騎士団長を務めさせて頂いている……【ルナ・アルバーン】です」


「これは驚いた、まさか騎士団の長の方がこんな村まで来るなんて」


 キジは地面に這いつくばりながら。銀色の甲冑に身を包んでいるルナの姿を見上げる。顔に泥を付着させながら、キジはその華憐で強さを合わせ持つ彼女に見惚れていた。そして、アイリスもルナに敬意を示しているようで。


「き、騎士団長様……初めまして、アイリスと言います! ご無礼失礼します」


「あぁ、私からもこの者がかなりの無礼を働いていたようだな」


「邪魔しないでよ、騎士団長……言っただろ? 俺一人でなんとかするって」


 優は高圧的にルナに向かって不満をあらわにする。

 その瞳は本気だ。今すぐにでもルナに向かって攻撃を仕掛けてしまいそうなぐらい。ただ、今まで何度も修羅場を体験してきたルナにとって、優を宥めるのなど造作ではないことだった。


「お前の気持ちも理解してるし、やりたいことも分かる……ただ、それじゃあお前を裏切ったかつての仲間と同じだ」


「俺はこの村の連中も許してないし、復讐の対象だよ……言うならばこの村の食糧も俺のおかげで手に入っているようなものだし、それがなかったら今頃は食糧不足で村人同士で殺しあっているんじゃないか?」


「……それもそうだな、ただ、それは私にも罪がある」


 ルナはこれまで何度も貧困の村を見てきた。

 この世界は巨大な国が全てを牛耳り、こう言った小さな村は救わない。

 力こそが正義。力無きものは淘汰され駆逐される。

 優が壺の生贄になったのは言わば必然。


 そんな世界を変えたくて、ルナは努力を惜しみなくしてきた。

 ここまでの地位にのぼるまでに並大抵の修練ではないはずだ。


 ルナは表情を険しくしながら、優達にこう言い放つ。


「昔の私は力がなかった、残酷な世の中を変えるだけの力が……でも、それは今もかもしれない! 騎士団長になった今も、このような村が存在し、目の前には憎しみに支配された者がいるのだから……結局は人一人の力では限界があるということだ」


「戦いは数と戦略、戦術、そして運だよ! 一人がどれだけ強大な力を持っていようとたかがしれてる」


「そうだ、しかし私一人の影響は絶大だと思っている……だからこそ、この村人に手を出すというのなら」


 すると、ルナは黄金の剣を優の前に差し出す。

 何を思ったのか。困惑する優にルナは堂々と宣言する。


「この剣で私を殺せ、責任は全て……私に押し付ければいい!」


「あんた……どうしてそこまでやるんだ?」


 優には理解が出来ない。

 この村人達にそこまでの価値があるとは思えない。

 ルナにはどう目に映っているのか。激高していた優だったが気迫に押される。

 落ち着きを取り戻した優を見て、ルナは安堵した表情となる。

 そして、優に自らの気持ちを伝える。


「過去に、私は大切な人を守れなかった……いや、救えなかった」


「どういう事だ?」


「いや、この話は今話すべき事ではないな……とにかくだ! 騎士団として村人全員を虐殺するのは見過ごしてはおけない! 協力をするとは言ったが、賛同出来ない部分は抵抗させて貰う」


「……分かったよ、それにあんたと戦っても勝てる保証ないし」


「ただ、キジ村長? だったか? 貴方には少し話がある……壺の事と生贄についてだ」


 戦意を喪失させて優は短剣を鞘にしまう。

 しかし、今度は矛先はキジの方にと向かう。

 ルナは少し疑いながら、キジに問いかざす。

 体を硬直させて冷や汗をかくキジの姿にルナは細い目で見つめている。


 ――やはり、何かを知っていてこれからまた何かやろうとしている。


 漠然としているが、ルナの頭の中にはそういう考えがあった。


 そして。


「それは私から説明します」


「アイリス……? 」


 すると、今まで一連の騒動で黙っていたアイリスが口を開く。

 その瞳は真剣そのものだった。まるで、覚悟を決めたように。


「ずっと誰かに打ち明けようかと思ってました……ですが、村の人達のために私が犠牲になればみんなが幸せになれる、そう信じていました」


「どういうことだ?」


 この場が固まる。そして、アイリスから告げられた真実。


「次の生贄は……私です、それもあの時私か笹森さんでそこにいる村長さん達で話していたんです」


 狂化の壺と生贄。その真実を優は知る事となる。

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