第72話 責任


「これがお前のやり方か?」


 並べられた黒川と南雲の死体。

 それを見つめながら、ルナは隣にいる優に語り掛ける。

 あの後。断末魔を響かせながら、優は南雲を殺した。

 今までの発言と行いからして、許されない。

 これが、正しいか正しくないか。それは誰にも分からない。

 だけど、優はもう後には退けなかった。


「やり方……まぁ、そんな所かな?」


「……私も何度か所属する組織上何度か人は殺した事はある、だが、これはあまりにも惨過ぎる」


「惨い? 確かにそれもそうか」


 異臭を放ちながら、黒川と南雲の死体を眺めている優。

 何とも思っていない優だったが、ルナは疑問を感じながらも感情を抑え込む。

 ただ、致命傷だが神木だけは殺さなかった。

 いや、正確には殺せなかったと言った方が正しいか。


「それにしても、あの女は殺さなかったのは……」


「情報を引き出す、と言ってもそれは俺よりも適任の人に任せてあるけど」


 優は横目で鎖で拘束している神木の姿を見る。

 そこには、出水と沼田。そして、ハルトと園田も険しい顔で話していた。

 会話の内容は上手く聞き取れない。しかし、優はルナとの話に集中する事にした。


「復讐、それがお前の目的の動力源なのは理解が出来る……だが、これでは敵が増えるだけだ」


「敵? あぁ、そんなものとっくの昔から身近にいるよ」


 優は過去を振り返りながら。ここまで、進んできた道のりを思い返す。

 数々の敵を殺し、痛みつけ、屍を踏んできた。

 これも全てもうすぐ辿り着く場所から始まった。

 ルナと違って死体には注目せず、優の瞳は真っ直ぐと目的地に向いている。


「あんたにも話しただろ? 信じていた仲間に裏切られ、挙句の果てに生贄にもされた……そこから一年間力をつけた、後は殺すだけだ」


「言い分は分かる、怒りや悲しみも充分に伝わってくる、そうだな……」


 軽く息をつくルナ。これ以上何を言っても響かない。

 いや、優は考え方を変える事はない。ルナはそう判断した。


 出会ったばかりの人間に。優の心境を変化させるだけの影響はない。


 苦痛、憎しみ、様々な負の感情が伝わってくる。

 想像を絶する程の経験をしてきたに違いない。

 だからこそ、ルナの決断は意外なものだった。


「まだはっきりとは言えない、だが……お前の考えを少しでも理解したいと思ってる」


「ふぅ、いいよ、理解して貰わなくても、あんたは仮にも騎士団のトップなんだろ? だったら、俺なんかの考えを理解するなよ」


「なに、そもそも私が騎士団になった本当の理由を教えてやろうか?」


 逆に優が説教するような形となってしまう。

 自分の事を理解されるような話の流れになってしまう。

 疑問を抱きながらも、ルナは優の方を向きながらこんな事を言い出す。


 本当の理由。ルナはその瞬間に剣を抜きだす。


「腐敗したラグナロ……それを正しい道に導く事だ! 例え、血が流れるようになったとしてもな」


 それは今まで見せたことのない表情。

 氷のように冷たく、低い声で優に宣言する。

 剣を突き出しているのは覚悟の表れなのか。それとも、強がっているだけなのか。


「おいおい、なんか全然考え方が違うじゃないか? あの馬車で話していたのは嘘だったのか?」


「いや嘘ではない! ただ、奇麗事だけでは国は、世界は変えられないと言う事だ」


「建前と本音は違うってことか、それにしても世界って、あんたこの世界を救うってことか?」


 どんどんと規模が広がっていくルナの願望。

 流石に騎士団長と言えど、力は持っていても所詮は数で押し切られる。

 大多数の人は、ラグナロ側にいる。不満や憎悪はもちろんあるが、それは揉み消されてしまう。

 真実は大多数の人の意見によって作られる。例え、それが正しい事でも少なければかき消される。


 何度も、生贄で国の罪のない人。友人や仲間が失われてきた。

 現場を止める事は出来た。出来たはずなのに、ルナは動くことが出来なかった。


 圧倒的な力の前では何もしても敵わない。

 今のラグナロには、勇者である晴木の存在も大きい。

 だが、それと同等にルナには脅威的な人物がいた。


 ――――その名は。


「そうだ! だが、それはお前が倒そうとしている勇者晴木の存在もそうだが……それと同じぐらいに」


「ルキロスか?」


「ふ、流石は察しが良いな」


 ルナは剣を鞘にしまいながら、優も久しぶりに名前が出た老人を思い出す。


 元凶は思えばあの老人からなのかもしれない。

 確証はない。しかし、そもそもここに来た理由。

 本当にただ戦わせる為に自分達が召喚されたのか。


 ――あの時、優自身が言った言葉。


 そもそも眠っている時に、召喚させられている。

 ルキロスは記憶を断片的に変更していると言っていた。

 そんな事が本当に可能なのか? ここまで気にも留めなかったが、優にある疑念が生まれる。


「なぁ、あんたはどうやってこの世界に来たのか覚えてるか?」


「急にどうした?」


「いや、俺は眠っている時に気付いたらこの世界に来ていた……まぁ、そもそもあんたは原住民だと思うけど」


「……そうか、やっぱりそういうことか」


 一人で納得するルナに優は違和感がある。

 この世界の人間と言う事ではないのだろうか。

 いや、そもそも名前を変更したという可能性もある。


 ――――あの馬車で優の名前を聞いた時のルナの反応。


 あれは何かを知っている時の反応。

 ここまで色々な人間を見てきた優。その一瞬の変化を見抜く事はそんなに難しい事ではない。


 そして、ルナは意味深な発言を優にする。


「原住民であり、私もお前と同じ……違う世界から来たかもな」


「どういうことだよ、それ」


「それは……」


 ルナが口を開こうとした瞬間。

 神木の叫び声がこちらにも聞こえてきた。

 どうやら、あちらもかなり揉めているらしい。

 優が聞きそびれたルナの素性。とりあえずは今は気にしない事にした。


 今は、だが。



「おい、いい加減にしろよ」


 その第一声は沼田だった。

 手足を鎖で拘束されて、体が動かせない。

 そんな神木を心配する素振りも見せず、沼田は感情を爆発させる。

 怒りに支配されそうだったが、必死に堪える。


「お前達のおかげでもう無茶苦茶だ……クラスの奴らは死んで、平然と糞みたいな事が行われてきている! それで謝罪の一つもないのか!」


 沼田が求めているもの。それはまず謝罪。どうでもいいことだ。今の現状からしてみれば、それよりももっと大事な事がある。ただ、沼田はそれを求めた。


 今まで神木を含めて、南雲も黒川も悪事を働いても謝罪をしない。

 何をやっても許される。特別な存在だからと、言い訳してきた。

 確かに、沼田と比べたら様々な面で勝っている。


 ――――だけど、それは大きな勘違いである。


「はぁ? 可愛い女の子を鎖に縛り付けて勝ったつもり? 最低ね、そんなんだからあんたはゴミクズなのよ」


「な、なに?」


「あと、そこの根暗眼鏡! あんたも期待してほんと損したわ! 上手くやれれば本当に仲間にしてあげたのに……ばーか、裏切って挙句の果てに裏切った奴らに助けられるなんて死んだ方が良いんじゃない?」


「……はぁ、なぁ、神木、お前は今の自分の状態がどういう状況か分かってるか?」


 すると、今度は出水が二人の前に出て神木に話しかける。

 かつての、クラスメイトがこんな惨めな姿で自分の前にいる。

 この光景に出水は可哀そうに思えてきた。

 そして、咄嗟に剣を取り出し、出水は現状を突き付ける。


「生かすも殺すも、お前の言動と行動次第って変わるってことだ」


「ちぃ! 中二病拗らせるなよ! ふざけるな……けど、ここまで好き勝手してきたからいいか! あっははは! 面白かったぜ! みんな私達の力の前に倒れていく姿を見ると」


「神木……お前」


 出水が手を出す前に。沼田が神木の胸ぐらを掴む。

 今まで我慢していたが、プッツンと何かがキレた。

 溜め込んでいたものを全て吐き出すように。

 沼田は、表情をとても険しくしながら神木に追及をする。


「お前達が殺した人の中に、待っている大切な人がいたはずだ……」


「あぁ、確かにそうかも?」


「それを考えたらこんな事出来ないはずだ!」


「っ! いってーな! なくなった腕が痛むんだよ! くっそ! あーイライラする! その不細工な面で説教してんじゃねえよ!」


「お、お前、ほ、本気で何も思わないのか?」


「いい加減にうざいんだよ、そんなに言うんだったら殺せば? 憎いんだろ?」


 あの時から。黒川などに痛みつけられ、苦しめられてきた。

 けど、この世界に来て形勢が逆転している。

 もちろん、沼田自身の力ではない。


 ふと、周りを見てみる沼田。


 そこには、生まれ変わって力を得た同級生。

 巨大な組織をまとめて、圧倒的な力を持っている騎士団長とその一員。


 周りのおかげで日常の地獄から抜け出した。

 しかし、それは沼田自身の力で行った功績は少ないと感じる。


 ――いや、実際は多大に貢献しているのだが、自信が持てないのだ。


(殺す、殺せ! 出来るだろ! やれよ!)


 強く決意し、沼田はナイフを握り締める。

 腕を上げて、振り下ろすだけ。

 許せない。はずなのに、沼田は呼吸を荒くして、冷や汗が止まらない。


「沼田……」


「がっは! はぁはぁ……ち、ちくしょう」


 出水が心配そうに呼びかけてやっと我に返る沼田。


 駄目だ。出来なかった。これだけ言われたい放題で、憎いはずなのに。

 神木はそんな沼田を見て痛みを忘れて笑う。


「あっははは! 殺せないの? 臆病でクズねぇ、あんたさ……肝心な時に覚悟も決められないのね?」


「ぐぅ、くそ……なんでだよ」


「ほんとに、生きてる価値が……」


 神木が何かを言おうとした瞬間。

 胸元が斬られ、大量の血が流れ落ちる。

 その場にいるほとんどの人が茫然としている中。

 勢いよく、剣を取り出し前に出たハルト。


 沼田が状況を把握した時には、もう神木の声は聞こえなかった。


 そして、その大男の後ろ姿を見つめる。


 ハルトは事が済むと沼田の方を向かず、背中越しに言葉をかける。


「何が、臆病でクズだ……こいつは誰よりも勇敢で行動してくれた奴だ! それは俺が保証する」


「お、おい! お前が殺す事ないだろ! 仮にもお前は騎士団だ! あんまり無駄な殺しは……」


 沼田は神木の為にハルトが罪に問われるのは避けたかった。

 しかし、ハルトは心配する沼田達に安心させるように。


「これは俺が独断でやった事だ! それに、お前らが手を汚す必要はない」


「だけど」


「独断でやったと言ったはずだ! お前が責任を感じる事はねえよ! 俺達大人が若い奴らを守る義務がある」


 ハルトのその言葉に沼田は下を俯いた。

 ただ、それは悲しみによる俯きではない。

 その言葉は沼田の心に確かに届いていた。

 ナイフを力なく地面に落としながら、何かに救われたように。


(……優しい言葉をかけるなよ、嬉しいけど、情けねえな)


 ただ、誰も沼田を責める人はいなかった。

 出水も、すぐに我に返り沼田とハルトと共に話の輪に入っていった。


「……なんで、守ってくれるのよ」


 しかし、その後ろで園田はボソッと呟いた。


 そして、邪魔入ったが優達は騎士団も加えてニール村へと進んで行った。

 果たしてそこで待ち受けているものとは。

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