第69話 騎士団長


「黒川君、すごーい!」


「流石はバスケ部のエースだね」


「やっぱり、カッコいい!」


 世間は自分を中心に回っている。

 ほんの少し得意のバスケを見せつけただけで、褒めてくれる。

 今日も部活の試合で大活躍を見せた。

 汗をタオルで拭きながら、黒川は爽やかに声援に応じる。

 ただ、それは表の顔。内心では……。


(たく、うるせーな! いい加減にしろよ)


 バスケ部のエースで尊敬の眼差しを向けられている。

 だが、本人にとってそれが重圧に感じる事もある。

 周りの期待に応えなければ、と思っている。だが、黒川自身はそんなに悲観的には思っていない。


「あ、あの……」


 部活が終わり、部室前の通り道。

 一人の少女が黒川に話しかけてくる。

 素朴な顔立ちだが、よく見ると可愛い子であった。

 自慢のおさげをぶら下げながら、黒川の前でモジモジしている。


 ――あ! と黒川はこの女の子が何が言いたいのかすぐに察した。


 何度もこういう場面には立ち会っている。

 だから、経験と流れで黒川は女の子に歩み寄っていく。

 肩に軽く手を置いて、緊張によるものなのか。

 ビクビクと体をさせている子を落ち着かせようとする。


「どうした? 何か凄い緊張しているけど?」


「う、うぅ、す、すみません」


「何かあれば言ってくれていいんだよ? 何も怒ったりはしないからさ」


(絶対、こんな人気のない場所で言うのってあれしかないだろ? 分かりやすい……まぁ、いいや、その方が都合がいい)


 先の展開が透き通るように見える。

 黒川は顔をほんのりと赤らめて下を俯く女の子を見上げる。

 このように、黒川に対しての異性への告白は後を絶たない。


 もちろん、黒川に告白する人はあの優しくて爽やかなイメージを想像する。


 だが、実情は大きく違う。


「そ、その……わ、わたしと付き合って下さい! バスケの試合……ずっと追ってました、だから」


「いいよ」


「え、えぇ?」


「俺もさ、実は君の事をずっと見ていたんだよね? その……可愛い子だな、と思って」


 適当な言葉を乱雑に並べる。

 もうこれで相手は黒川に心を許している。

 可愛いと事実上の告白をされて、相手の子は体がよろけそうになる。

 しかし、黒川がタイミングよく体を支える。


「あ……」


「だからさ、今日は俺の家に来なよ、君も疲れているようだし」


 これが何を意味するか。その子も薄々と勘づいていたのかもしれない。

 だけど、あの黒川に捧げるなら別にいい。

 全てを曝け出す覚悟もある。黒川の想像以上に相手は自分を前面に出してくれる。


 これで、獲物が一人かかった。黒川は、下を舐めずりながら女の子を自分の家に招待した。








「……何で、俺がこんな奴に」


 黒川は雰囲気の変わった優に対し、素直に危険だと感じていた。

 優を纏う風の鎧はどんどんと強くなっていく。

 防御はもちろん攻撃もかなり底上げされた。


 エンド能力、黒の粉(ブラックパウダー)が全く通じない。

 風で吹き飛ばされ、狙いが定まらない。

 あの異様な状態。先程まで白髪だったのに、元の黒髪に戻っている。

 さらには、よく分からないが優には【補助的】な役割を担っている人物もいる。


 それが、何者なのか、どういう人物かは分からない。


 ただ、優の強さを強化している人物というのは理解が出来る。


 黒川は黒剣を構えながら、表情を引きつらせていた。


「怖いの? さっきまであんなに威勢がよかったのに」


「……ちぃ、黙れ」


「バスケ部のエースでみんなの人気者、クラスの女からはもちろん、他校の女子からも声援を浴びていたよね?」


 病弱の優にとって黒川のようなタイプは羨ましかった。

 いつもグラウンドやフィールドを駆け回る姿。

 とても元気で勇気を与えられていた。

 だけど、その実態は大きく違った。


「俺も出水の話に続くようだけど、色々と好き勝手やってたようだね」


「……は? 何を証拠に」


「話を聞いて、御門や園田……それで、結奈にも手を出そうとしていたと聞いたんだけど?」


 これは全てブレイブを結成して仲間から聞いた話。

 黒川は心当たりがあるかのように、体を身震いさせる。

 優の怒りがまるで噴火寸前の火山のように。上昇している。

 そして、側で聞いていた出水も立ち上がり、話を連鎖させる。


「いつまでその爽やかキャラを演じてるんだよ! この屑が!」


「あ? 今度は足を斬り落とされたいか?」


「いや、後ろを見て見ろよ」


 何とか平常心を保ちながら、出水は優の方を指差す。

 そこには、腕を後ろに引いて何やら構えている優の姿があった。

 そして、黒川の方を見ながら優は笑みがこぼれる。


「じゃあ、お前は体中が斬りさかれることになる」


「……やってみろよ、やれるもんならな!」


「あぁ、瞬間加速(アクセル)!」


(馬鹿の一つ覚えみたいにそれかよ! それはさっき見た……)


 黒川が黒剣を振り払おうとした時だった。


「こっちだよ」


 優がそう言った時。既に黒川の背後に回り込んでいた。

 顔を殴り飛ばし、すかさず次の攻撃を仕掛ける。

 風の鎧(ウインドウォール)は、名前の通り防御が厚くなる。

 どちらかと言うと、ここまで防御面が薄かった優。だから、白土、シュバルツ、出水と共に考え抜いた結果がこれだった。


 勢いよく顔を殴られた黒川。地面に叩きつけられ、優を捕捉しようとする。


(もう少し、黒の粉の防御が間に合わなかったらやばかったな、けど、なんだこの動き)


 追い付けない。動きを確認しようとしてもそれ以上に優が速過ぎる。


「遅いよ」


「ぐぉ!」


 まるで跳ね返るピンポン玉のように。黒川は、優に弄ばれている状況になってしまう。

 動きは加速を続ける。本来なら、体の負担が半端なく、途中で自身も壊れてしまう。

 それを維持して可能にしているのが、シュバルツと白土のエンドの補助。

 優は感謝しながら、拳を黒川に向ける。

 ミシミシと骨が折れる音が響いてきたが、気にしない。


 今までの恨みを込めながら。この男に食い物にされてきた人を思いながら。


「がはぁ!」


 上空まで黒川を殴り飛ばし、すかさず足蹴りで腹部を蹴ってから急降下させる。

 妥協はしない。付いていけてない黒川に容赦なく技を浴びせる。

 血反吐を吐きながら、黒川は溜まっているものを全て出してしまいそうになる。

 それほどに、今の一撃は強烈だった。

 ただ、まだ終わらない。何度も、何度も優は攻撃を加え続ける。


『そろそろ効果がきれるな』


「あぁ、だけどもう十分だろ……」


「ぶばぁぐぃぎぃがぁ」


 口元が斬られ、骨が折れて、複数の箇所が斬られている。

 風の鎧は近付いた者、近くにいる者にも自動的に攻撃するようになっている。

 見るも無残な姿になっており、話す事すらままならない状態となる黒川。

 シュバルツの合図で、優は攻撃を中止する。

 だが、誰が見ても戦闘続行は不可能。せっかくの顔も見るにも堪えない無残な見た目に変わり果てる。


「やってくれたな……笹森」


 出水もゆっくりと歩み寄り、黒川の状態を確認する。

 大事な左腕を奪われた相手。だからこそ、見ておきたかった。

 すぐに、出水の治療がされた。幸いというか、奇跡というか。爆発によって吹き飛ばされた腕は原型が少し残っていた。

 だから、シュバルツのエンドと魔術を組み合わせて、再生させる事に成功した。


「あんた何者だよ……」


『ただの頼れるお兄さんじゃ』


「お兄さん……? まぁ、そういうことにしておこう、というか、何で俺の時はエンドで繋ぎ止めたんだよ」


『お前の場合は、腕自体がなかったからな、こいつとは訳が違う』


 優はムスッとした顔でそうかと言って納得する。

 出水は腕を振り回しながら、良好な腕の状態に一安心する。

 それよりも、優はすぐに立ち上がり、沼田と園田の状態を気にかける。


「さっきから応答がない……」


「……っ! あぁ、そうだったな! 自分の事で精一杯だった」


「遠距離からの攻撃が来ないってことは、まだ戦っている可能性も高いよ」


「くそ、こんな事なら俺だけでもそっちに行くべきだったな!」


 後悔しても仕方がないと優は出水を諭す。

 実際の所、優も一人なら黒川に勝てたか怪しい。

 あの黒の粉をまともに受けていたら危なかった。


「にしても、あいつどうするんだ?」


「……あぁ」


 沼田達の所に向かう前に。出水は黒川をどうするかと優に聞く。

 誰が見ても再起不能な状態。優は、まともに会話も出来ない黒川を見下ろす。

 これが、あの黒川哲治なのかと疑うぐらいに。

 はっきりとその姿を確認する事が出来なかった。


 ――――優に黒川の境遇など知らない。知りたくもないのが正直。


 そして、この世界に来てさらなる醜態を晒してしまう。


 女性関係はもちろんだが、今までの黒川のイメージを覆してしまう内容。

 暴言、恐喝、傷害。優は、冷たい視線を向けながら黒川に一言。


「……惨めだね」


「どうした? 笹森」


「こいつがどういう事をやってきたなんて知りたくないけど、見えてしまうんだ……」


「そうだな、今までの行動と言動を振り返れば最低な事ばかりしてきた奴だからな」


「うん、だけど、結局……それを目撃しても僕は見て見ぬふりしか出来なかったと思う」


「まあ、な」


 酸素を求める魚のように。口元をパクパクとさせながら、黒川は何かを訴えている。

 しかし、優と出水には何も伝わらない。

 最早、何を言おうと許すつもりはない。


「すぐに楽にしてあげるよ」


 今まで黒川に苦しめられてきた人の為に。これ以上、この男を生かしてはおけない。

 優と出水は無言で頷き合う。

 短剣を黒川に向けた時だった。


「そこまでだ、この残虐者!」


 一瞬の出来事。優が迫りくる剣を受け止める。

 あと少し遅れていれば、致命傷を負っていただろう。

 互いの力は互角。ただ、相手の技量は優を遥かに凌いでいた。


 ――――それは突如としてこの場に現れた女性。


 美しく可憐な姿は見る者を魅了する。その上、素早い反応速度に、剣の技術。

 どれをとっても完璧である。長い金髪を揺らしながら、その瞳で優を睨み付けている。


 殺気を凄い感じて、優は片足で蹴って振り払おうとする。


「甘いな」


 だが、剣の持ち手ではない左腕で防がれる。

 こんなにも簡単に防御されるとは思わなかった優。

 そのまま足を掴まれて、地面に叩きつけられてしまう。


「おい、笹森!」


 出水が叫んだ時には、もう優は地面に抑えつけられていた。

 ここまで見ても、戦闘経験に力量の差を感じる。

 優は、衝撃を事前に吸収しようとしたが全ては不可能だった。

 背中にじわじわとした痛みを感じる。


 そして、相手の女剣士は剣を優に向けながら。


「お前、何者だ?」


「……答えてくれるなら見逃してくれるの?」


「愚問だな、そして質問に答えろ、お前も……あの【勇者】の取り巻きなのか?」


 取り巻きと勇者。

 それを聞いて、優は驚きの表情を見せる。

 忘れもしないあの勇者の存在。


 ――親友であり、尊敬する相手。


 だが、今ではもう優の中で最も殺したい相手だった。


 確信はない。しかし、自分探し求めている人物に間違いはない。


 首を掴む手の力が強くなっていく。このまま絞め殺す気なのか。

 それでも優は表情を変化させることない。

 逆にこれはチャンスだと思い、優はこの女性に質問する。


「取り巻き? まさか……俺は、そいつを殺す為にここまで来た」


「な、なぁ! ということはやはり」


「待てよ、あんたが何者なのか分からないが、ここで俺を殺したら色々とまずいんじゃないの? それに、まずは状況を聞いてから行動するのが先決じゃないの?」


 優の言葉に相手は黙り込む。冷静過ぎる対応に隣にいる出水も緊張している。

 すると、掴んでいる手を離し、女性は剣を鞘にしまう。


「……それもそうだな、いや、済まない」


「ふぅ、偉く素直なんだな、さっきまでの威勢が嘘のようだな?」


「お前の言う通り、確かに私の立場的にここで関係ない人を殺めてしまっては、私と私の部下に泥を塗る事になってしまうからな」


「部下って事は何処かのお偉いさん?」


 立ち上がりながら、優は目の前の女性の素性を探る。

 僅かな時間だが、剣を交えただけで理解が出来た。

 きっと人をまとめるカリスマ性と、強さを兼ね備えている。

 すると、金髪の女性は軽く頭を下げながら優達に名前を名乗ってきた。


「申し遅れた、私の名前は【ルナ・アルバーデン】と言う者だ、そして……騎士団の団長を務めさせて貰っている」


 それを聞いて出水は委縮しながら驚いている。

 同時に優は口元を緩めながら、やはりというような表情をしていた。


 そして、優はすぐさまルナにこんな提案を持ちけてきた。


「出会ってばかりで悪いんだけど、今別の場所で俺たちの仲間が戦っている」


「なるほど、他の騎士団にも向かわているが、戻って来ないと思ったら、そういう事情だったのかもな」


「恐らく、あんたが探しているその【勇者】の取り巻きにも会える可能性がある」


「なに? それは……本当か?」


 優は一通りの事情を話す。

 元々、自分は狂化の壺の生贄に選ばれた事。

 そして、その壺から得たエンドで勇者もその取り巻きも含めて好き勝手してる事。

 自分はその生贄に捧げて者を殺し回っている事。


 全て包み隠さず正直に話す。

 異常だろう。騎士団長の目の前で。

 だが、優は別に認めて貰おうとは思っていない。

 利害の一致で、一時の協力関係になるというだけだ。


 それでも、このルナという女剣士が絶大な戦力という変わりはない。


 少し考え込んだ後。ルナは、軽く息をつく、


「大体の事象は把握した……殺しは普通だったら、許しはしない、ただこの状況だ、お前が殺めたあの者もその一員なのか」


「まだ生きているけどね、簡単には殺さないつもりだしね」


「はぁ、まぁいい、こちらも手段を選んではいられないからな! よかろう、一時お前達に協力してやる」


 新たに出会ったこのルナという女性剣士。

 黒川を拘束して騎士団の馬車に入れた後。

 優達は別の場所で激闘を続けている沼田達の元へと向かった。

 この出会いがまた新たな物語が生まれる事になる。



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