第70話 犠牲


 沼田のエンド能力によって南雲が拘束される。

 デンノットの構造を解析【サーチ】で調べた結果。

 空洞が存在する事が判明した。さらに、空間になっており、この中に色々なものをしまっておける。

 今回は、意表を突くためにこのような仕掛けにしたのだ。


 エンドナイフと改造したデンノット。元の力がない沼田にとって、敵に対抗する為にはこれしかない。


「色々と手こずらせやがって、これで終わりだな」


 鎖に拘束された南雲を見ながら、沼田は笑みを浮かべる。

 懐からナイフを取り出し、相手に向ける。

 足の傷も癒えた。その証拠に、しっかりと自分の足で立てている。

 本当にハルトが来てくれて助かった。


 今まで助けて貰えなかった人生。

 誰にも愛されず、誰にも頼る事は許されなかった。

 そして、負け続けてきた。それはこの世界に来ても。


 でも、チャンスは転がり込んできた。

 結局、自分から動かなければ勝機も掴めない。雲を掴むように遠いものだ。


 余裕そうに振舞っているが、沼田は限界だった。

 体力的にも精神的にも。しかし、勝利は目前。


 ハルトと神木の戦いの状況も気になる。

 それに、裏切った園田も気にしなければいけない。


「……はぁ、めんどくさいなぁ、こういうのきらーい」


「嫌いも何も終わりだ! この状況が分かってるのか?」


「うーん? そうじゃなくて」


 南雲は薄く笑いながら沼田を見つめている。

 絶体絶命のこの状況にも関わらずに。



「これで勝ったと思うなんて、やっぱりお馬鹿さんね」


「何とでも言え」


 段々距離を近付いて行く。

 幾ら、強がろうとこの状況は打破が出来ない。

 沼田は深呼吸をして、拘束されている南雲にナイフを刺そうとした。


「どーしたの?」


 ただ、沼田は躊躇してしまう。

 その場で硬直してしまい、握り締めるナイフの手が震えている。

 もう止めは刺せるのに。直前で、沼田は攻撃を中断してしまう。

 南雲は、鎖に拘束されながらも、そんな沼田をさらに追い詰める。


「えー? こんなに絶交のチャンスなのに、殺せもしないの?」


「い、いや、ただ……」


「ただ? だって、憎いんでしょ? 殺したいんでしょ? いつも虐められていた私達に報復が出来るのに?」


 冷や汗が止まらない沼田。

 平常心を装っているのに南雲には気付かれている。

 確かに、沼田にとって目の前の南雲は目の敵である。

 今まで同じクラスメイトとして、何度も馬鹿にされ続けてきた。


 顔、性格、能力など。劣っているのは本人も自覚していた。

 時には、複数人から罵声を浴びせられて、物理的に痛みを与えられた。


 許せない。冷たい地面に倒れ込みながら。沼田は抗い続けてきた。

 そして、その一人である南雲を倒せる。

 この世界に来てなかったら、敵わなかった。

 知恵を振り絞り、度胸を決めて行った事で自信はある。


 ここに来るのに何度も修羅場を潜ってきたつもりだ。


 だが、思った以上に沼田に【覚悟】が決まっていなかった。


(畜生! 何やってんだ俺! こいつは、あの黒川と赤崎と同じぐらいにくそ野郎だ! 死んでも誰も悲しまないし、むしろ称賛されるのに……何で、俺の体は動かない)


「ねぇ? 良い事教えてあげよっか?」


 気が付けば、体中に汗が発生しており、気が狂いそうだった。

 南雲は、まるで時間を稼ぐかのように、沼田に話しかけた。


「そうやって中途半端だから、友達も出来ないし、女の子にも相手にされないんじゃない?」


「……っ! そんなもん、関係ねえだろ!」


「黒川君はさ、確かにやり過ぎな所はあるけど、いっつも私達を【楽しませる】ように色々と努力をしてくれたの」


「楽しませるって……あれが、楽しませるの結果か? ふざけるなぁ! お前らのおかげでどれだけの人が苦しんできたと思ってるんだ!」


 激高しながら、口調を荒くする。

 苦しんできたという出来事の中にもちろん沼田自身も入っている。

 もっと胸を締め付けられたのが、せっかく友達になれそうな人物も、黒川達によって引き離される。

 助けようと思えば、助けられたのに。でも、当時の沼田は弱虫でどうしようもなかった。


 ――――楽して、何かが手に入る訳がない。


 特に沼田のような人間は特にそうだ。何処かで覚悟を決めないといけない。

 届かないと思っても手を伸ばし、掴まなければいけない。

 でも、その機会を沼田は自ら手放してしまった。


 当然だが南雲に、沼田の主張は何も響かない。


「え、だって、その方が面白いからじゃない?」


「お、面白い……だと?」


「うん、人の苦しむ姿って見てて面白いじゃない? それで、【自分達は高い場所で見上げている】それがたまらないじゃない?」


「いい具合に狂ってるな」


「狂ってる? でも、みんな苦しむのが嫌だからそこを目指しているって面では……同じじゃない?」


 何を言い聞かせても駄目だ。

 南雲も神木も黒川も沼田にとって理解が出来ない人物。

 ただ、現実世界でもこの世界でも力はある。だから、南雲の言う高い場所に行き着くのだ。


 何が正しいのか。何が正しくないのか。

 沼田の思考は麻痺して混乱してしまう。

 頭を抱えながら、動揺している。



「おい、しっかりしろ、小僧!」


 図太く、渋い声がこの場に響き渡る。

 その声の主、ハルトは迷っている沼田に喝を入れる為に近くまでやって来た。

 だが、最初の頃よりボロボロになっており、神木との戦闘による影響だろう。

 相手の神木も怒りで力があり、並大抵の戦士では力負けしていただろう。


「おいおい、なに捕まってんだよ」


「てへへへ、ごめーん! 油断しちゃって」


 煙を切り裂いて神木が南雲の状態を見て呆れている。

 これだけ力の差があるのにも関わらずこの状態。

 神木は、剣を鎖に振りかざして一瞬でその拘束を解く。

 自由になった南雲は、腕を軽くグルグルと回しながら、とても機嫌が良さそうだった。


「うーん! ありがとう! さっすがは見事な剣の腕前だね」


「気を付けろよ、あの沼田とは言っても、頭は悪くない……それに、あの筋肉馬鹿、多分だけど今までうちらが戦ってきた相手の中で一、二を争う程に強いと思う」


 楽観的な南雲と違って神木は恐れていた。

 沼田はともかく、ハルトの強さには戦いを通じて感じ取っていた。

 体感的に有利の状況だが、いつ逆転されてもおかしくはない。

 剣先が欠けて、せっかくの特注で作製された自慢の剣も使い物にならなくなる。


 それをいち早く察した沼田がハルトに情報を伝える。


「悪い、ちょっと気が動転してて、あと、神木……いや、剣の使う方の女の剣先が欠けてる、恐らくだけどそろそろ限界に近いはずだ」


「ほぉ? よく、そんな所まで見ているな」


「……最大のチャンスを仕留め損ねたのは俺の失態だ、戦闘中にやる事じゃないが、ここで謝っておく……本当に」


「いや、それはいい! 確かに、仕留めきれなかったのは痛いが、お前と言う人物を知れる絶好のいい機会だった」


 背中越しにハルトは沼田に語り掛ける。

 それは、今まで両親にもかけられた事のない言葉の数々。


「小僧! お前は自分が思っている以上に優しく、情に厚い人柄だな! あいつらと何があったのかは分からないが、腐れ因縁があるんだろ?」


「本当に腐っている縁だけどな」


「ふん! それに、やはり周りを見れる分析力、洞察力、何かを生み出す想像力、俺にはないものをたくさん兼ね備えている! きっと、お前の両親は鼻が高いだろうな! がっははは!」


「もういいやめろよ!」


 褒められる事に慣れていない沼田。文句を言いながらも照れている。

 僅かな時間しか関わっていないハルトと沼田。

 それなのに、これだけ人を見ているという事だ。

 元騎士団長というのも納得の眼力。きっと、この人についてきた人は幸せだっただろう。


 それにしても言葉の力というのは凄い。

 気持ちが落ち着き、冷静な判断が可能となる。

 周りがよく見える。これなら、ハルトと協力して神木と南雲を倒せる。


 微かな希望が見えた時。一方で南雲と神木も作戦を練っていた。


「沼田の雑魚はひとまずほっといて、二人であのおっさんを仕留めましょ」


「そうだねー沼田君は後で痛めつけようよ」


「……エンドは大丈夫よね? さっきの攻撃で結構使ったのを見かけたけど?」


 神木は南雲の心配をしている。

 遠距離攻撃と人形による陽動。

 この戦いの行方は南雲にかかっていると言っても過言ではない。

 過保護のようだが、南雲はそんな神木が大好きだった。

 姉御肌で頼り外がある。怖い所があり、周りからは恐れられている。

 だが、南雲は初期の頃から人懐っこく神木と接している。


 水と油のような二人だが、いい関係を築いていた。


 容姿も二人共抜群の為か。それもあって黒川に目をつけらけた。


 赤崎、神木、南雲は黒川の彼女であり中心人物でもあった。

 その繋がりもあり、三人は仲が良く色々と行動を共にする時間が長かった。


 神木の質問に南雲は微笑みながら頷く。

 大丈夫という事を主張したかったのだろう。

 その表情を見て、神木は安心して剣を握り締める。


 しかし、南雲のその微笑みの裏にとてつもない闇が含まれていた。


「ねぇ? ちょっといいかな?」


「ん? 何? どうした?」


「そのぉ……黒川君と、したの?」


 いきなりの謎の質問に神木は困惑していた。

 何故、この場でそんな事を聞くのか。

 長い付き合いの神木ですら、その意図が不明で怖さがあった。

 ただ、笑顔は崩さない。南雲は神木から視線を逸らさ無い。

 独特の緊張感が二人の間を駆け巡る。


 神木は少し言葉を詰まらせた後。どのように答えようかと迷っていた。


 ――――隠し事が嫌いで、いつも意見をはっきりと伝えている神木。


 だからこそ、信じている親友の前で嘘はつかない。


「……した、あぁしたさ!」


「ふーん、何回?」


「あいつと付き合ってからは、もう数えてないぐらい」


 神木は大声で沼田達にも聞こえる声量で宣言する。

 そんな情報を必要なのかと、首を傾げる沼田。

 南雲の訳の分からない質問に、沼田は気持ち悪いと思ってしまうぐらいだ。


 嫌な気分だ。沼田とハルトが警戒を強めた時だった。


「そうなんだ、じゃあ、死んでくれる?」


「え? ちょ、何言ってんの……」


 神木は耳を疑った。

 聞き間違えだと信じたかった。

 瞳を見開きながら、南雲の方を向いた瞬間だった。


「がはぁ! こ、これって」


「……ごめんね! 本当にごめんね」


「お、おい! どうなってんだよ! なんで、南雲が……」


 腹部が貫かれ、神木は口から多量の血を吐く。

 後ろを見ると、いつの間にかエンドで作り出した人形が神木を剣で突き刺していた。

 全く気配もなく、完全に死角からの攻撃。恐らく、鎖で拘束されている時。既に布石をうっていたのだろう。

 そして、南雲は神木を見つめながら優しく話す。


「だけど、自分一人だけ黒川君と関係を進むのは許せないかなぁ?」


「ふ、ふざけんな! どれだけあんたを助けてあげたと」


「助けてあげた? ふーん、そう言うんだ?」


 すると、容赦なく人形が神木の右腕に向かって剣を振り下ろす。

 ポトリと、地面に右腕が転がる。


「うぎゃゃゃゃゃゃゃゃ!」


 噴水のように赤い液体が噴出される。

 血管が爆発したように、神木は発した事のない奇声を上げる。

 生々しい光景に思わず沼田は顔を背けてしまう。

 口元を抑えながら、目の前で起きている出来事を夢だと思いたかった。


(なんだよ! くそ!)


「小僧! まずいな……あの女、完全に狂ってるな」


「うぐ、お前はあれを見て平気なのかよ?」


「いや、そういう反応でいいんだ、いいか? ああいうものは見慣れたら駄目だ!」


 ハルトは沼田に言い聞かせる。

 今にも吐きそうな沼田だったが、平然としているハルトを見て何とか耐える。

 攻撃のタイミングを見失って、硬直状態のハルトと沼田。

 目の前で、憎悪があるとは言え、クラスメイトが無残にやられる姿。


 あの、普段は気が強い神木が怯えている。

 そして、さらに追い打ちをかけるように、人形は神木の残った左腕を掴んで持ち上げる。

 一体これから何が起こるのか。近付くことも出来ずに、沼田は見つめるだけだった。


「……恵里菜ちゃん」


「り、凛華! てめぇ、ど、どうする気だ!」


「んー? どうするってこうするの?」


 すると、南雲は人形を操って掴んでいる神木を沼田達の方に投げ飛ばした。

 思いがけない行動。沼田は、とりあえず受け止める態勢に入る。


 しかし、ハルトが投げ飛ばされた神木をガッシリとした体で受け止める。

 返り血など気にせず、ハルトは今にも怒りが爆発しそうに勢いで。


「おいおい、仲間にそんなことするなんて敵ながら、許さねえな!」


「……信じられないな、だけど、これで覚悟は決まった」


 今にも痛みで失神しそうな神木。ハルトの体の中でピクピクと震わせている。

 先程までの威勢は完全に鎮火している。燃え盛る炎が消えるように。

 沼田は、そんな神木を見て気持ちの整理がつく。



 ――――馬鹿だった。沼田は、南雲を殺すのを躊躇した。


 けど、自分の仲間も傷つけ、簡単に切り捨てる。

 沼田はハルトの前まで歩みこう言い切った。


「もう、あいつは許されない、別にそいつはどうでもいいけど、自分を大切に想ってくれる奴をこんな風に扱ったら……何が残るんだ」


「ふ、俺も同じ考えだ、目の前でこんな胸糞なものを見せられて黙ってられねえな」


「おい! お前もそうだろ! 園田!」


 ここでようやく沼田は園田に声をかける。

 ずっと後ろの方で待機していた。

 一度は裏切り、南雲や神木達の仲間になろうとした。

 この事実がある限り、並大抵の事で許されるものではない。

 だが、沼田の主張はそこではない。


「お前はあんな奴らに所に付いて行くのか? 恐らくだが、お前も利用されてこんな風になるぜ」


「……っ!?」


「後は自分で決めろよ、もう俺も面倒を見れないからな」


 沼田はそれだけ言って後の判断は園田に任せる事にした。

 もう、今の園田は仲間ではない。でも、放置しておくわけにはいかない。

 最後の沼田の良心が働いた結果でもあった。しかし、裏切られた事は絶対に頭の中からは消えない。

 園田は微妙な表情を見せながら、服の袖を掴んでいた。


 ハルトは神木をその場に置いて再び戦士の顔に戻る。


 南雲も人形の準備が完了したようだ。


 ピリピリとした緊張がこの場に走る。


「貴方達もこのお人形さんの餌食にしてあげる」


 戦況が混沌としている中。南雲はさらなる人形の力を発揮させようとしていた。


 そして、優達も沼田達の元へと向かっていた。

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