第68話 発明
ハルトの到着で流れが変わる。
沼田は痛む左足を抑えながら、その後ろ姿を見つめていた。
まさか、こんな絶望の場面で助けが来るのは予想外だった。
しかも、駆け付けたのは亡くなったと思われた人物。
「にしても、随分と派手にやられたな? その足、大丈夫なのか?」
「……生きてたんだな、でも、助かった」
「へ! 礼は要らねえよ! それよりほら!」
ハルトは沼田にある瓶を放り投げた。
地面にコロコロと沼田の前まで転がっていく。
茶色の瓶の中身は【薬草】をすり潰した飲み薬。
ただ、即効性のある薬のようで怪我をした時に飲んだり、傷口にかけたりすると治りがはやくなるとのこと。
「戦場でそんな状態じゃ恰好の的だ! そいつを使え」
「あぁ、ただ、あんたも気を付けろ……相手は」
沼田が瓶を手に取った瞬間。ハルトを目掛けて弓矢が飛んでくる。
南雲が隙を見て、弓矢を放ちハルトの体を貫こうとする。
しかし、その弓矢は強靭なハルトの体の前には無駄だった。
「肉体強化(メタモル)!」
「え、そ、そんな!」
まるで体が金属で出来ているかのように。
ハルトの体はさらに強化される。
弓矢は地面に落ち、何事もなかったかのようにハルトはこう宣言する。
「今、騎士団がこっち向かっている……元々はガリウスの襲撃が付近で活発だったと言っていたが、俺からしてみればお前らの方が【害悪】だと感じてるけどな」
元々はガリウスの殲滅の為に呼ばれていたハルト。
しかし、思わぬ敵に出くわし、ハルトは目元にしわを寄せる。
沼田は、ハルトから受け取った薬を飲みながら、少し気が楽になる。
あの時は感じなかったが、こんなにもこの男の後ろ姿は頼もしかったのか。
流石は元騎士団長。しかし、ハルトに吹き飛ばされた神木は激高していた。
「おい、じじぃ! なにやってくれてんのよ」
腰を痛めながら、神木はとてもイライラしながらハルトに突っかかる。
その目は冷静さを失っている。
怒りを込めながら、その剣を握っている。南雲は少し怖がりながらも弓を構えている。
園田は後ろの二人に立ち、その状況を観察している。
先程まで、人数的にも戦力的にも余裕があったというのに。
ハルトの登場によって一気に形勢が一変する。
対照的にハルトはとても落ち着いている。
これまで何度も修羅場を乗り越えてきたハルト。
だから、この状況も一つの小さな戦いに過ぎなかった。
間髪入れずに神木はハルトとの間合いを詰める。
速い。これが、神木の本気なのだろう。
地面を蹴って、まるで加速しているかのようだ。
ただ、ハルトは全く動かず、静かに能力を発動させる。
「筋肉強化(メタモル) 右!」
ハルトのエンド能力。体全体を強固させたりも出来るが、一部分だけにエンドを集めて集中的に強固させたりも可能。
これで、ハルトの右腕は鉄のように固くなり、並大抵の武器なら受け止める事が可能。
迷いもなく右腕を差し出し、神木の振り下ろされた剣は簡単に受け止められる。
「そんな、だって、こっちの武器の方が強いはずなのに!」
「おいおい! 武器ばかりに頼っていては勝てねえよ! 俺の腕はこの場限りでは、お前らの武器より強いぜ?」
「ぐ……! ふざけるな!」
意識は完全に沼田からハルトに向けられる。
南雲も弓を構えてハルトを狙撃しようとしている。
意識の外からの攻撃。沼田は、まるで透明人間のように誰にも注目されなくなっていた。
(さっきまでとは大違いだな……全員が俺狙いだったのに)
段々とハルトから貰った薬の効果が体に出てきた。
傷口が塞がり、出血も収まった。痛みも落ち着き、思考力が回復する。
気付かれないように、沼田は刺さっている弓矢を引き抜く。
力を込めないで静かに。その際に、残っている薬をそこにかける。
すると、痛みがなくなり、刺さっている弓矢を自分の所に持って来れた。
「解析(サーチ)」
沼田は南雲の弓矢を自身のエンド能力で解析する。
上質な弓矢だ。これ一本にもかなりのエンドが消費されている。
正確な距離は分からないが、遠距離からの攻撃であのダメージ。
まともな距離で受けたらただでは済まないだろう。
解析が終わり、沼田は予備のデンノットとナイフを取り出す。
神木はハルトが相手をしてくれているが、園田はともかく南雲はいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない。
一応、こちらにも作戦はある。成功するかは別として、ハルトばかりには任せておけない。
目の前で神木とハルトがぶつかり合っている。
沼田は、その後ろで考えた作戦を実行しようとした時だった。
「……させない」
すると、園田が沼田を止めにきた。
その瞳は眼鏡の下からでも分かるぐらいに。
真剣そのもので、本気で園田は二人に加担している。
確かに、園田にとって神木と南雲のような人物は好きではない。
現実世界でも自身の立場を利用して、自分のような底辺を見下してきた。
そんな相手に付いていくなど有り得なかった。
だけど、やはり生きていくうえには、強い人に付いていくのが大切。
身に染みて、この【ワールドエンド】に来てから理解が出来た。
もう、後悔も辛い生き方は嫌だ。
これは沼田なら同調してくれるものだと思っていた。
彼もまた苦労しているから。様々なコンプレックスを持ち、酷い扱いを受けてきた。
親にも友達にも貶され、好意を持たれていた思った女子に裏切られる。
挙句の果てに、濡れ衣を被せられクラスを敵に回してしまう。
これ以上は彼の身や心に支障をきたす。
持参した弓を構えながら沼田に威圧をかける。
普通ならこれで抵抗はやめる。それに、一度攻撃を受けて痛い目に合っている。
これで抵抗を中断すると思ったが、沼田が園田の方を向く。
「またお前かよ、させないって言っても俺はもうやる」
「沼田君も分かってるでしょ? 私達が生き残るには、上の人達に付いて行くしかない! それが、悪だろうと……許せなくても」
「じゃあ、お前はそうすればいいだろ? 生憎、俺は絶対にあんな奴らに頭下げるのだけは御免だ!」
「……だったら、私が貴方を止める」
とは言っているものの。園田は手を震わせながらいつまでも弓矢を放ってこない。
沼田は、それを察してしゃがみ込んだ状態から立ち上がる。
「お前、怖いんだろ?」
「……そ、そんなこと」
「だったら、すぐに攻撃してこればいいだろ? それとも俺なんかを殺すのに怖気づいているの?」
「ち、ちが!」
園田が否定しようとした瞬間。後ろから弓矢が飛んできて、園田の腹部を貫く。
血飛沫が飛び散り、沼田は口を開けながら呆然としていた。
地面に崩れ落ち、持っている弓を落とす。
声を上げる事も許さず、攻撃を受けた腹部を見ながら顔を険しくする。
「あれれ? なんで、殺さないのかな?」
南雲は口元だけ緩ませて目は全く笑っていない。
そんな事を言いながら、南雲は履いているブーツで苦しむ園田を蹴る。
急な態度の変わりように沼田は困惑している。
神木と違って南雲は大人しく、自分から攻撃はあまり仕掛けないと思っていた。
だから、今回のこの行動も予想外で、沼田はすぐに警戒態勢に入った。
「やっぱり駄目だよね、私達みたいに可愛くないとね!」
「あ、あがぁ! ど、どうして?」
「どうしても何も、沼田君なんて殺す事に戸惑う人なんて私達の所にいらないかなーって思って」
南雲は沼田の方をチラッと見た後。顔をブーツで何度も何度も蹴りつける。
いつの間にか顔の皮が削れ、園田は必死に堪え続けた。
どうしてこうなる。沼田は、ナイフを取り出し南雲の方に突き付ける。
「訳の分からない事言ってんじゃねえよ……何が、可愛いだ」
「あれれ? もしかして、園田さんを助けようとしてるのかな?」
「まぁ、俺も裏切られたショックとか怒りはあるけど、流石に目の前でこんな光景見せられたら助けざる得ないからな、いいから離れろ!」
「んー? 言っている意味が分からないなー?」
すると、南雲は自分の指先を口につける。
口笛を鳴らし、この場に響き渡らせる。
その間に沼田は今ある持ち物を活用して、南雲を倒す計画を練っていた。
この最大のチャンスを逃す訳にはいかない。
だが、沼田の想像以上に南雲の力は計り知れなかった。
南雲が口笛を鳴らしてすぐのこと。
地面から手が飛び出してきて、謎の人形がこの場に登場する。
黒色の背丈は自分と同じぐらいだった。
腕や足は糸で繋いだ後があり、その跡が目立つ。
見た目は可愛い系。と言ったものの、片手には棍棒を持っており、ただでは済まない相手であるのは確かだ。
これが、南雲のエンド能力というのに理解するのに時間はかからなかった。
考える隙も無く、黒の人形は沼田に襲い掛かって来る。
「はいはーい、もう殺しちゃって」
「あ、あんなもん……ちぃ!」
棍棒の威力は桁違いで。直前で沼田は回避したが、衝撃音でその破壊力を認識した。
ただ、一撃は重いがその後の反動はある。
実際の所、その攻撃を避けると相手の背後に回り込む事が可能だった。
しかし、後ろを取っただけで何も出来ないのは事実。
とりあえず人形は無視して、南雲の方に向かう、
「きもーい! まるで、ゴキブリみたい」
「何とでも言え……」
「でも、もう一匹のゴキブリも始末しないとね」
南雲は倒れているボロボロの園田に黒い人形を向かわせる。
そして、南雲は笑いながら耳を疑うような事を言い出す。
「そうだ! このお人形さんに園田さんを犯して貰おうかなー?」
「……! な、なに言ってんの?」
「一応、そういう事も出来るようになってるんだよね? どうせ、園田さん何て処女だからちょうどいいんじゃない?」
沼田がやった事あるゲームの中にそういうシチュエーションはあった。
しかし、目の前で同級生の女子がやられる姿。
そんな姿は見たくない。沼田はナイフを南雲に投げつける。
だが、黒の人形がそれを防ぐ。生半可な武器ではあの人形は機能停止に出来ない。
「はやくしないと……手遅れになっちゃうよ?」
「や、やめて、お、ねがいします」
「うーん? 駄目かな? だって生きてる価値ないしいいでしょ?」
南雲は園田を蹴り倒す。その南雲の表情はとてもイキイキとしていた。
顔を赤らめ、何か快感に満ち溢れているような表情。
それを見て沼田はドン引きしながら次の攻撃に備えている。
沼田の攻撃は何も意味がない。
それでも沼田は動き回る。
打開策が全くない。南雲は沼田を見て嘲笑いながらそう決めつけている。
「そろそろ終わりにしよー?」
的を絞らせない為に動き回った結果。
情けない事に体力が尽きる沼田。
運動能力の低さがこんな時に致命的となる。
南雲が操っている人形。沼田の動きが止まり、そこを狙う南雲。
「え……?」
「よし、成功だ! やっぱりエンドで動いていたんだな、あの化け物」
接近してきた人形。それは沼田の前で足を滑らせ転ぶ。
有り得ない行動に南雲は、不思議そうにその光景を見つめていた。
何も意味がないと思った沼田の攻撃。
それは、大きな間違いだった。
あのナイフは【エンドを吸収するナイフ】通称【エンドナイフ】と沼田が名付けた。
一か月間、沼田も遊んでいた訳ではない。
自分が出来る事を見つけ、自身のエンド能力と相談していた。
そして、出した結論が【発明】だった。
誰も予想出来ない。様々な場面で役立つ物。素材の良さを生かす。
ナイフが刺さった人形はエンドを吸収されていく。
それを見て南雲は、原因は分からないが沼田が何かした。
この事実が楽しんでいた南雲の感情を一気に冷やす。
「うっざ」
自分より格下に。尚且つ、あんな男に自身の攻撃を止められた。
ボソッと出たその一言。南雲は人形が使い物にならないと判断し弓を構える。
沼田は今度はデンノットを上空に放り投げて、魔導銃の引き金を引く。
「属性は炎……とりあえずくらっとけ!」
銃弾が発射される。デンノットにそれが当たる。
すると、デンノットが膨れ上がり、なんと膨張していく。
そこから鎖が飛び出し、南雲に向かって行く。
収納された鎖が南雲を縛り付け、手足が拘束される。
ここまでの一連の流れに南雲だけではない。
園田も驚きを隠せないでいた。
「収納技術と組み合わせた鎖の攻撃、綺麗に全て決まってくれたな」
「ちょっと? なーにこれ? 離して」
「悪いが、ここからは俺の開発したものの実験台になって貰うぜ! このくそ野郎!」
得意げに話しながら、沼田の反撃が始まった。
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