第67話 覚醒


 出水の腕が吹き飛ばされ、この場は硬直状態となる。

 優は、シュバルツのアドバイスを参考にしながら黒川を見つめる。


『あいつの腕が吹き飛んだ原因……お前も気付いていると思うが、【付着した黒い粉】だ』


 豪快な口調と戦闘スタイルとは裏腹に嫌らしい能力。

 シュバルツが言うには、黒川の能力。


『黒の粉【ブラックパウダー】と呼ばれるものだ……付着したら相手の任意で攻撃することが可能だ』


「なるほどな、じゃあさっきのは、【その黒の粉を出水の左腕に付着させて爆発させた】ってことか」


 優は、頬に受けて傷口を手で拭いながら、厄介だと認識する。

 ただ、粉自体にエンドの反応はあり、現在は付着のしていないとシュバルツは言う。

 少し余裕が出来て、優は粉の行方に集中する。そう言えば、あのマルセールの戦いの時もそうだった。

 毒の粉、あれと似ている。しかし、今回は対人戦。それもクラスメイトとの戦闘。


 こちらの手の内は全部見せてないが、不利なのは確か。


 咄嗟に優は蜘蛛の糸【スパイダー】を出水に仕掛けて、こちらに持って来る。


「すぐに手当てしてやるから、待ってろ」


「ご、ごめんな……かっこつけてこの様か」


「いや、俺こそあいつの攻撃に反応が出来なかった、だから、すぐに殺す」


 申し訳なさそうに出水は優に謝る。

 謝られる理由などない。悪いのはこっち。協力して貰っているのに傷つけてしまった。

 優は目付きを鋭くして黒川を睨み付ける。

 白髪にその殺気が目立つ表情。普通の者なら委縮してしまうだろう。


「あぁ? 殺す……だと? お前、あの笹森の癖によく言うな! 笑わせてくれるな、ほんとに!」


 黒川は楽しんでいた。自分の知っている笹森優とは違う。

 それに、自分と同等と強い敵と戦っている。

 この事実がさらに黒川を奮い立たせる。


 黒剣を鉈のように振り下ろす。

 優は短剣で受け止めようとするが、強度が違い過ぎる。


「強化【シファイ】……ぐ!」


「こんなもんかやっぱり武器の強さがちげーな!」


 自分を生贄にエンドが供給されて作られた武器。

 癪だけど性能は桁違い。

 受け太刀では対応出来ず、優の短剣は破壊される。

 黒川の攻撃は一撃が重い。元の筋力と身体能力の違いもあるが、やはり元のスペックが違う。


 粉々に破壊された短剣を確認しながら、優は後退する。

 強烈な攻撃を受けたのか、手の平が痺れている。

 弱い電流が流れた後のような感覚。優は、危険だと判断し息をつく。


「おら、どうした? もう……武器がねえぞ?」


「やっぱり、武器の勝負じゃ勝てないか」


『俺のエンドで代わりの武器を作る事は可能だが、時間もエンドも食うからな、厄介な相手だ』


 時間はかけてられない。先程からデンノットの反応もない。

 遠距離からの攻撃は止まっているが、向こうの状況が分からない。

 沼田と園田が食い止めている。だが、黒川の一緒にここまで来たぐらいだ。

 きっとかなりの強さに違いない。


 長期戦は色々考えてこちらが不利なのは確か。


 出水の怪我も酷い。早めに処置しないと手遅れになる。


 だが、そんな隙も黒川は与えない。


「ぐ!」


「俺の能力を少しは理解したつもりでいたか? やっぱりお前は……弱い奴だ」


 地面から黒い棘が急に発生し優を襲う。

 咄嗟の判断で避けたが、頬にその傷を受ける。

 黒川は適当に優に攻撃をしているつもりが、自分の足場に既に攻撃の布石をしていた。


 攻撃は止めらない。今度は、狙いを優ではなく出水に向けた。


「死ね、雑魚」


「……! 防御壁【シールド】」


 緑色の光が出水を包み込む。黒川の視線が優ではなく出水に集中していた。

 それと同時にこの場に爆発が起こる。

 これも黒川が振りまいた黒の粉による攻撃。爆風と熱気がこの場を支配する。

 岩の破片が飛び散り、衝撃音が鳴り響く。

 優は吹き飛ばされないように、必死に体勢を維持する。


 爆発によって発生した煙。それを手で振り払いながら、優は黒川の位置を確認する。


「こっちだ」


 優がエンド能力を発動させる前に黒川は優の背後に回り込んでいた。

 黒剣を体に貫かれてしまう。防御壁も瞬間加速も間に合わない。

 黒の粉を使っての陽動。出水に攻撃を仕掛けたのも優の隙を作る為。


 戦闘経験にそこまでの差はない。だが、今回に限っては黒川の方が一枚上手だった。


「さ、ささもり!」


「……出水に攻撃したのは俺に攻撃する為か」


 出水は悲痛な表情で笹森の名前を呼ぶ。

 ポタポタと地面に血の雫が落ち、胸部を黒剣で貫かれ、優は口から血を吐き出す。

 幸いにも心臓は避ける事が出来た。いや、正確には【避けさせて貰った】と言うべきだろう。


『危ない、もう少し遅かったら死んでいた』


 シュバルツがそう言って優の傷を治癒する。

 傷口が小さくなっていき、黒川はそれを察知してさらに攻撃を加えようとする。


「強化【シファイ】」


 体が軽くなり、優はすぐに至近距離からの裏拳を黒川の顔面にぶつける。

 鉄のように固くなった優の腕。さらにこの距離。

 二つの要因が重なり、黒川は吹き飛ばされる。

 ただ、優には当たった感触があまり感じられなかった。何かに守られた感触。


 そして、その嫌な予感は的中する。


『やられた、せっかくの最大のチャンスだったのに、威力を防がれた』


「……ああ」


 吹き飛ばされた黒川は驚く程に無傷だった。

 どうやら、優が攻撃する直前。自分の周りに黒い粉を発生させていた。

 黒剣をゆっくりと引き抜きながら、優は若干の険しい表情を見せる。

 シュバルツが回復魔術で治癒して、攻撃を受ける直前に、防御壁をしなかったら自分はここにいなかった。


 失いかけた命。優は痛む胸を抑えながら、黒剣を黒川の前に投げる。


「……何のつもりだ」


 思いがけぬ行動に黒川は立ち上がりながら困惑している。

 ただ、優は全く動じない。恐れない。

 今だったら黒川に勝てる。この、生死を彷徨いかけた状態なら。

 そんな無我の境地の優に対して黒川は狼狽(ろうばい)している。


 黒川は自分の目の前に放り投げられた黒剣を手に取る。


「捨て身の攻撃も無駄だったな、そう言えば、お前……あの時も夏目を守る為に結構な無茶をしてたよな?」


 にやつきながら、黒川は優にあの時の事を思い出させる。

 一部始終は黒川は見ていた。助けようと思えばキメラから優を救う事は可能だった。

 しかし、黒川は周りのクラスメイトと見ているだけだった。

 何故なら、助ける必要性を感じられなかったからだ。


 ――所詮、あのまま救ってもあの強さでは死ぬのは時間の問題。

 むしろ、足を引っ張る可能性の方が高い。

 だったら、ここで【自分達の手を汚さず殺して貰う】その方が合理的なのではないか。


 黒川は、近くにいたクラスメイトを納得させていた。


 その手口に出水は黒川に激怒する。



「て、てめぇ! ふざけるな! お前らは……どこまで」


「でも、お前も助けなかっただろ? 自分の事で手一杯だったのは確か、だから、余計な奴は始末するのに限る」


「……なるほど、そういうことか」


 優は傷が完治する事を確認する。

 そして、ポケットの中にしまってあるペンダントを握る。

 明らかに黒川はこちらを煽っている。きっと、正常な判断力を失わせる為だろう。


 だが、むしろ優は……。


「お前、何笑ってんだよ? 遂に気が狂ったか? いや、狂っているのは元々か」


 笑っていた。それも、何か吹っ切れたような感じである。

 それと同時に優は腕を黒川の前に突き出す。

 手の平を見せながら、まるで狙っているかのような状態。

 優は白い歯を見せた後。今までの事、そして、これからの事を話し始める。


「お前の言う通りだよ、あの時は無茶していた……ただ、【大切な人を守ればいい】とだけ思っていた、でも、それは大きな間違いだった」


「なんだ? 髪の色が戻っていく? 一体、何が起こってんだ?」


 優の白髪が元の黒髪に戻っていく。

 さらに、周りに風が立ち込める。それは、優を守るように纏わりつく。

 体内のエンドが急激に消費する。その代わりに、一定時間だが優は【覚醒】する。

 昔、シュバルツが使っていたという能力。

 今までは、優の体では負荷が耐えきれず、使用した後、肉体に急激に負荷がかかる。


 最悪の場合、死に至る。だが、それもこの一か月の間で解消された。


 もちろん、様々な人のサポートあってのもの。


 優はここまで支えてくれたみんなに感謝しながら、グッと拳に力を込める。


「……それは、【自分もちゃんと強くならないと相手に無駄な心配をさせてしまう】だから、互いの事をよく知って向き合う事が大事だと」


「ふん、何言ってんだ! そんなの見せかけだ! 真に強い奴は一人で強くなる」


「あぁ、確かにお前の言い分は理解が出来る、けど、今の俺は……一人じゃない」


 ペンダントから感じる繋がる力。エンドが体内に染み渡るのが伝わる。

 辛い事が多かった。何回か死にたい気持ちになった。

 だけど、それでも共に付いてきてくれる仲間がいた。


 この技も言うならば【その仲間と共に作り上げた】もの。


 優は顔を上げて黒川に喜びながらこう伝える。


「お前には分からないと思う、だけど、これから見せるものは……全てが【強化】される」


 気が付けば髪の色は完全に黒に戻った。

 そして、顔立ちも昔の優しいもの変化する。

 優を守る風もどんどんと強くなっていく。

 辺りの黒い粉も吹き飛ばされ、黒川は舌打ちをしながら黒剣を構える。


(なんだこの野郎……なんだか知らないが、これはやばい気がする)


 風で髪がふわりと上がり、優は全身にその涼しさを感じる。


「生贄になって、苦しくて、恨んで……けど、それを乗り越えて今度は本当の意味で【みんなを守ることが出来る】」


「……ち」


「これが俺の、いや僕の新しい技……風の鎧【ウィンドウォール】」


 その名前を言った瞬間。優の全身にまるで鎧のように装着される。


 ここから優の反撃が始まる。

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