第66話 自爆
「……ちょっと何を考えてるのよ」
沼田が園田を引き連れている最中。
黙って従って付いてきたが、優と出水の姿が見えなくなった途端。
心配したのか、園田はその足を止めた。
同時に繋いでいる手を振り払った。
「……何って、俺達で止めるんだよ、神田と南雲を」
「無理、やめた方がいい」
沼田の提案に当然、園田は拒否する。
そして、まるで気持ち悪いものを触ったかのように手を拭く。
いつもなら文句を言うが、沼田は無視して状況を確認する。
(さっきの弓の攻撃は、この付近からか……園田の情報と弓の位置から特定するしかねえか)
少ない情報を頼りに。沼田は、頭をフルに回転させる。
途中、出水と黒川の会話もデンノットを通じて聞こえてきた。
これも相手に精神的ダメージを与えるのに役立つだろう。
――――普通にやっても勝てない。相手の裏をついていくしかない。
戦闘面ではこちらが圧倒的に不利。
沼田は、辺りを見渡しながら敵の位置を探す。
「どうして? そんなに真剣にやるのよ?」
「……あー何言ってんだよ! そんな事言ってないで速く二人を探せ!」
「どうせ、勝てない、身の程を知って生きる事が大切よ」
「じゃあ、なんでお前はここまで付いて来たんだよ! そういう考えだったらあそこに残っておけばよかったんじゃないか?」
緊迫しているのに。園田はまだ弱気な事を言っていた。
そんな気持ちを振り払うかのように、沼田は激高する。
声を荒げながら、この視界の悪い岩場がある場所に響き渡る。
森と比べたらまだ見えやすい。だが、身を隠せる場所は複数ある。
沼田はじりじりと後ろに後退しながら、園田に近付いて指示をする。
「おい、お前の能力で辺りを見渡してくれ……絶対にこの付近にいる」
しかし、園田のエンド能力。視力強化【レーシング】なら可能だ。
遠くを見渡せ、物陰も透き通り、立体的に見える。
ある意味、鷹の目を持っているようなものだ。
表情を険しくしながらも、微かな希望はある。
沼田は背中を向けている園田に指示を出す。
振り返ることはせず、緊張で息を切らしている。
だが、園田はしばらく間を開けた後。
「……ごめん、出来ないわ」
「なんだ? もうエンドが尽きたのか?」
「違うわ、だって」
一瞬の出来事。気付いた時には、沼田の左足に弓矢が刺さっていた。
激痛に左足を抑えながら、地面に崩れ落ちてしまう。
潰したトマトのように赤い液体が足を通じて流れ落ちている。
人生の中で、自分の血が流れているのは初めてだ。
(どうして! ち、ちくしょう……これは)
左足を抑えつけながら刺さっている弓矢を見る。
間違いない。あの時、優達に放ったものと一緒。
完全にしてやられた。恐らく、敵は沼田達をいち早く捕捉していた。
物陰から息を潜め、狙っていたのだ。
「あっれ! 命中したの足じゃん! 凛華、これはお仕置きだな?」
「ご、ごめん、次はちゃんと狙うからさ!」
冗談なのか、本気なのか。軽装な服装の神木恵里菜は、一発で仕留めなかった南雲を茶化す。
対して、緑のローブに身を包み、豊満な体を主張している南雲凛華。
余裕そうに沼田と園田の前に姿を晒し、話している。
苦しんでいる沼田など気にも留めていない。
「そ、そのだぁ……おまえ」
「ごめん、だけど協力するとは一言も言ってないわ、私は……生き残りたいの」
ボソッと園田は冷たい言葉を沼田に投げかける。
すぐに、沼田はどういう状況なのか。
(で、でんのっとで……)
手を伸ばしデンノットですぐに優達に伝えようとする。
自分じゃ絶対にこの二人には勝てない。
だからこそ、すぐに向こうで戦っている二人に助けを求めた。
「なに勝手に動こうとしてんのよ! この野郎」
「がぁぁぁぁぁ!」
しかし、神木が沼田の腹部を蹴り上げて無理やりデンノットを取り上げた。
刺さっている弓矢がさらに深く侵入してくる。
傷口が広がり、意識が途絶えそうになる。
感じたことのない痛み。沼田は、見下ろす三人を汗だくになりながら見つめる。
「うわ、きっも! そんな目で見つめんなよ!」
「うわぁ……痛そう、これだったら一発で仕留めた方がよかったね」
「……」
まるで、ゴミを見るように神木と南雲は残酷で非道な言葉で追い詰める。
園田は、沼田からは視線を逸らして無言を貫いていた。
――まただ。結局、自分自身はこうなる運命。
優達と別れたのも。こうして、勝てない相手に立ち向かおうとしたのも。
全て、自分の欲が勝ってしまったからだ。
沼田は馬鹿ではないのに、また同じ過ちを犯してしまう。
園田と二人なら、倒せなくても足止め出来た可能性もある。
その為の作戦も練ってきたというのに、すべて水の泡だ。
「それにしても、園田さんも酷いよね……遠くから見てたけど途中までは協力的だったのに」
「でも、私達と来た方がいいよね? うん、その方が良いよ! 美味しい食べ物もたくさんあるし」
「……別に、私はただ生き残りたいだけ、だからその為に必要な場所に行く」
「あっははは! おっかしいな! おい、聞いたか? せっかくお前なんかに相手にして貰える女の子を見つけたと思ったか? 残念でした! 園田さんもお前なんかには興味ないってさ」
「えぇ? この状況でそんな不純な考え方あったの? それは素直に気持ち悪いよ……」
「どうせ、友愛にも同じように利用されて捨てられたんでしょ? 馬鹿だよねぇ、本当に学ばないどうしようもない屑だね、あんた」
無法地帯のようにもう言いたい放題だった。
悔しさと痛みと虚しさに沼田は、地面の砂利を握り潰す。
もう、助けの見込みもない。デンノットは神木の手の上にある。
園田は裏切り、三人をどうにかしなければならない。
戦うはもちろん、逃げるにしても何もかもが足りない。
だが、諦める事はしなかった沼田。
力を振り絞り相手を分析する。
(ちぃ……神木は近距離で攻撃する剣士、南雲は服装から見て弓を使う狙撃手と言った感じか、幸いにも隙はあって完全に油断してる……けど)
左足の感覚が段々となくなってくる。
だが、お構いなしに沼田は痛みに耐えながら情報を集める。
自分の所有武器はナイフと予備の戦闘用に改良したデンノット。
そして、赤崎から奪い取った魔導銃。
自分の能力、解析【サーチ】によってデンノットの内部を解析した。
燃やすと発光する。だから、沼田はさらにその効果を高める為に、あえて機能を遮断してそこの効果を高めた。
ただ、使い時は慎重に選ばなければならない。
貴重なもので、自分も巻き込まれる可能性もある。
持っている武器と組み合わせて上手く使う必要がある。
沼田は、地面に這いつくばりながら今度は見上げる。
「捨てられた、お前らの言う通り、だな」
「あ? だからそうだって言ってんだろ?」
「……俺さ、親にも【頼むから余計な事はするな】とか【何も期待してないから】とか言われてたんだけど、これってどういう意味なんだろうな」
この言葉に園田は若干の反応を示す。
だが、神木は次の瞬間。
――乱暴に沼田の足に刺さっている弓矢を力ずくで引き抜く。
栓の役割をしていたそれは無効化されて、沼田は再び叫ぶ。
園田は、今まで目を背けていたが、あまりの残虐な行動に目を見開く。
有り得ない。幾らなんでもやり過ぎだ。
だけど、必死に耐える。ここで、動いたら自分が死んでしまう。
悶絶する沼田を見下ろしながら、神木は低い声でこう告げる。
「こんな時に何言ってんだ? ばーか! んなもん、言葉通りの意味だろうが!」
「うわぁ、ひっどい……だけど仕方ないよね、だって、【誰からも必要ない存在】だしね、園田ちゃんもそう思うよね?」
「……う、ん」
辛い言葉を浴びせられても、沼田は屈しなかった。
味方はこの場に一人もいないのに、痛みで今にもどうにかなってしまうそうなのに。
驚く程に沼田は落ち着いていた。いや、もう割り切っているかもしれない。
自分は、楽な生き方は出来ない。それどころか、普通の生き方も出来ないだろう。
周りを見てると時々羨ましくなってくる。何故、自分はこんなに苦労しているのだと感じる。
今も、自ら選んだ選択だから泣き言は言わない。
そういうのは好きではないし、ここまで生きてきた中で助けられた経験は皆無に等しい。
「さてと、殺すか……目障りだしな」
「残念だけどごめんね! クラスメイトだけど、もう少し頑張ったら助かったかもね」
神木は一切慈悲の心はなく、剣を鞘から取り出す。
もうここまできたら戦略も戦術も意味をなさない。
沼田は、最悪の想定のケースももちろん考えていた。
――自爆。魔導銃の弾の中には【属性弾】と呼ばれるものがある。
これはエンドを付与して、属性をつけられる優れもの。
この中に【爆発】の種類も含まれている。
弾薬に全てのエンドを注ぎ込む。体中のエンドが弾に集中してその威力は計り知れないものとなる。
ただ、当然、使用者は死ぬ。沼田は、手を震わせながら懐にしまってある銃弾に手を伸ばす。
よくやった。自分を褒め称えたい。いや、十分な戦果かもしれない。
クソ弱い駒がこの二人を惹きつけ、時間稼ぎには成功している。
後は、散るだけ。沼田は最後に不敵な笑みを浮かべようとした。
「……っ、あれ?」
気が付けば沼田は泣いていた。
やはり、どんなに覚悟を決めようと死ぬのは怖い。
体を震わせながら、沼田は涙腺が緩み涙が止まらなかった。
そして、神木はそれを見て剣を振り下ろす。
「最後まで、惨めだね? じゃあ、死ね」
間に合わない。自爆すら出来ないのかと自分を責める沼田。
勢いよく剣が自分に向かってくる。
終わりだ。沼田は、様々な事を思い出しながら目を瞑った。
「泣くな、小僧! この俺が来てやったんだからよ!」
それはとても頼もしい背中だった。
神木をその剛腕な腕で吹き飛ばし、沼田の前に立ちすくしていた。
この渋い声に聞き覚えがある。
あの時、一緒に戦い、背中を預けた人物。
生きていたという嬉しい事実と同時に、沼田は救われた。
まるで、呪いから解放されたように。それぐらいに沼田にとって感激な事だった。
「は、ハルト!? い、生きてたのか」
「おう、んで……悪いが、お前の出番を奪って申し訳ねえな、けど」
ハルトが右腕で地面を殴る。すると、地響きが起こり、沼田はもちろん南雲と園田。
そして、吹き飛んで岩場にぶつかり、咽ている神木も目を丸くしていた。
豪快な男。なおかつ、細かい事は嫌いで、真正面からぶつかっていく男。
ハルトは高らかに沼田を痛めつけた者を指を差す。
「恩人をこんなにされて黙ってられる程、薄情にはなれないからな……俺も戦わせて貰う」
元・騎士団長ハルト。そして、戦いはさらに激化していく。
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