第64話 覚悟


 用意された馬車に揺られながら。

 優達は、ニール村へと向かっている。

 馬車に乗っている人物は五人。


「眠いな、こんなに朝早く出発する必要なかったんじゃないか?」


 欠伸をしながら、出水が口元に手を抑える。

 まだ、早朝。太陽も出ていない。

 このノースの森自体が、日の光が当たらないのもあるが、寒さが目立つ。

 しかし、隣にいた沼田が、パンを頬張りながら指摘する。


「話を聞いてなかったか? まだ近辺に他のクラスメイトが潜伏している可能性もある、無駄なガリウスとの戦闘も避けたいからな」


「だけど、睡眠不足で集中力が途切れるのも問題だろ? まぁ、仕方ねえか」


「……どちらも正しいし、正しくないから、言い争いは不毛よ」


 割って入るように。園田が二人を止める。

 出水は軽く笑いながら、馬車の壁にもたれかかる。

 沼田はそんな園田を横目で見ながら後ろに手を組む。


 そもそも、あれだけ反対していた園田がここにいる事に違和感がある。


 単純な理由として、御門と白土がギルド協会に残る事は確定だった。

 看病もあるし、白土に無理はさせられない。

 御門も戦闘能力もあり、いざとなればガリウスにも対応が出来る。


 そして、飛野も今回はギルド協会に残る事になった。

 彼のエンド能力【感知】はガリウスの発見に役に立つ。

 即座に発見が出来て、不意打ちを仕掛けるのも可能になるだろう。


 こちらとしては痛手だが、戦力を分散させるわけにはいかない。


 ララ、飛野、白土、御門がギルド協会で待機。


 優、出水、沼田、園田がニール村に行く事になった。


「あっちには、サーニャさんもいる、精神的な面でも支えてくれるでしょ」


「つうか、誰が料理作るんだよ! この四人の中で作れるやつがいるのか?」


「……私が作る」


「ほんと!? 園田、作れんの? そりゃ、頼りになるぜ!」


「悩む所そこかよ……というか! なるべく早くギルド協会に戻る事を考えろよ!」


 出水が園田が料理が作れると無邪気に喜んでいた。

 ただ、なるべく早く帰りたいと思う沼田。

 マルセールから経由して、ノースの森を経由してのニール村。

 短いようで長い遠征となる。当然、持っていける物資も限られる。


「なぁ、笹森……ニール村に本当に何か手掛かりがあるんだろうな?」


 そして、沼田は矛先を優に向ける。

 そもそもニール村へと向かおうと作戦を立案したのは優。

 だからこそ、沼田は知りたい。この遠征に価値があるのか。

 闇雲に命をかけたくないのは誰もが思う事。


「あぁ、少なくとも可能性は高いよ」


「まぁ、それならいいんだけどな」


「……何か、不満があるの?」


「いや、不満というかだな、何で、今回のこの遠征に俺を選んだ?」


 現状を考えて、沼田自身もギルド協会に残った方が良い。

 そう、判断しようと自ら志願しようと思った。

 だが、優とそして白土が沼田を選抜した。思わぬ人選に周りも驚いたぐらいだった。

 捨て駒、としての認識。沼田は、そんな役回りだと覚悟していた。


 ――――しかし、それは大きな間違いであった。


「話を聞いたよ、白土さん……結奈を助けてくれたんだって」


「成り行き上だ、しかもあ、あれを助けたなんて言うのかよ」


「いや、でもああやって結奈は生きている、それは助けたってことなんだろ」


「……それは違うぜ、いいか? 俺は、自分の為に助けたってだけだ」


 沼田は、本音を打ち明ける。

 ここで白黒をつけておかなければならない。

 そうでなければ、お互いの間で溝が生じる。


 状況によっては白土も自分の生き残る為の駒になっていた。

 沼田は正直に優に考えを伝えた。


 軽蔑される。きっと、優に痛い一発をお見舞いされるだろう。

 だが、優は意外にも沼田の意見を褒めていた。


「それでいいよ、多分、自分がその立場になったらきっと沼田と同じ考えだった」


「はぁ? お前……」


「意外だった? だけど、自分の力を客観的に判断して、状況に応じて行動する事が大事、と僕は教わった」


「でも、それで俺が自分が生き残る為にもっと犠牲してたらお前はどうした?」


「その時は、仕方ないと思うしかない」


「分かんないな、お前も」


「こうやって沼田は最良の選択したと思う、あらためて結奈を助けてくれてあれがとう」


 その言葉に沼田は慌てて食べているパンを落とす。

 照れている。顔を赤めながら、率直に褒められて沼田は嬉しいようだ。

 今まで、褒められる事など滅多になかった。だからこそ、優の何気ないその言葉は沼田の活力になった。


 そして、そんな会話をしていると。


「……着いた」


「おっと、やっとというか久しぶりだな」


「警戒しろよ、何が奇襲も考えられるからな」


 ノースの森を抜けた先。そして、四人が着いた場所。

 この世界に来て、最初に来た場所。始まりの場所と言うべきか。


「ニール村の付近に着きました、降りて下さい」


 馬に乗っていた人にお礼を言って四人はその地に足を踏み入れる。

 久しぶりの光景に、しばくらの間沈黙が走った。

 だが、出水が気合いを込めながら手を叩く。


「おし……遂に、お目当ての場所に来たという訳だな」


「あぁ、とりあえず、沼田の言う通り警戒していこう、戦いはもう始まっているからね」


「付近にガリウスもいねーな、流石に直接村に乗り込む訳にもいかないし、歩いていくか」


「……そうね、焦っても仕方がない」


 ニール村まではあと少し。だが、警戒をさらに強めながら四人は進む事にした。

 もしかすると、クラスメイトも潜んでいるかもしれない。

 その予感が薄々と優とそして三人の中にあったのかもしれない。



「……! 出水!」


「……っ、あぁ、やっぱりくると思ったぜ」


 四人の間に黒剣が割って入る。

 一瞬の事で反応が遅れかけたが、優がシュバルツのサポートもあり、すぐに瞬間加速【アクセル】で対応する。

 短剣を取り出し、無防備になっている沼田と園田の守りに入る。


 驚きながらも沼田は園田を引っ張り、距離をとる。

 金属音が擦り合う音がこの場に鳴り響く。


 この攻撃とこの黒剣。あいつだ、と優は短剣で受け止めながら察する。


「久しぶりだな、会えなくて寂しかったぜ!」


「黒川、悪いけどお前に構ってる暇はないよ」


 優たちの前に現れた人物。黒川哲治は、楽しそうに自慢の黒剣を振り回していた。

 そう、簡単に物事が上手く運んでいくとは思わない。

 ただ、こんな序盤に邪魔が入るとは予想外であった。

 それも、会いたくない人物に遭遇してしまうとは、運がないと優も思う。


「あぁ!? そんな余裕お前にない……」


「少しはこっちに目を向けた方が良いぜ! 衝撃波【ソニック】!」


 背後から、今度は死角に回り込んでいた出水が剣を取り出しながら能力を発動させる。

 しかし、黒川は出水の存在にも感づいていた。

 だが、足を動かそうとした時。


「じゃあね」


「糸……? は! なるほどな」


 布石は既にうっていた。

 じりじりと黒川と密着している間。足元に蜘蛛の糸【スパイダー】を発動させていた。

 気付かれないぐらいに、細くなおかつ強度があるものを足元に絡ませていた。

 黒川は、何やら軽い笑みを浮かべながら、出水の攻撃を受けるだけだった。


「なーんてな」


「……! やっぱり何かあると思ったよ」


「はぁ!? 完璧な連携だっただろ、何が起こったんだよ?」


 優は黒川から離れ、状況を整理する。

 出水は悔しがりながら、自分の攻撃を防がれた事実に信じられないでいた。


 そして、沼田は辺りを見つめて理解する。


「まだ他にいるな、多分今のも出水の攻撃に合わせて遠距離から攻撃したんだろ」


「……見えるわ、ここから離れた位置に二人」


 園田のエンド能力。視力強化【レーシング】によって、離れた場所にいる敵の位置を補足する。

 それを聞くなり、沼田はデンノットを通じて戦闘中の二人にもこの事を隠密に伝える。


 情報が頭の中に入り込み、出水と優は頷く。

 そして、沼田は自分なりの作戦を全員に発言する。


「遠距離からの攻撃は厄介だ、まずはその二人を倒したいところだけど、園田が言うには二人いるけど片方が弓使いらしい、分かっていると思うがそいつらもクラスメイトだ」


「……神田と南雲か? 神田はともかく南雲もあっち側なのかよ」


「とにかく誰であろうと邪魔する奴は殺すしかないよ、その覚悟をもたないとね」


 優の発言で沼田と出水は緊張感が高まる。

 遠距離からの攻撃を断つ為に、まずは黒川を倒さなければいけない。

 ただ、それでは手遅れ。それにしても、相手の配置が絶妙に嫌らしい。

 まるで、優達がここに来ることが見透かされていたかのように。


 とにかく、優はシュバルツにも相談を持ちかけた。


 だが、そんな暇を敵は与えない。


「おらおら、どうした?」


「……くそ」


 黒川は優を自由にさせないように黒剣で釘付けさせる。

 出水は、遠距離から飛んで来る弓矢の対応に追われている。

 このままではジリ貧となり、いずれはこちらの敗北が決まってしまう。

 二人の戦いを後ろから見てるだけで、沼田は何も出来ない。


 ――――せっかく選ばれたのに。確かに、自分の力を客観的に判断しなければならない場面。


 だけど、作戦通りに遂行するとなると、自分も動かなければならない。


 畜生、と今の自分を沼田は殴りたかった。そして、沼田は園田と向き合いある提案を持ち出した。


「なぁ、園田」


「……何よ」


「その、二人のいる場所に案内してくれ」


 沼田の覚悟。園田は無謀な沼田の発言に驚きを隠せないでいた。

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