第63話 母親


 結局、ニール村に行く事は決まった。

 否定的な意見もあったが、それも含めて解決させた。

 時間もあまり無い為、判断は速い方が良い。

 優を中心に着々とその準備は進んでいた。


 そして、ニール村へと行く前夜。


「はぁぁぁ!」


「おし! 随分と強くなったな、ララ! これなら並みの冒険者と匹敵するぐらいの力はあるよ」


 ここはマルセールの付近の草原。ララが急に修行をしたいらしく、二人っきりで稽古をしている。

 剣さばきはかなり様になり、最初の頃とは見違えるようになった。

 優の指導もあるが、本人の努力も実っている。

 冷たい風が吹いているこの草原でも、熱がある。

 二人の稽古は結構な時間続いた。



「はぁ、疲れた」


「少し飛ばし過ぎじゃないかララ、体力がもたないぞ」


「やっぱりそうかなぁ、毎日走ったりして体力はついていると思うんだけどなぁ」


 グッタリと地面に横たわりながらララは夜空を見ていた。

 今日は星がよく見える。久しぶりにこんなにゆっくりとした時間が流れている。

 でも、また明日になれば元の忙しい生活に戻る。


 そう、考えるととララの心中は複雑になる。


「ねぇ、スグル?」


「なんだ? まだ、続けるの?」


「ち、違うよ! その……スグルは何でそんなに強いの?」


 ララの言葉の意味。優はここまで駆け抜けてきた。

 辛い事はたくさんあった。

 信じていた人に裏切られ、生贄という形でこの惨めな姿になってしまった。

 正直、死にたいと思う気持ちの方が強かったのだと思う優。


 だけど、嬉しい事も同時にあった。

 こんな自分に協力して支えてくれる人。

 一人じゃ成し遂げられなかった事。それも、現在は仲間が集まり、良い方向へといっていると思う。


 でも、ララの言葉に優は首を横に振る。


 自分は強い存在ではない、という。それを伝えたかった。


 どんなに、戦いにおいて強くなろうと。そう簡単に人間は強くなれない。


 その証拠にまだ眠っている復讐心は消え去っていない。


 黒い液体のようなものが注ぎ込まれ、どんなに飲もうと尽きる事はない。

 人の負の感情はそういうものではないのだろうか。


「僕は、そんなに強くない」


「……そんな事ないよ、スグルは強いよ」


「まぁ、戦闘ではララよりは強いけどね」


「あ、その言い方は酷くない! 私だって、もう一人前の冒険者になれるもん」


「その意気だ! だけど、無理だけはしない方が良い! 逃げたかったら……逃げればいいと思うよ」


 逃げたかったら、逃げればいい。

 これは母親にも言われた。

 挑戦は別に構わない。だけど、無理な事はしない方がいいと優は教わった。

 この世界に来る前。病弱で、体が弱い自分。

 だからこそ、周りの協力が必要不可欠だった。


 優の母親は一言で言えばとても温厚で優しかった。

 この【優】という名前も、とにかく優しい子に育ってくれたらと。

 そういう意味でつけられたものだ。


 そう思うと胸が苦しくなる。直接、心臓が掴まれているかのように。

 ここまで何人も殺してきた。クラスメイト、そして大切な幼馴染であり、好きだった相手。


 引き返すつもりはない。今更、罪悪感を感じても仕方がない。

 だけど、やはり優にとって今の子の状態を母親に見せる事は出来なかった。


 得たものは多いが、失ったものも多い。


 優は、軽く深呼吸をしてララに語り掛ける。


「昔、母さんに言われた事なんだよ、これ」


「……そっか、私のママは正反対な事を言っていたよ」


「あぁ、悪い! 無神経な話題で」


「ううん、別にいいの! それよりも、スグルが自分の事を私に話してくれて嬉しかった」


 確かに、優はこの世界に来て生贄にされてから個人的な話はあまりしなくなった。

 特定の人物には、過去の事や生い立ちも明かしている。


 ――――既に優はララの事を信用している。 あの日、見たノース森での彼女の姿。


 まだ、技術も経験も足りないのに必死に立ち向かう光景。

 下手をすれば死ぬ危険性もあるのに。

 それでも、彼女は諦めていなかった。

 自分の為、そして大切な人の為に戦う姿。


 何気ない出会いだったのに、優にある意味影響を与えた人物なのかもしれない。

 関わっていくにつれて、やはり彼女は違っていた。

 不器用だが、真っ直ぐに努力する姿。もう、捻くれてしまった自分とは正反対。


 そして、ララは夜空の光に輝く緑髪を手で触りながら、優に母親の事を話す。


「私のママはとにかく【何事も挑戦! 目の前の障害から逃げてちゃ何も始まらない! だから、若い内に色々と経験しときなさい!】何て言ってたの」


「本当に、反対だな」


「うん、冒険者って言うのもあったんだけどね! とにかく豪快だったんだ、だけど、今でも私の憧れの人!」


「いい、母親だったんだな」


「そう、だから亡くなった時はショックだったなぁ……今でも思い出すと泣いちゃいそう」


 ララが悲しげに作り笑いを浮かべている。

 時間が過去の悲しみを消してくれる。

 しかしそれは、記憶に刻まれている為、フラッシュバックしてくる。


 優は、ララの母親の意見と自分の母親の意見。


 そして、今まで言われてきた言葉。


【辛い事があれば逃げればいい】


 大事な事だ。だけど、自分はそればかりに固執してきてしまったのかもしれない。


 優は唇を噛みながら、過去の自分を思い出す。


 もちろん全てが正しい考え方などない。

 どれも欠陥があり、そして素晴らしいもの。

 だからこそ、優は今がまさしくその時だと感じた。


 回り道をしても転んでも立ち向かう事が大切。


 優はぎゅっと拳に力を入れる。


 そして、ララと向き合いこんな言葉を投げかける。


「泣くなって、ララの母親は今でも空の上から見守ってくれているよ」


「……グス、泣かないって決めていたのに」


「泣く事は悪い事じゃないよ、ほら、これで拭けって」


 たまたま常備していた未使用のハンカチをララに手渡す。

 静かにララはお礼を言って、スグルからハンカチを受け取る。

 シュバルツからこういう時の為に、持っていて損はない。

 と、教えられたから優は常備していたのだ。

 半信半疑だったが、本当に役立つとは思えなかった。


 ――――優にとってシュバルツも必要不可欠な存在である。


 くだらない事から大切な事まで教えてくれた。


 だからこそ、その恩人に感謝しつつ、結果を見せなければならない。


 しかし、優にとってシュバルツの事はあまり明かされていない。


 目的、人物像。いや、発言からして軽いのは理解が出来る。

 いつか、そこら辺も解明が出来ればいいと思った優。


 そして、ララは涙を拭きとった後。


「ねぇ、白土さんの状態は大丈夫なの?」


「今は休んでいるよ、状態は少し悪いけど……心配」


「そっか、スグルは白土さんにベタ惚れだね」


 咳が止まらず、現在は御門に看病されている。

 状態は心配で、今回のニール村に向かうメンバーから外された。

 祝福【ギフト】によってメンバー全員のエンドが供給されている。

 だが、それが負荷となり疲れが溜まっているのだろう。


 かなり白土自身も無理していることが分かる。


 しかし、全員白土のエンド供給が役に立っているのも事実。

 簡単に解決が出来る問題ではないが、ここは全員が協力していかなければならないと思う。


 そして、ララは少し不満顔になりながら。


「私も、スグルともっと一緒にいたい」


「一緒に? 今いるじゃないか」


「違うの! もっと親密な……ううん! 色々な事を教わりたいの」


「あぁ、そんな事か、それだったらこのニール村の遠征が終わったら幾らでもしてやるよ」


「ほ、ほんとに? それは嘘じゃないよね?」


 今回、ララもニール村への遠征に選ばれていない。

 あまりそこに戦力を集中させてしまったら、いざという時に対応が出来ないからだ。

 だから、ララは防衛の為に残しておく必要がある。

 逆に言えばそれぐらい信頼度が高いという訳だ。


 納得して貰うまでに、少々手間取ったが優はララの頭の上にポンっと手を置く。


「嘘じゃないよ、いつになるか分からないけど、必ずまた稽古に付き合ってあげるよ」


「むむ、というか私の方が年上なんだけど」


「そんな差はないでしょ? それよりも色々とありがとな、ララ」


「え? 私は特に何も……」


「いや、大切な事を教えてくれた、それだけで感謝だよ」


 まだまだ苦しい事、辛い事は続く。

 でも、不思議と力が湧いてくる。

 だからこそ、向き合わないといけないと駄目だ。

 あの日、自分が生贄となった場所。


 そして、立ち向かあわなければいけない。


 待っている強大な敵に。


 同時に、優達に新たな問題が迫りつつあった。


 ララと優は約束し、夜が更けていよいよニール村へと向かう時がきた。

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