第62話 首謀者

 あの惨劇から一か月。ラグナロでも様々な所で動きがあった。

 たくさんの死傷者と負傷者が出たのにも関わらず、何も責任がなかった勇者。

 風間晴木は、目的の為に無作為な攻撃、そして、多数の人を殺した。

 そんな人物が何も罪にとらわれないのが、人々の間で反感を買っていた。


「納得が出来ません! 何故、この者がここに平然といるのですか!」


 ここはラグナロの王宮。現在、会議が行われており、多数の貴族や憲兵団。

 そして、騎士団も交えての異例の大きなものだった。

 その真ん中に晴木が偉そうに座っており、他のクラスメイトもその付近に座っていた。


 今は、話し合いの場という事になっている。

 だが、納得の言っていない騎士団の一人が晴木に詰め寄っている。

 彼は今回の一件で家族を殺されて、ただ一人取り残された者だった。

 逃げられなかった人も含めての事だ。


 ガッシリと足を組みながら晴木は叫んでいる兵士を見つめる。

 睨みつけながら、とても威圧的な態度である。

 晴木は見下しながら、その兵士に向かってこう言い放った。


「はぁ、確かに今回の俺の独断でたくさんの尊い命を奪ったのは……本当に心が痛い」


「黙れ! 建前でペラペラと適当な事ばかり! 勇者と言え……」


「おやおや、どうなさいましたか? 久しぶりにこちらに戻ってきたのに、冷静な話し合いをしようではないですか」


「あ、貴方は!?」


 王宮の奥から現れた人物。杖を持ちながらこちらに近付いてくる白髭が特徴的な老人。

 晴木がうんざりとした表情をしながら、その老人【ルキロス】を出迎えた。

 ルキロスはここまでこのラグナロから離れており、ある物を手に入れていた。

 今日この場に来たのは、それを披露する機会でもあった。


 王宮にいる全員が驚く。どうやら、ルキロスが戻って来る事は聞かされていない様だった。

 そして、全員の前に立ち両手を広げ、高らかに宣言する。


「ほほほう……久しぶりじゃ、少し長旅になってしまって戻るのが遅れてしまった」


「いや、あの」


「一体、何のようだ? たく、相変わらず急に現れる奴だな」


「まぁまぁ、落ち着いて下さい……私も、訳ではないのですから」


 意見を申していた騎士は完全に委縮し、晴木も苛立ちを感じていた。

 それもそのはず、ルキロスの力は絶大で、それは勇者晴木の力を軽く凌駕する。

 初めて訓練をした時も、晴木はあまりの力の差に驚いたぐらいであった。

 晴木もそれは重々承知しており、恐らく現段階で一番逆らってはいけない人物である。


 そして、そんな晴木達の話合いは一気に加速していく。


「私が遥々と遠くに行っていた理由……それはこれですな」


 ルキロスが取り出したもの。それは、芋虫のような形をした虫。口元には無数の牙がはえており、噛まれたらただでは済まない。ケースに入ったそれは、ウネウネと中で動き回っており、とても気持ち悪い。悲鳴などが聞こえる中、ルキロスは薄気味悪い微笑みを全体に向ける。


「これは【エンド虫】と呼ばれるもので……使用用途はこのように」


 すると、急にルキロスはケースを開ける。すると、エンド虫が待っていたかのように、意見がある騎士に飛び掛かっていく。


「なぁ! こいつ!」


 この場は騒然とし、騎士の一人は振り払おうとする。だが、見る見るうちにエンド虫は騎士の腕、足、顔を噛んでいく。小さいが力は強く、噛む力も強い。騎士の一人は剣を使う事もなく、無数の箇所を噛まれて地面に崩れ落ちてしまった。

 その光景に悲鳴がこの場に鳴り響く。だが、ルキロスは血だらけの騎士の死体からエンド虫を回収しながら、補足する。


「ほ、ほほぉ……イキがいいですな」


「お前、これは何なんだ?」


「落ち着いて下さい、勇者様! これは、我がラグナロにとって必要なものですぞ」


 ルキロスが言うには。このエンド虫は、捕捉した獲物のエンドを吸収し、溜め込むものである。溜め込んだエンドは使用が可能で、このラグナロの大きな戦力なる事は間違いではなかった。場合や方法によっては他者にエンドを供給する事も出来る。

 このような理由から、ルキロスは長い期間でこのエンド虫を集めていたのだ。

 正確には、ルキロスの力によってこのように利用出来るように変化させたのだが。


 この事実は、晴木はすぐに感づく。ある程度の付き合いな為か、ルキロスが何も裏がないとは思えなかった。晴木は、溜息をつきながらも新たな戦力に喜んでいた。


(これだったら、大した苦労もなくてエンドを集められるな……狂化の壺によるエンド集めはリスクが高いからな、ふふ、ルキロスはいい物を持ってきてくれたじゃないか)


 後ろから感心しながら、晴木はルキロスの事を見ていた。

 だが、この一連の流れにさらに反発する者は増えていく。


「ふ、ふざけるな! 貴方達は騎士団を侮辱しているのか!」


「大した働きもしていない、貴族や憲兵団をその気持ち悪い虫の生贄にすればいいだろ!」


「大体、あの壺にたくさんの人を犠牲にして、生まれたのがあんたらの幸福だけじゃねえないか!」



 このままでは騎士団と他の内紛が起こってしまう。

 貴族たちはビクビクと怯えながら、憲兵団の後ろに逃げていく。

 晴木はウザいと思いながら、その勇者の剣を引いてこの場を鎮めようとした時だった。



「黙れ! 落ち着け、我が騎士団を」


「げ、あの人は!?」


 それは、まるで救世主のように。登場するだけで、とてつもないオーラを纏っている人物。

 長く美しい金髪。光沢のある銀色の鎧に身に包まれ、その端正な顔立ちと容姿。立ち振る舞いもとても綺麗である。金属音を静寂になったこの場に響かせながら。その、謎の金髪美女の騎士は晴木とルキロスに歩み寄って来る。


 途中、倒れている同胞をチラリと見てから、怖い表情で訴えかける。


「おやおや? これは、騎士団長【ルナ・アルバーデン】様ではないですか? こんな場所に何の用事ですかな?」


「御託はいい、知っている癖に名前で呼ばないで頂きたい」


「ほほほ! それは失礼しました」


「それで、私の部下を貴様の実験材料にされて、挙句の果てにこんな大衆の前で晒した罪……どのように償う?」


 最早、もう少しで一触即発の状態。横目で晴木はこの光景を見ながら、固唾を飲む。

 晴木自身もこの金髪美女の騎士団の存在を知らない訳ではなかった。


(……若くして、しかも女で騎士団長までに成り上がった【ルナ・アルバーデン】とても厳しく、融通が利かないが、とても部下想いで信頼は厚い、だが、俺は実際に会って少し思う事がある)


 言い合いには参加せず、晴木は過去に読んだ書物と知識を照らし合わせる。

 実際見ると晴木は何処かで見た事があるような感じがした。

 思い出せない。それにただの推測。それでも、晴木には頭に引っかかって仕方がなかった。


 そして、ルナは黙り込んでいる晴木にも話しかけてきた。


「お前が勇者の……」


「風間晴木、変わった名前だけど気にしなくていいですよ」


 流石に初対面のしかも騎士団長に歯向かう訳にはいかない。

 猫を被って接していると騎士団長のルナが顔を近付けてきた。

 そして、睨み付けて最初から嫌っているかのように。


「貴様が今回の惨事の首謀者か」


「……おやおや? 幾ら、騎士団長であろうと勇者様にその言葉遣いはやめといた方が」


「いや、いいですよ? それよりも、それは聞き捨てられませんね……一体、どういうことなんですか?」


 とぼける晴木。当然、こうするしかない。しかし、顔を近付けられると本当に見覚えがある。直接的な関わりはあまりなかったかもしれない。ただ、懐かしさと同時に悲しさが込み上げて来る。晴木は、遂にルナに個人的な事を問いかける。


「……何処かで僕たちはお会いした事はありますでしょうか?」


「何を言っている? 貴様のような奴と顔を合わせている訳ないだろ! それよりも、説明しろ!」


 ルナは晴木の意味の分からない質問に激高する。

 火に油を注いでしまった。晴木は気のせいだと思って、まずはこの問題をどうにかする事にした。ルキロスがケースに入ったエンド虫を可愛がる中。

 しらばっくれる晴木にルナはある証言を晴木に突き付ける。


「マーク・ハルトという名前に聞き覚えはあるよな? いや、無ければおかしい……何故なら、貴様が止めを刺そうとしていた人物だからな」


「マーク・ハルト……? あぁ、なるほどね」


 その名前を聞いて晴木は聞こえない程度に舌打ちをする。

 あの時。もう少しの所で倒せなかった。その理由は目の前の騎士団長がよく知っている。


「敢えてこの場で言わせて貰うが、貴様は勇者として人を助ける所か……勇者として人を苦しめ、死に葬っている! この意味が分かっているのか?」


「いやいや、僕は自分の精一杯の事をしてるつもりです! 決してそのような事はございません!」


 まるで、それは光の速さのように。瞬時に、ハルトに近付き救出する事に成功した。

 ただ、結果としては最悪。駆けつけるのが遅かったのもあるが、既に甚大な被害が出た後だった。ルナは、唇を噛みながらその時は大声を張り上げた。


 悔しさ、憎悪。これら全てを引き起こした首謀者にぶつける為に。

 元騎士団長ハルトが言うには、勇者風間晴木は危険だという事。

 頭は良くないが、嘘はつかないハルト。ルナは、昔ながらの彼の付き合いだから、下手な言葉よりも彼の事を信じた。


 そして、晴木も記憶を振り返る。


(少し欲張り過ぎたな……白土に接触、回収、クラスの奴らが介入してきたおかげで俺も冷静さを失っていたか……後は、楓はどうした? あいつが簡単にやられるとは思えない)


 晴木は何処にいるかも分からない楓の事を思いながら。同時に、楓の心配というよりは仮に失ったら戦力として大打撃。何とか見つけなければいけないと思った時だった。


「大変です! 再び大量のガリウスが進行中!」


 突然。この場に一人の騎士団が報告に来た。それを聞いてルナは二人から離れ、いつもの流れに乗る。


「大体な場所は?」


「そ、それが……」


「どうした? そんなに危険な所なのか?」


「い、いえ! それが……ニール村と呼ばれる場所何です!」


「ニール村? 何でそんな場所にまた、ガリウスの発生源ではないだろう!」


 ニール村と聞いてルナは頭を抱える。騎士団の調べではガリウスは人の多い所。つまり、エンドが多い場所に集まると言われている。失礼だが、ニール村の人達が豊富なエンド量を持っている人材がいるとは思えない。


 ルナは少し考えた後。


「……そこの遺体を燃やしてしっかりと成仏させてやってくれ」


「ま、まさか! 今から行かれるのですか!?」


「当たり前だ! 休んでなどいられない」


「し、しかし」


「私が行かなければ……それに、この者達に任せる訳にもいかないからな」


「随分と信用が無いですな、我々は」


 ルナは振り向かず背中を向けたまま目的地へと向かって行く。

 騎士団の失態を取り戻すのと。犠牲になった人達の為に。

 騎士団長ルナを筆頭にニール村へと向かう事に。

 だが、それがまた新たな戦いを生む事になるとは誰も知らない。

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