第61話 新たな目的
「優君! 見てこんな採れたよ!」
白土が木のカゴにこのノースの森で採れた木の実をたくさん入れて喜んでいた。
無垢な笑顔を見せつけながら、白土は魚を釣っている優の側に寄って行く。
現在、優は作成した木の釣り竿で釣りをしていた。
二人は主に食料調達の役割を担っていた。外部からの購入は不可能と見たのか。
落ち着くまでは、この方法でやると決めた。
順調な白土とは違って、優の魚釣りは中々上手くいっていないようだ。
「釣れる?」
「そんなにかな」
「そうか、まぁ、気長にいこうよ」
この一カ月間。様々な事で忙しかった。
拠点を決めるのはもちろん。全員が納得出来るような理由を言う必要があった。
ここまで何人も殺してきた。同じ時間を過ごして来たクラスメイト。
思い返せば、狂気的だと感じる。幾ら、生贄に捧げられて復讐心が芽生えたとしても、やはり人を殺す事は許されない行為。それも、元同僚なら尚更だ。
無言の時間が続く。優はじっと魚釣りに集中している。
何か話題を振ろうとしたが、白土は優の真剣な表情を見て黙り込む。
いや、話しかけたいのだが、話しかけられない。
(どうしよう! せっかく距離が縮まって……こ、恋人同士になれたのに)
平然を装っているが、内心とても白土は焦っていた。
勇気を出して今は下の名前で呼んでいる白土。
いや、もう事実上の恋人同士だから当たり前なのだが。しかし、最初は誰でも恥ずかしさがあるというものだ。
ほのかに顔を赤らめながら、白土はうぅ……という声を漏らす。
だが、この沈黙に耐え切れなくなったのか。
「白土さん、ちょっといいかな」
「あ、う、うん! なに?」
「そのさ、白土さんは俺の事を名前で呼んでくれているよね?」
白土はそれを聞いてだらしない声を発してしまう。
ちょっと積極的に行き過ぎてしまった。反省をしながら、その後の展開を考える。
だが、すぐに優が体全体オーバーヒートして処理が出来ていない白土に、フォローするように話す。名前を呼ばれた事に、流石の優も抵抗と恥ずかしい気持ちがあったのだろう。
「だ、駄目だったかな? ごめんね! 嫌だったら元の呼び方に」
「いやいや、そうじゃなくて! 俺も下の名前で呼んだほうがいいかなって」
「……え?」
思わぬ事に白土は困惑気味だった。
だが、その言葉に嘘偽りはなかった。
対等を示すなら。お互いが本当に大切な存在だと思うなら。
確かに、名前で呼び合ったほうが良いのだろう。
けど、白土にとってはそんな軽い女に見られたくはなかった。
だから今まで敬遠していたが、優の方から来るのは珍しい。
そして、間髪入れずに優は白土の名前を呼ぶ。
「結奈……でいいのかな?」
「あ……は、はい」
(よ、呼び捨て!? やばい、心の準備が、出来てないよぉ)
何とか照れを隠そうとしたが、白土は恥ずかしさのあまりどうにかなってしまいそうだった。
顔から湯気が出るくらいに。沸騰寸前の白土は、もう優の顔を凝視出来なかった。
だが、優は白土の手を上に合わせて重ねる。
白く、柔らかい、彼女の手。スベスベとしており、触れるだけで胸のドキドキが止まらない。
それは優も同じだった。今までそんなに女の子との免疫がなかった。
幼馴染の楓ぐらいで、まともな付き合いをした事が無かった。
シュバルツの教えも当然あった。
『おい、少し責め過ぎじゃないか? 俺の教え通りにやれば必ず上手くいくのに』
左腕の相棒は本気なのか。それとも冗談なのか分からない事を言っている。
もちろん、シュバルツの言っている事は正しい。
今まで何度も助けられてきたし、こうやって白土とほのぼのとした時間を味わえるのも彼のおかげ。
しかし、恋愛面は聞かずに自分で何とかしようと決めた優。
そして、優は白土に安心させるように。
「ごめんね、急に焦ったでしょ?」
「う、ううん! その……名前で呼ばれて嬉しいなって」
「……君の前ではやっぱり優しい自分でいれたらいいなと思う、これから色々ともっと辛い事もあると思うけど」
一か月前の楓の事。真実を知って自分の手で殺した。
だからこそ、こんな自分を好きでいてくれる彼女の存在は大きかった。
もう一度あらためて優は持っている釣り竿を地面に置いて、白土と向き合う。
「ずっと、俺と……いや、僕に付いて来てくれる?」
「……はい! もちろん」
この瞬間はとても幸福に満ち溢れていた。
やっと落ち着ける。これからは明るい未来が待っている。
色々と遠回りはしたけど、これでやっと優と白土は結ばれて……。
「ごほっ! ごほっ!」
「……!? 結奈!」
急に咳き込む白土。表情が一変し、明らかに苦しそうである。
感激し過ぎて咳き込んでいる訳でも無さそうだ。
優はとりあえず背中を摩って落ち着かせようとした時だった。
「ちょっとぉ? 何をやってるの?」
そこに駆け付けたのは御門だった。
彼女は元々の医療知識や頭の良さを生かして、薬などの調合をしていた。
今は素材となる薬草を探していた途中らしい。
すぐに、御門は懐から薬を取り出し、白土に飲ませた。しばらくすると、落ち着きを取り戻し、咳き込む事もなくなった。
「あ、ありがと、玲奈」
「別に? 大した事ないわよ」
「助かったよ、恩に着る」
「はぁ、別にイチャイチャするのは構わないけどさぁ? 周りには気を付けた方がいいわよ」
「べ、別にそんなんじゃ」
「というか、どこか見てたんだ?」
「んー? 教えて欲しいかしら?」
優はやっぱりいいと拒否した。
それにしても、白土の状態は心配である。
ここ最近、調子が悪いのか。こういうケースが非常に多い。
何の前兆なのか。優は、御門と談笑する白土を見ながらそう思う。
「それにしてもぉ? このままでいいのかしら?」
「どういう事だ?」
「拠点も決めて冒険者として活動をし始めたのはいいけどぉ……あの街の状況じゃ、何も出来ないわ」
現在のマルセールはガリウスの襲撃によって無法地帯となっている。
他にも噂を聞きつけて盗賊などと言った盗みも来ており、普通の人が住める状況ではなかった。
もちろんそういう輩は出会う度に、返り討ちにしてきた。
だが、一番の気がかりは他にあった。
「それに、ラグナロ……他のクラスメイトや勇者様の動きも気になるわぁ」
「あぁ、それにルキロスもいるとなるとやっぱり現状は厳しいな」
冒険者チーム【ブレイブ】は、正に挑戦者だった。
圧倒的な戦力不足の中で、どう立ち向かうか。
それが非常に重要であった。そして、まず優にとって最優先すべき事。
「【狂化の壺】の破壊が一番だと思う! あれがある限り、例え殺しても……生き返らせるチャンスがあるかもしれないからな」
ある意味、優にとって全ての元凶である狂化の壺。
あの壺が存在する限り、こちらに本当の勝利は訪れない。
それに、あの壺にはまだ分からない事が多い。
まずは少しずつ情報を集めて行く方が先。
優の意見に白土はもちろん。御門も賛成なのか無言で頷いた。
となると何処に行くべきか。優達は考え込む。
ラグナロにあるというのは分かるが、現状の状態で行けるはずがない。
大分、回りくどくなるが遠回りしてでもまずは情報を集めるのが先。
優はそう判断し、考える。
(あの壺は存在しちゃいけないもの……すぐにでも破壊したい所だけど、どうするべきか)
例え、狂化の壺を手に入れてもあの異様な壺を簡単に破壊出来るとは思えない。
根詰めても仕方がないとは思うが、時間はあまり残されてはいない。
今も、ラグナロの連中は本気でこちらを潰そうと準備をしているだろう。
優は釣りをやめて立ち上がる。
「そう言えば、あの村の連中……今まで無視していたけど、今思えば色々と疑問点があったな」
「村……? あぁ、私達が一番最初に来たぁ所?」
ふと、優は考えつく。頭の片隅に眠っていた記憶。
そう言えば、自分はクラスメイトに裏切られたと同時に、あの最初の村の連中に酷い目に遭わされた。
思い出すと怒りが込み上げて来るだけなので、頭の中から抹消する事にした。
優の発言に御門が反応する。
「優君、それって【ニール村】の事?」
「ニール村? ニール村って言うのか……そう言えば名前も知らなかったな」
「そうだね……私もそんなに思い出したくないけど、でも、あの村の人達は異様に壺に関して詳しかったし、行ってみる価値はあると思うね」
ただ、問題としては信用が出来ない事。
それは当たり前だ。一度、地獄を見た村に行くのも狂気の沙汰ではない。
でも、白土も御門もニール村に行くのは賛成の様である。
しかし、二人は情報収集と打開策の為に行きたいようだった。
(……ある意味、チャンスだな! 正直の所、あの村人も許すつもりはないからな……後、あの子に会いたい気持ちもある)
単純な復讐心もあるが、優は気がかりな事があった。
そもそも、自分とあの金髪の女の子アイリスは天秤にかけられていた。
表面上はエンド量や、生贄に差し出しやすかったなど。
理由など幾らでも挙げられると思うが、その中に隠された何かがあると優は予想していた。
(鍵はニール村とアイリスか……はぁ、もう引き返せないか)
優は拳を握り締めて決断する。目指す場所はニール村。
あまり手荒な事はしたくないが、村人達が暴れるなら仕方ない。
既に自分は重罪人。だから迷う必要はないだろう。
だけど、無駄な殺しをしたくない気持ちはある。
(……まぁ、クラスメイトと違って個人的な恨みは少ないし、助けてあげない事もないけど)
勢いで殺してしまわないように。それだけは気を付けなければならない。
「よし、そうと決まればいく人を決めよう」
「……? ここは全員で行動すれば? ほ、ほら! みんなで行けば怖くないからさ!」
「いやいやぁ……選別して行った方が持ってく荷物も少なくなるしよくないのぉ?」
御門の意見は最である。
食料などの問題を考えると、その方が効率的で安全である。
基本的な事柄をサクッと決めて、とりあえず詳しい事は拠点に戻ってからにした。
「あ、綺麗なお花がある! 見に行こうよ!」
すると白土が白い花を見つけて、そこに向かって行く。
何も汚れていない純白な彼女にはお似合いである。
鼻歌を交えながら、白土はこんな風にクラスメイト同士で協力し合える事に喜びを感じていた。
ここまで争ってきたから尚更嬉しく思えている。
その後ろで御門と優は微笑ましくその光景が見えていた、
「羨ましいわぁ、本当に」
「……どうした? 御門らしくないじゃないか」
「うーん? 貴方や私と違って汚れていないと思って」
「おいおい、一緒にしないでと言いたい所だけど……確かにそうだな」
二人にとって。やはり、白土は眩し過ぎた。
素直に太陽の方に向くひまわりのように。
優はそう思うと一緒に歩き続けていいのか。
こんな自分に好意為をもって貰っていいものなのか。
しかし、御門が優の考えを察したのか。
「そこは納得して欲しくない……いぃ? 貴方の為にあの子は命がけでここまできたの! 今度は貴方が命をかける番だと思うけどぉ?」
「……! 驚いたな、まさか御門からそんな言葉を聞けるなんて」
「そうね、昔の自分ならこんなこと言わなかっけどぉ、白土さんの存在が私自身という者を変えているのかも」
「御門とはあまり関わりがなかったから、上手く言えないけど、前よりはいい顔になっていると思うよ」
「……それって口説いてる? さいてー」
「違うって、でも、お互い結奈に影響を受けているのは間違いないね」
楓を失って不安定な気持ちを白土の存在と慰めで安定を保てていた。
本当に優にとって彼女の存在は変えられないものとなっていた。
ずっとこの状態が続けば幸せ。その為に、自分が頑張らなければと優は誓う。
(敵はまだまだ多い……困難もたくさんあると思うけど、全て受け止めて、倒してやるさ)
決して白土に辛い思いをさせない為に。
優は命を削っても困難に立ち向かう決意をした。
だが、先にある復讐を遂げるという目的は忘れずに。
そこだけは優にとって曲げられなかった。
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