第2章 解明と狂化の壺
第60話 冒険者 ブレイブ
あの激闘の日々から一か月が経った。
その間に色々とあった。
まず、サーニャの言った【冒険者】のチームを作るという事。
この街の状況だ。詳しい手続きなどは出来ない。
詳しい事は別の街に行ってからだという意見に落ち着いた。
そして、現在。
「結局ここを拠点にするのか」
沼田が掃除を終えた途端。そう言って近くの椅子に座った。
ギルド協会。とは言っても、元ギルド協会。
一か月前のガリウスの侵攻。イレイザーの発生。
ラグナロにも目を付けられ、憲兵団や他の組織も今後の敵となるだろう。
冷静に考えればこちらに勝ち目はない。
だが、ここで諦めて立ち止まる程。
そんな時間は残されていなかった。
「けど、他の建物も破壊されてる以上……どうしようもねえだろ?」
出水が後ろから話しかけてきた。
その隣には飛野もいて、マスクをしながら疲れた表情をしている。
この一か月の間。主に出水と飛野と沼田の三人で付近を散策していた。
だが、ノースの森もガリウスが複数潜伏しており、とてもじゃないが拠点としては採用が出来なかった。
結果的にこのギルド協会が沼田達の拠点となった。
掃除を終えて一段落をついて沼田は状況を整理した。
「まず、これからの事だけど、俺達は【冒険者】のチームとして【ブレイブ】として活動する事になったんだよな」
「まぁ、名前は置いといて……本当に俺達協力するんだよな?」
「ここまで黙っておいて悪いんだけど大丈夫なのか?」
飛野は心配しながら出水と沼田に語り掛ける。
確かに、ここまで飛野は何も言わず付いてきた。
他に当てがないからというのもある。
ただ、疑問点や問題点はたくさんあった。
ブレイブという組織名は意味合いとしては【挑戦】【勇者】というもの。
普通の方法では太刀打ち出来ない。
だから、様々な事に挑戦。勇気を振り絞っていくという事だった。
ラグナロと狂化の壺。勇者の力を持つ風間晴木。
そして、残るクラスメイト。さらには後ろにルキロスも控えている。
単純に戦力を考えると圧倒的にこちらが不利。
その辺も含めて、沼田達は危険だと感じていた。
「笹森が強大な力を得たのはいいが……逆にそれだけだろ? 俺達はただ合流しただけで何も」
「んなこと、分かってるよ! というかお前らはまだいいだろ! 俺なんて……本当にゴミみたいなものだからな」
飛野が思わず口を塞ぐ。
沼田はジト目で二人の方を見ている。
いつでも切り捨てられる覚悟。それは沼田自身にもある。
どの世界でも、有能な人材というのは人格に多少の問題があろうと生き残る。
ただ、逆に無能な人材は簡単に捨てられる。
理解しているからと言ってそう簡単に割り切れない。
沼田は指を噛みながら深く考え込む。
(畜生……笹森はあんなに強大な力を身につけたのに、俺にだってそんなイベントあってもいいだろ)
苛立ちを隠せない沼田。
ただ、出水はポンっと沼田の肩に手を置く。
「気にするな! 少なくとも俺達はお前の事をゴミなんて思っちゃいねーよ」
「はぁ? あのなぁ、この一か月……何度もガリウスと戦闘にあったけど俺は何も出来なかっただろ!」
沼田は激高するのはここまでの期間の事である。
そもそも自分がこの役割なのがおかしい。
戦闘能力は皆無。足を引っ張るだけであるのに。
また、嫌がらせだと思ってしまう。
しかし、実際の所はそうではなく、出水が沼田も連れて行きたいと言ったのだ。
「いやいや! お前がいなかったらどうなっていたか、もっと時間がかかっていたかもしれないぜ?」
「ガリウスの前でへっぴり腰になってたのに……やめろよ」
「いや、出水の言う通りだ……俺達じゃ作戦とか戦術分からねえからな! もう、正面突破しかない」
出水と飛野が顔を見合わせて笑い合う。
楽観的過ぎると沼田は溜息をつく。
確かに、二人の考え方は短絡的だ。
ガリウスとの戦闘もかなり無駄があったように感じた。
幾ら、エンド量が豊富でもこれではかなり今後厳しくなる。
でも、逆に言えばこれまでこの方法でやってこれたという事実もある。
やはり、自分と比べて才能の塊だ。
磨いても輝かない自分とは雲泥の差。
ただ、出水も飛野も沼田にはとても感謝していた。
「お前はもっと自分に自信を持てよ! 顔は悪いかもしれねーけど」
「あぁ!? それは余計だろ! はぁ」
「おいおい、出水……そこは敢えて言わなかったのに、黙っといてやれよ」
「もういい! それ以上言うな! 悲しくなる」
虐めているのか弄られているのか。この一か月共に行動する事が多かったこの三人。
気が付けば、現実世界にいた時よりも意気投合していた。
ある意味、互いの事を知るいい機会であった。
そして、さらに騒がしくなる人物も入って来た。
「あれー? みんな集まってるの? と思ったら……むさ苦しい男共だけだった」
「どーも、サーニャさん、むさ苦しい三人組です」
「いやいや、むさ苦しいは余計だろ……」
出水が軽く手を挙げてあしらう。沼田は目つきを鋭くしながらサーニャを睨み付ける。
舌を出しながら笑いながら。サーニャは料理を作ってこちらに運んで来た。
奥の厨房からいい匂いがしてきたのもそれである。
長年、ギルド協会の受付嬢として活動してきたサーニャにとってこれぐらい朝飯前である。
料理をテーブルに置きながら、サーニャは出水達にこんな事を聞く。
「それにしても、本当に良かったの? 貴方達」
「あぁ、何の事ですか?」
「……ラグナロを抜け出して憲兵団に所属していた人が、勝手に冒険者になるなんて聞いた事がないわ」
基本的に憲兵団は一度所属するとやめる人は少ない。
安定しており、死の危険性が他の組織と比べて可能性が低いからだ。
収入面や先の事を考えると冒険者よりも格段に待遇がいい。
それなのに、飛野と出水はそれを蹴って自ら茨の道に進んでいる。
理由として色々考えられる。
だが、出水は用意されたスープを一気に飲み干して高らかに宣言する。
「元々、俺は……こっちの方が性に合ったかもしれない」
「でも、憲兵団の方が」
「楽なのはあっちかもしれないが、俺は今まで怖がって憲兵の方にいただけだった! あの、勇者の言いなりになってな」
勇者という名の風間晴木。現実世界にいた時から彼には驚かされ、怯えていた。
表面上は仲良く接していてつもりだった。
だが、風間にとって出水は一人の使える駒。そして、出水にとっても本当の友達ではなかった。
熱さを我慢しながら。同時にスープの美味しさを全身で感じながら。
「けどな、もう……決めた! この街の惨状、もうこんな事にならねえように! 少しでも……俺は救いたい!」
出水は声を張り上げて、普段なら恥ずかしさでどうしようもない発言も苦にしなかった。
いつもと違う雰囲気の出水に飛野と沼田は唖然とする。
恐らく、二人が胸の内に秘めている考え。
(あれ? こいつって……こんな奴だったか?)
一瞬、困惑するが出水の表情を見てそれが真剣だと察する二人。
今回の事件で精神的にも成長したと信じたい出水。
だが、自分にとっての敵は強大である。
(晴木……いつか、お前に追い付いて追い越してやるから覚悟しとけよ)
目付きを鋭くしながら出水はサーニャの食事を口に運ぶ。
ただ、一気に行き過ぎたのか。
「がはっ! ごほっ」
「あーん! 欲張り過ぎよ! せっかく張り切って作ったのに」
「おいおい! カッコつけたのに何だよそれ!」
飛野は出水の表情に堪え切れず笑う。
サーニャは出水の背中を叩きながら吐き出させようとする。
その光景を遠目で見ていた沼田が、呆れながら。
「……本当に大丈夫なのかよ」
そんな心配の中。別の場所では、新たな目的地を目指す話が進んでいた。
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