【第10章】再会

チチチ ピチチチ



 小鳥のさえずりが聞こえる。閉じたまぶたの上から、眩しい光が照りつけてくる。


 わたしは重いまぶたをこすりながら、寝返りをうつ。温かくて柔らかいものに触れる…そして目の前には優しくこちらを見つめている男性…蒼がいた。


「おはよ」


 蒼はわたしが起きたのを確認すると、毎朝の日課のように、軽く唇にあいさつをくれる。わたしも顔が熱くなるのを感じながらも、お返しをする。


「おはよ。あれ?いつの間に、蒼の実家に泊まってたんだっけ?」


「ええ?まったく覚えてないの?昨日1人じゃ怖くて寝れないからって、わざわざうちにまで来て、布団に潜り込んできただろ?」


「えーっ!?そうだったっけ?うーん…そうだったような…そうじゃなかったような…」


 すると、少年は急に真顔になり、わたしの髪の毛を優しく梳いてくれる。


「本当は…俺の親父の通夜があるから、俺の方から来てって頼んだんだ。兄貴もこっちに戻ってくるし、親戚もみんな手伝いに来てくれるけど、やっぱり樹里が側にいてくれないと心細くて…」


「えっ!?ごめん………なんでわたし、そんな大切なこと忘れてるんだろう…」


 忘れてるのって…このことだっけ…?何か別なことを忘れてる気がするけど………


ーーーーー256ーーーーー


「そういえば!ほら!」


 少年はおもむろに布団の中をまさぐると、白い生物を腕に抱き、わたしの目の前に掲げる。


「あ!プラム!!!いつの間に、布団の中に入ってたの?」


「お前ん家の猫!うちの守り岩のところで鳴いてるとこ見つけたから、連れてきた」


「あれ?ああ、そっか。うちのアパート誰もいないから、蒼に預かってもらってたんだっけ?うーん…最近記憶力悪くなってきたのかなあ」


 ふっ、と少年は破顔すると、白猫をわたしに差し出す。


「とりあえず、抱いてやれよ。久しぶりだろう?」


「う、うん。プラム、おいで♪」


 プラムを抱き寄せると、首に何かがかかっているのに気づく。銀の見事なまでの細工が施された…首輪…が細い首についている。


「プラム…これなあに?」


 首輪を触った瞬間、ひどく懐かしいような、切ない映像が頭に流れてくる。



 銀色の髪の毛を風になびかせ、引き込まれそうなほどに赤い瞳をこちらに向けている男性…



 でもその映像はほんの一瞬で消え、目の前では蒼が不思議そうな顔をして、こちらの顔を覗き込んでいる。


「どうかした?」


「いや…何でもないよ!」


 どうしてだか分からないけど、わたしはさっきの男性を知っている気がする。だけど、蒼に話すと焼きもち妬いちゃうかなあと思い、とっさに誤魔化す。


ーーーーー257ーーーーー


 “変なやつ♪”と蒼はわたしの頭をわしゃわしゃと撫でると、そろそろ起きようと立ち上がる。その時に、首から光るものが零れ落ちるのが見える。


「蒼!何か落ちたよ」


 落ちたものを拾い上げると、今度はさっきよりもはっきりとしたイメージで映像が見える。



 美しくて長い黒髪をした女性が、先ほどの銀髪の男性の首にクロスのネックレスを掛けている。



 それから、女性はこう呟いている。


《あなたはわたしがいない現実に、とても耐えられないでしょう。だから、以前と同じように、あなたの記憶はわたしが封印しましょう。わたしのことは忘れて、幸せに生きていってください。いつか会えるその日まで、お元気で》


「おい、樹里!?大丈夫か?怪我でもした?」


 蒼がなぜだかひどく動揺して、ネックレスを握りしめるわたしの手を調べている。ああ………わたし、泣いていたんだ…



 頬に滝のように流れ落ちる温かいものを感じ、わたしは流れるままにしておく。



『そう…つらいことは、涙に流してすっきりしてしまえばいい』



 何処からともなく、温かいメッセージが伝わってくる。



 ふと…窓辺の方を見上げると、黒猫が窓のさんに腰をかけている。



 あ!っと思った瞬間には、黒猫の姿は消えていた。


「ねえ、蒼。猫って窓に腰掛けたりするのかな?しかも話しかけてきたりする?」


「何言ってんだよ樹里は。おもしろいやつ♪」


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 蒼はそう言うと、整った顔をこれでもかというほど崩して笑い始める。わたしも最初はつられて笑っていたが、蒼の心の内を感じ取るとたまらず


「わたしの胸で泣いていいよ」


と言ってしまう。それを聞いた少年は、一瞬動きを止めると、すぐに吹き出す。


「それは無理だよ。違う気分になっちゃうだろ」


「違う気分って?………あ」


「なあに考えてんの」


 少年はそう言いながらも、顔を真っ赤にして、わたしの頭をヘッドロックしている。良かった…いつもの蒼に戻っている。


「そう言えば、うちのクラス担任の岡崎な。なんかボランティアに目覚めたらしくて、教師やめて世界中飛び回るんだと」


「へえ、あの先生が?英語あんまり上手くないけど、やっていけるのかな」


「ぷぷぷ…あと凪だけど、親父さんの仕事の関係でアメリカに行ったらしいよ」


「へ?凪は中学上がったばかりの頃からアメリカでしょ!?何言ってるの、蒼ったら今更♪」


 “あ、そうだったよな”と少年は照れ臭そうに頭をかくと、部屋の前に蒼の妹の翠淋が立っているのに気づく。


「朝からお熱いことで。蘇芳兄いと親戚のおじちゃん達がもう来たよ。樹里さん、ごゆっくりどうぞ」


 翠淋はそう言うと、お茶を出してくれる。どことなく、いつもよりも歓迎してくれている気がする。


ーーーーー259ーーーーー


「樹里さ……………あと2年待ってくれる?」



「ん?何が?」



「いや、何でもない」



 そそくさと逃げるように玄関に向かう蒼の後を見ていると、とろけるような幸福感に包まれる。



 その時、耳元でざりざりと舐められるような感覚に襲われる。



 振り返っても、触ってみても、そこには何もいない。



 玄関の方に大勢の気配と、自分を呼ぶ声がする。



「樹里、置いてくぞ?」


「蒼ーーーーー待って」



 少年の背中にいきなり飛びつくと、耳元で囁く。



「2年後に、また言ってね」



 初夏を思わせる暖かな風が、2人の中をゆっくりと駆け抜けていった。


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夢喰 第1部 -覚醒編ー 月冴(つきさゆ) @Tsukisayu

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