【4】罪と咎(内なる存在目線)

 全身から溢れ出すエネルギーを感じる。




 動物たちの息づく様、植物たちの根づく様、この世に生きとし生けるもの全ての活動を感じる。




 空気が…音が…光が…全ての速度がスローモーションとなって私の周りで戯れている。




 今まで見えていた世界が、別世界のようにキラキラと輝き出す。





 もう腕の痛み、心の痛み、地面の感触は感じない。





 心を支配していた、あらゆる疑問が解けていく。








 そして、知る…自分が “何者” であるかを。


ーーーーー244ーーーーー


 わたしはほんの数秒前までは、自分を羽交い締めにしていたはずの腕から逃れると、すっかり言葉を失っている男性の前に進み出る。




 そして、月の光をより一層キラキラと反射させている、美しい瞳を覗き込む。赤い湖水に浮かぶ月のように、少しの風でも月影は滲んで消えてしまいそうに揺れている。




 その瞳を見つめると、地中深くから湧き上がる灼熱の炎のように、愛おしさがとめどなく溢れてくる。





「ずっと…その首飾りを持っていてくれたんですね」





 どうにか崩壊を免れていた男の涙腺から、一筋の涙が零れ落ちる。




 それから目をゆっくりと閉じると、掠れた声で囁く。


ーーーーー245ーーーーー






このときを…




     …ずっと…




         …お待ち申し上げておりました






ーーーーー246ーーーーー


 そのまま男はわたしの足元にひざまずくと、右手を取り、甲に長い…長い口づけを落とす。






 このまま言葉を交わさずに、ずっと一緒にいたい…




 できることならば、全てを投げ捨ててでも、彼と2人で生きていきたい。




 けれど、わたしには言わなくてはいけないことがある。


ーーーーー247ーーーーー


「やっと、お傍に駆けつけることができました」




 先に口火を切ったのは男の方だった。彼の美しい顔には、もう涙の影はなかった。それから、無垢な笑顔をわたしに向けると、わたしも同じように心からの笑顔を返すことができる。



 思い出した…彼はわたしの前ではいつも、子供のような無邪気で無防備な顔を見せてくれていた。




「夢喰さん…それと、蒼。樹里を守ってくれてありがとう」




「礼を言われることなんてありません。これが私のさだめですから。ですが…」




 そう言うと、男はわたしを軽々と持ち上げ、胸に抱き寄せると耳元で囁く。




「これからは、貴女だけをお守りしていきたい。そのためなら、私の役目を放棄してもいい」


ーーーーー248ーーーーー


 ああ、そうだ。彼は昔からわたしのためだったら命すらも投げ出してしまえる。彼がさだめを放棄するというのは、そういうこと…




「夢喰さん。わたしはあなたとは一緒にはいられません」



「なぜですか!?立場の問題だったら、私は自分の命など惜しくありません。貴女と一緒にいられないならば、すべてが無意味だ…」




 至上の愛の囁きに、わたしの決断は揺れ動く。だけど…




「あなたも、本当は分かっているはずです。わたしたちは住む世界が違う…あなたは光…わたしは本来は闇です…」



「違う!貴女はたまたまそちら側に生を受けてしまっただけだ!貴女は少しも闇に染まってはいない」


ーーーーー249ーーーーー


「それに…わたしたちだけの問題ではないのです。ほら、夢喰さんにも見えるでしょう?わたしが覚醒してから、現世に悪夢が漏れ出しているのを。たった3日間で、ここまで浸透してしまいました。夢魔や無魔たちも、これからさらに増え続けるでしょう」




 わたしが指差した方角では、空に大きな亀裂が入り、すこしずつ深淵なる闇が溢れ出してきていた。おそらく、わたしがここで目覚めている限り、裂け目は大きくなる一方だろう。




「それならば、私が退治してみせます。こちらの秩序は守り抜いてみせます」



「そうではありません。わたしと夢魔は敵ではないのです。わたしは彼らとて、憎めはしないのです」



「…では、私もシヴィルのようにー」



「だめ!!!」




 感情の起伏に呼応するように、さらに空間の裂け目は大きくなる。もう、わたしにはわずかな時間しか残されていない。


ーーーーー250ーーーーー


 その時、それまで放心状態だった岡崎が、地響きによって我に返る。




「お、お前らあ!!!許さねえ」




 震える手で拳銃を構え直すと、少年に向かって1発の弾丸を発砲する。



 無我夢中で少年を突き飛ばす。良かった…蒼は無事だった。





「ジュリ………!!!」



『ジュリ!!!』




 どうしたんだろう?2人が泣いている。それに、全身を包んでいた力が一気に萎んでいく。



 わたしは自分の胸に手を当てると、掌が真っ赤に染まっていることにようやく気づく。


ーーーーー251ーーーーー


 足からはみるみると力が抜けていき、倒れそうになったところで大きな手に抱きしめられる。




「良かった………夢喰さんが無事で………」



「なぜ…私を助けたんだ…!」



「ふふ…当たり前じゃない。それに、これであなたの予言は完遂される…掟は守られた」



「そんなこと…」




 滅多に泣かない男が、今日だけで何度も涙を流している。わたしはこの愛しい男性を泣かせてばかりいる。いつだって笑顔でいて欲しいのに…それができるのは………




 左腕の腕輪に軽く触れると、最後の夢神器 “音の鳴らないオルゴール”が飛び出してくる。



 鳴らないはずのオルゴールは、わたしの願いを聞き入れると、突然蓋を開け、幻想的な音色を奏で始める。



 その音色を聞いた蒼、ルゥ、岡崎は、頭を揺らしながら微睡まどろみ始める。


ーーーーー252ーーーーー


 目覚めたときには、わたしの存在も、今から言うことも全て忘れてしまってるはずだけれど、そのままで聞いてください。




 まず、樹里は大丈夫です。わたしの生命力をほんの少し吹き込んだので…




 その代わり、わたしは長い眠りにつきます。次はいつ目覚めるかは分かりません。1年後かもしれないし…樹里が死ぬまで目覚めることはないかもしれません。





 わたしは元々目覚めてはいけないもの “悪” なのです。




 彼女は…樹里は…私の中の唯一の “善”




 どうか、彼女を慈しみ、愛し、見守ってあげてください。






 本当は………


ーーーーー253ーーーーー


 あなたとともに歩いていきたかった



 ただ、同じ空間にいられるだけでも良かった



 だけど、それは叶わない夢………





 わたしのことを忘れないで欲しい



 でも………忘れてください







 いつか一緒になれる日がくるまで









………さようなら………


ーーーーー254ーーーーー


 わたしは目をつぶったまま動かなくなった男性に、ゆっくりと顔を近づける。




 両のてのひらで顔を包み込むと、心なしか笑っている気がする。




 わたしは最後に唇に触れるだけのキスをする。





「あなたを…心から愛しています」





 オルゴールから流れてくる音色が少しずつ




途切れ途切れになっていき




音を奏でるのをやめたとき…












 この世から闇はすべて消えていた。


ーーーーー255ーーーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る