【2】咎と咎人

 全国有数の大学院大学の豪壮な門構えが、2人と1匹の前に立ちはだかっている。真夜中のために門は固く閉ざされ、中もほとんど明かりは灯されていない。



『夢喰様。こちらで本当によろしいのでしょうか?』


「そのはずだが…嫌な気配ひとつしないな…ただ」


 そう言うと、蒼は門に手をかざし、いとも簡単に解錠する。


「人の気配はある。行こう」


 先導する黒猫に続いて、蒼が門をくぐっていく。



ようやく…


ここにやってきた。


もう、後戻りなんてできない。



 樹里は辺りの空気を力いっぱい吸い込むと、覚悟を決めて門をくぐる。



 少年と黒猫は振り返ることもせず、ずんずんと先に進んでいってしまう。


 樹里は切なさを覚え、少しずつ遠くなっていく少年の背中にいきなり飛びつく。


 少年は一瞬体を強張らせるが、動きを止めると、ゆっくりと言葉を選びながらぽつりと呟く。


ーーーーー231ーーーーー


「私が樹里さんといられるのは………あとわずかです。きちんとお役目は果たします」


 お腹に回されている樹里の手に、蒼の手が重なる。大きくて力強い手が、心なしか震えている。


「いや!なんでそんなこと言うの?」


「私は樹里さんをお守りするためにいるのです。そのお役目が済めば、あなたは私のことは忘れます。何も悲しむことはありません」


 これ以上大切な人を失くすわけにいかない。樹里は心の叫びを抑えることができず、泣き喚く。


「違う!絶対忘れないもん。蒼と夢喰さんが一緒だと知って、どれだけ嬉しかったか分かる!?2人は融合したんでしょ?」


「そうですね…でも、ご安心ください。蒼は変わらずあなたのお側にいるでしょう」


ーーーーー232ーーーーー


「わがままだって言われてもいい。自分勝手だってけなされてもいい。私には2人とも大切で…必要なの…だから………!」


違う違う。こんなことが言いたいんじゃない。


なぜか分からないけれど、夢喰さんは真実を言っていない。


何かがおかしいと…心の奥底から訴えかけてくる。


「樹里さん…あまり………私を困らせないでください」


 振り返った蒼と目が合った瞬間、強引に唇が奪われる。


 夢喰さん…泣いて…いる?そう思った時には、視界がぼやけて全身の感覚がなくなっていた。




 遠ざかっていく意識の中で聞こえたのは、それまで聞いたことがないほどに優しい愛の言葉であった。


ーーーーー233ーーーーー


 耳にざらざらする感触が触れる。


『ジュリ…ジュリ…?』


 目を開けると、ルゥが心配そうに顔を覗き込んでいる。黒猫は目に涙をいっぱい溜めて、今にもせきが崩壊しそうな顔をしている。


「ルゥ………蒼。いえ、夢喰さんは!?」


『本当は、言うなって言われたんだけど。夢喰様はお1人で、直接対決をしに…』


「どういうこと?」


 黒猫は耐え切れないとばかりに突っ伏すと、泣きじゃくる。


『お願いだ。夢喰様を止めてくれ。このままでは…』


「…このままでは?」










       『…夢喰様が、死んでしまう…』









ーーーーー234ーーーーー


 頭の中が真っ白になった。





 全身の血の気が引くってよく聞くが、今までこんな感覚想像もしていなかった。





“夢喰さんが死んでしまう”





 この言葉が頭の中を延々とループする。





………………行かなければ。


ーーーーー235ーーーーー


 理由なんて聞かなくても良かった。



 どこに行くのかも分かっていた。



 一番最初に夢喰さんに会ったときに見せてもらったヴィジョン…



 あそこが、目指す場所だ。





 樹里は追いかけてくる黒猫を後ろに感じながら、無我夢中で駆ける。



 通り過ぎる景色を振り返りもせずに、一直線に目的地へとひた走る。





 その時、ひとつのビルの前で全身が脈打った…ここだ。


ーーーーー236ーーーーー


 ビルの玄関を全力で蹴破ると、一気に階段を駆け上がる。



 はやる気持ちを抑えられない。



 途中何段か転げ落ちそうになるが、そんなことはどうでもいい。





 ビルの10階分を持てる力の限り駆け登ると、ようやく屋上に続く扉の前に辿り着く。



 一心不乱に扉を蹴破る。







中には最愛の人と…





最も憎むべき相手が立っていた。


ーーーーー237ーーーーー

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