【2】咎と咎人
全国有数の大学院大学の豪壮な門構えが、2人と1匹の前に立ちはだかっている。真夜中のために門は固く閉ざされ、中もほとんど明かりは灯されていない。
『夢喰様。こちらで本当によろしいのでしょうか?』
「そのはずだが…嫌な気配ひとつしないな…ただ」
そう言うと、蒼は門に手をかざし、いとも簡単に解錠する。
「人の気配はある。行こう」
先導する黒猫に続いて、蒼が門をくぐっていく。
ようやく…
ここにやってきた。
もう、後戻りなんてできない。
樹里は辺りの空気を力いっぱい吸い込むと、覚悟を決めて門をくぐる。
少年と黒猫は振り返ることもせず、ずんずんと先に進んでいってしまう。
樹里は切なさを覚え、少しずつ遠くなっていく少年の背中にいきなり飛びつく。
少年は一瞬体を強張らせるが、動きを止めると、ゆっくりと言葉を選びながらぽつりと呟く。
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「私が樹里さんといられるのは………あとわずかです。きちんとお役目は果たします」
お腹に回されている樹里の手に、蒼の手が重なる。大きくて力強い手が、心なしか震えている。
「いや!なんでそんなこと言うの?」
「私は樹里さんをお守りするためにいるのです。そのお役目が済めば、あなたは私のことは忘れます。何も悲しむことはありません」
これ以上大切な人を失くすわけにいかない。樹里は心の叫びを抑えることができず、泣き喚く。
「違う!絶対忘れないもん。蒼と夢喰さんが一緒だと知って、どれだけ嬉しかったか分かる!?2人は融合したんでしょ?」
「そうですね…でも、ご安心ください。蒼は変わらずあなたのお側にいるでしょう」
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「わがままだって言われてもいい。自分勝手だってけなされてもいい。私には2人とも大切で…必要なの…だから………!」
違う違う。こんなことが言いたいんじゃない。
なぜか分からないけれど、夢喰さんは真実を言っていない。
何かがおかしいと…心の奥底から訴えかけてくる。
「樹里さん…あまり………私を困らせないでください」
振り返った蒼と目が合った瞬間、強引に唇が奪われる。
夢喰さん…泣いて…いる?そう思った時には、視界がぼやけて全身の感覚がなくなっていた。
遠ざかっていく意識の中で聞こえたのは、それまで聞いたことがないほどに優しい愛の言葉であった。
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耳にざらざらする感触が触れる。
『ジュリ…ジュリ…?』
目を開けると、ルゥが心配そうに顔を覗き込んでいる。黒猫は目に涙をいっぱい溜めて、今にも
「ルゥ………蒼。いえ、夢喰さんは!?」
『本当は、言うなって言われたんだけど。夢喰様はお1人で、直接対決をしに…』
「どういうこと?」
黒猫は耐え切れないとばかりに突っ伏すと、泣きじゃくる。
『お願いだ。夢喰様を止めてくれ。このままでは…』
「…このままでは?」
『…夢喰様が、死んでしまう…』
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頭の中が真っ白になった。
全身の血の気が引くってよく聞くが、今までこんな感覚想像もしていなかった。
“夢喰さんが死んでしまう”
この言葉が頭の中を延々とループする。
………………行かなければ。
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理由なんて聞かなくても良かった。
どこに行くのかも分かっていた。
一番最初に夢喰さんに会ったときに見せてもらったヴィジョン…
あそこが、目指す場所だ。
樹里は追いかけてくる黒猫を後ろに感じながら、無我夢中で駆ける。
通り過ぎる景色を振り返りもせずに、一直線に目的地へとひた走る。
その時、ひとつのビルの前で全身が脈打った…ここだ。
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ビルの玄関を全力で蹴破ると、一気に階段を駆け上がる。
途中何段か転げ落ちそうになるが、そんなことはどうでもいい。
ビルの10階分を持てる力の限り駆け登ると、ようやく屋上に続く扉の前に辿り着く。
一心不乱に扉を蹴破る。
中には最愛の人と…
最も憎むべき相手が立っていた。
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