【第9章 1】決別のとき
意識を失った妹を、蒼の母 咲羅 に預けて、2人と1匹は光明神社へと向かう。
蒼の母はこんな夜更けに…などと言うことは一切言わず、何も聞かずに送り出してくれる。
守り主を失った神社の境内は、病院の屋上とは比べ物にならないほど、淀んだ空気に包まれている。
その中でも、とりわけ本殿の遥か後方の一角に、邪悪な気配を感じる。
「遅いよー2人共」
光明神社の守り岩…だったものの前に、見覚えのある女性が腕組みをして待っている。
「凪…あなた、なぜここに?」
何となく返答の予測はつくものの、樹里は恐る恐るもう1人の幼馴染に言葉を投げかける。
「2人がここに来るんじゃないかって、勘よ勘♪」
楽しそうにカラカラ笑っていた凪が、樹里と蒼の距離感に気づき…一瞬笑顔を曇らせるが…すぐに屈託のない笑顔に戻る。
「へえ………見せつけてくれるじゃない?もう、私にはどうでもいいことだけどね」
そう言うと、かつて結界があった場所を指差し、とんでもないことを言い出す。
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「そうそう。私にも素敵な人が現れたのよ…蒼くんよりも素敵な人、紹介してあげるね」
凪の指差す先には、何者もいない…しかし、空気をも凍らせるこのヒヤリとした感覚、姿など見えなくともすぐに何者か分かる。
「シヴィル…久しぶりだな」
真っ先に口火を切ったのは蒼であった。
「夢喰…お前…随分と雰囲気が変わったな。蒼とすっかり融合を果たしたからなのか…?」
「お前もしばらく見ないうちに、すっかり暗くなったな」
くっくっくとシヴィルは
「この女…連れて行くことにしたからな。なあに、お前も樹里も、こいつが目障りだっただろう?私がその悩みの種を刈り取ってやるよ」
「な…!何言ってるのよ!?凪は大切な親友よ。行かせるわけないじゃない!」
すると、幼馴染は驚くほど恐ろしい形相をして、樹里を睨みつけてくる。かつての親友の面影は、そこに一切残ってはいない。
「樹里は黙ってて!!!私は蒼くんが行くなって言うなら、言うこと聞いてもいいのよ?その代わり、樹里とは別れて私と一緒になるのよ」
迷うこともなく、ため息をつくと蒼は首を横に振る。その様子を見た凪はせせら笑い、聞いたこともないほどに低い声を出す。その話し方…笑い声…全てがシヴィルとシンクロしている。
「ふん…聞くまでもなかったようね。あんたも女見る目ないわよね。くくく…そんな純情しか取り柄がない女の何がいいんだか…」
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「待って…こんなのおかしいよ…凪…あなたらしくない…」
目の前に霞がかかり、視界がぼやけてくる。頬に、顎に、首に温かいものが伝い落ちる。その様子を見た幼馴染は…一瞬目を見開くが…すぐにかぶりを振ると、嫌味の応酬を繰り出す。
「あんた…泣き虫も大概にしなさいよ。泣けばみんなが構ってくれるとでも思ってるの?そういうところが、昔は私も好きだったけど、もう騙されないんだからね。大体ー」
「いい加減にしろよ!どこまで盲目なんだ?お前のことをこれだけ愛してる者を、どうしてそこまで信じられないでいられるんだ…凪、お前こそ変わったな。シヴィルの存在以前の問題だ…」
食い気味に突っかかってくる少年に、かつての親友は言葉を失う。しかし、間もなく口調を和らげると、
「な………!もういいよ。今日はお別れを言おうと思って、ここで待ってただけだから」
と言い放つ。
「あ…そうだ!凪のお母さん、危篤状態なの!早く病院に行ってあげて」
すっかり失念していた事を伝えると、幼馴染は少しも驚いた様子を見せずに淡々と語り出す。
「ああ。私の身代わりになってもらったの。母には申し訳ない事したわ。この間、うちの店で火事があったじゃない?あの時、本当は私が命を狙われていたのよ。そこをシヴィルさんが助けてくれたってわけ。あんたの大好きな夢喰さんと同じよ。かつての同志だったっていうのは聞いてるわよね?」
蒼を見ると、伏し目がちに頷いている。その長いまつ毛がわずかに震えている。
「シヴィルと私は、かつて同じものを志す同志だった。だが、あることをきっかけに、進む道は分岐してしまった。シヴィルは…本当はー」
「やめてくれよ。そんな昔のことは忘れた。大体、当時の誓約にがんじがらめになってる立場よりも、今の方がずっと充実した日々を送れている。夢喰…お前こそ哀れだな」
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「そんなことより!巻き込んで…しまったんだな。自らの母を生贄に差し出してしまったのか。もう…凪…お前は元には戻れない…ならば」
蒼は悲しげな表情を浮かべると、両の掌より紅蓮の炎を
その炎は瞬く間に美しい紅蓮の神獣 ー鳳凰ー へと姿を変える。
「だめえ!!!!!」
見た瞬間に、走り出していた。
と同時に蒼の手を離れた神鳥は、凪に向かって飛翔する。
あとちょっとで到達してしまう…そう思ったところで、鳳凰は進路を変え、上空高く消えてしまった。
「ほんっと!あんたは、最後までお人好しなんだから」
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冷や汗を浮かべながら、凪は岩に手をついている。手が蟻地獄に吸収されていくように、音を立てながら岩の中へと引きずり込まれていく。体のほとんどが吸い込まれ、ほとんど顔だけが残った状態で、凪が意味深な台詞を残し消えていった。
「樹里、お人好し返しで消える前に教えてあげる。あんたの愛しの夢喰さん…彼には昔から心に決めた人がいるのよ?」
『もう、ここは通れないみたいだな』
放心状態の樹里と、絶句している蒼の代わりに、黒猫が岩を叩いている。
大切な…かけがえのない親友を…行かせてしまった。
これが、自分が下した決断のせいなのだろうか。
言いようのない心の痛みに、胸が張り裂けそうになる。
ふと、うなだれている樹里の左手が握られる。“大丈夫だよ”という蒼からの温かいメッセージだ。
しかし…どこか上の空のような…そんな気がする。
《気のせいよ、気のせい。かつての親友の最後の嘘に、ほんの少し、心が揺れ動かされただけ》
今は与えられた運命に、立ち向かわなければいけない。
樹里は少しの不安を拭い去るように、蒼の腕に飛び込んでいく。蒼は一瞬驚いていたが、無言のまま樹里の顔を覗き込むと、軽く頭をぽんぽんと撫ででくれる。
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「樹里、話しておきたいことがある」
しばらく無言を貫いていた蒼だが、突然神妙な面持ちで、ゆっくりと言葉を選ぶように切り出した。
「逆夢療法について、まだ詳しくは話していなかったよね?3日間悪夢を見ることで、現実に起こる悪いこと…今回は樹里が殺されるということ…を回避できると言った。これは、“悪夢返し”、いわゆる呪詛返しと同じ要領なんだけど…」
「じゅそ?返し?」
「そう。簡単に説明すると、犯人に対して悪夢を返すことで、最悪な結末を回避するということなんだ。本来、これだけ夢でも現実でも危険な目に合っていれば、すでに回避できているはずなんだが………」
そう言うと、蒼は言いにくそうにぽつりぽつりと呟く。
「樹里を狙っている者は…おそらく人間ではない。あるいは…」
『そんなやつ、聞いたことないですよ』
突然、黒猫が口を挟む。その言葉を聞き、蒼も首を深く縦に振る。
「そう。やはり、人間ではないのでしょう。ノートンもシヴィルも違っていた。人間ではない以上、悪夢返しは効かない。直接対決するしかないようです」
“それで…”と言い、蒼が樹里の左手の腕輪に手をかざすと、黒い封筒が現れる。
「樹里さん、この5枚目をご覧ください」
樹里は少年のよそよそしさが気になったが、言われるまま黒い封筒を開け、5枚目の便箋を取り出すと
「今から向かう場所が描かれているはずです。期限が差し迫ったときに、文字が浮かび上がるのです」
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そこには、地図と文字がはっきりと浮かび上がっていた。
「ここって…うちの付属大学だよね?」
「ああ。ここなら、俺行ったことあるよ。兄が通ってたからね」
いつも通りの蒼に戻っている。
『ちゃっちゃと行って、片付けちまおうぜ。オレもだいぶ眠くなってきた』
「ルゥは相変わらずだな、昔から変わらねえ。んじゃ、犯人の顔を拝みに行きますか♪」
《2人に任せておけば間違いないよね…》
樹里は一抹の不安を覚えながらも、意気揚々としている1人と1匹を後ろから眺めていた。
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