【第6章 1】誤解と迂回

「おっはよー」


 いつも通り駐輪場に降りて行くと、少し焦った様子の少年がいた。


「樹里があんまりにも遅いから心配したぞ!電話かけても出ないし、家に行っても何の反応もないし」


「えっ!?気づかなかったよ、おかしいなぁ」


 樹里はルゥと顔を見合わせて頷く。その様子にしびれを切らせた蒼が声を掛ける。


「のんびりしてる暇はないぞ。もう8時とっくに過ぎてるから遅刻だよ」


「えっっ!?」


 樹里が時間を確認すると、部屋で見た時間より30分も経過していた。すぐに降りてきたはずなのに…。



 2人と1匹は不安を胸に、学校へと急ぐ。


ーーーーー133ーーーーー


 教室に到着すると、担任の岡崎先生が教室前で腕を組んで待っていた。樹里を一瞬睨んだあと、蒼に向かって話し始める。


「風早~もうとっくにホームルームは終わったぞ。放課後職員室な。あと、昨日言ったこと考えてくれたか?」


 蒼は樹里を見ると、決まりが悪そうに言う。


「昨日もお答えしたように、俺は行きませんよ。先生には申し訳ないけど」


そう言うと、樹里の手を引き教室へと入ってしまう。振り返って岡崎を見ると、何だかとても怒っているようだ。樹里は岡崎の様子を見て寒気を覚えた。


 教室に入るとすぐに親友の凪が目に入る。凪は寝不足なのか、少し目が赤く腫れていた。


「凪おはよー!おじさん意識回復したんだよね?退院はできそう?」


 凪は一瞬躊躇すると樹里と蒼の顔を交互に見つめ、おもむろに手を叩く。


「ああ!あんたたち付き合うことにしたの?おめでとう。うちの父さんの事なら大丈夫、心配いらないから」


そう言うと凪は席を立ち、どこかへ行ってしまう。


 樹里は不思議に思い自分の手を見ると、蒼と手を繋いだままなことに気づく。樹里は急いで繋いだ手を離すが、すでに手遅れである。


「ちょっと追いかけてくる!蒼はついてこなくていいからね」


 樹里は教室から出て行く凪の後ろ姿を追って走り出す。


ーーーーー134ーーーーー


 教室を飛び出すと、凪の姿はもう廊下の角を曲がるところであった。樹里は追いつこうと急いで駆け出した。テスト前のせいか、廊下にいる生徒は誰もいない。


 廊下の壁を右手で掴み、勢いよく曲がる。目の前には見慣れた後頭部が…あるはずであった。しかし、そこには人のいた気配すら残っていなかった。


 樹里は首を傾げながらも、鳴りだしたチャイムに押されて教室へ引き返す。


 教室へ戻ると全クラスメートが席に着いていた…ただ1人を除いては。


 樹里が着席すると、隣の席の蒼が心配そうに顔を覗きこみひそひそ声で話す。


「凪どうだった?」


「それが、消えちゃった。トイレだと思うんだけど、まだ戻ってきてないね」


 結局、テストが開始されても、凪は帰ってこなかった。


 樹里は心配でテストに集中できなかったが、何とか解答を終えてトイレに行くと言い教室を出る。


 黒猫も後からついてくる。ルゥは何だか今朝からそわそわしていて落ち着かない。時々どこかに行ってしまうし、物音にビクッとすることもある。


《凪どこに行ったのかな?ルゥの力で分からない?》


『分からなくはないけどな…。でも、ジュリは行かない方がいいと思う。ナギにも今日はあまり近づかない方がいいぜ?』


 黒猫は申し訳なさそうに首をすくめる。しかし樹里には納得ができない。


《そんなわけにいかないよ!私のせいで帰ってこないのかもしれないし、顔色も悪かったからどこかで倒れてるのかも。ルゥ、知ってるなら教えて!お願い!》


ーーーーー135ーーーーー


 黒猫はさらに申し訳なさそうに尻尾を丸めると、注意深く頭の中に話し掛ける。


『約束しろ…ナギに何を言われても何をされてもナギを責めないと』


《うん、分かった。だから教えて》


『…屋上だ…』


 しーんと静まり返った廊下をできるだけ早歩きをして進み、階段を上がっていく。扉の前に着くと、少女はドアノブを回す。普段は鍵が掛かっているはずなのに容易く開く。樹里とルゥは深呼吸をすると、屋上へと躍り出た。


 眩しい陽の光が目に射し込む。その光の向こうに凪の後姿が見える。凪は屋上の手すりに肘をついている。


「凪!どうしたの?テスト早く受けに行かないと終わっちゃうよ?」


 樹里が努めて明るく声を掛けると、抑揚のない返事が返ってくる。


「別に…」


「凪らしくないよ。もしかして誤解してない?私と蒼は別にー」


 不意に冷たい空気が張り詰める。照りつけていた太陽が一気に陰り、雲行きが怪しくなる。凪は後ろを向いたまま、淡々と話し始める。


ーーーーー136ーーーーー


「あんた、蒼のことはただの幼なじみって言ってたわよね。蒼が昔からあんたしか見てないのは知ってたわ。でも、あんたはただの1度だって蒼のことを男として見なかったじゃない。だから私は、蒼を諦める必要はない、いつか私の気持ちに気づいてもらえればいいと思っていた」


 ぽつり、ぽつりと顔に雨粒がかかる。そんなことは全く気にならないのか、凪はなおも話し続ける。


「あんたのことも親友だし、蒼と樹里の間にはとても立ち入れない絆がある。でも、あんたは蒼とずっと友人であることを望んでる。私にはまだチャンスが残されていると思っていた。残されていたはずなのに!」


 凪は突然振り向く。その表情には怒りと恨みが込められている。顔色はどこまでも青く、対照的に目だけが真っ赤に腫れている。


「あんたたちは付き合ってしまった。私ももう2人に遠慮はしない。自分のやりたいようにさせてもらう」


「凪…本当に私たちは付き合ってないんだって。確かに蒼のことは好きだけど、今まで通りでいいと思ってるしー」


「嘘つき!樹里が蒼のことを見る目が急に変わったじゃない!あんた、蒼のこと異性として好きなのよ。私が気づかないとでも思った?」


 樹里は凪に駆け寄り、興奮した凪を鎮めようとする。


『ジュリいけない!それ以上踏み込んだら危ねぇ!』



バーン!



 凪の肩に触れようとした瞬間、弾ける音がして樹里は跳ね飛ばされる。


ーーーーー137ーーーーー


 触れようとした樹里の右手は一気に体温を奪われ、指先からは白い湯気が立ち上っている。


 髪から雨の水を滴らせながら、凪は俯いたまま一歩ずつ樹里へと近いてくる。表情は確認できないが、口元は何かを囁くように僅かに動いている。


 すぐ目の前まで凪の頭が迫ったとき、背後のドアが勢いよく開く音がした。


「樹里!凪!大丈夫か?」


 蒼の声だ!恐らく2人を心配して、探しに来てくれたのだろう。


 凪の動きが一瞬止まった…そして顔を上げる。そこには恐ろしい顔をした少女はいなかった。


 突如、凪は樹里を押し退けると、少年の胸に飛び込んでいった。それから激しく泣き出す。


蒼はどうしたらいいか分からずあたふたしている。樹里を見て“何これ?”と手で合図を送る。


樹里も声を出さずに“とりあえず凪を保健室に連れて行って”と合図する。


 蒼は一瞬戸惑いを見せるが、頷くと凪の肩を抱いて階段を降りていく。


 樹里はその様子を見ていて、胸に何かチクリとするものを感じた。しかしすぐに首を振ると、自分は部室へと向かう。この頃には雨はすっかりあがり、雲の切れ間から眩しい光すら漏れていた。


ーーーーー138ーーーーー


『なぁ。ショウとナギを2人っきりにして、ジュリはいいのか?』


 黒猫は部室でジャージやらタオルやらをロッカーから取り出している少女に向かって、心配そうに話しかける。


《だって仕方ないじゃない。凪はあんな状態で放っておけないし、私じゃ逆撫でするだけだもん。今は蒼を信じて任せるしか…》


そう言いながらも、言葉とは裏腹に気持ちは焦って仕方がない。本当は2人っきりにしたくない…態度がそう示している。


 震える手で何とか着替え終えると、凪のジャージとタオルを持って保健室へと急ぐ。


『今日1日はおとなしくしといた方がいいぜ?ナギとも、他のやつとも、あまり関わり合いにならない方がいい。すでに身近な所にまでヤツらの影響が出ているみたいだしな』


《う~ん。ルゥの心配は分かるけど、凪は大事な人だからやっぱり見過ごせない》


 保健室が見える廊下に差しかかった時、凪の声が遠くから聞こえてきた。


「…っと前から、蒼くんのこと好きだった。樹里なんてやめて私と付き合ってよ」


 樹里ははやる気持ちを抑えきれずに、小走りで保健室のドアに手をかける。中には保険医の姿はなく、簡易ベッドの前のカーテンに2人の影が映っている。


 目の前で繰り広げられる光景に樹里は愕然とする。凪と思われる影がもう一方にキスをしたのだ。


ーーーーー139ーーーーー


 樹里はあまりのショックに声を出すことすらできず、そのまま着替えを落として外へと駆け出す。


 後ろから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気もしたが、今の樹里には振り返ることはできない。頭の中では“なんで?どうして?”という疑問符と、自分の行いに対する後悔でいっぱいになる。


 体育館まで一心不乱に走り続けて、上がった息を整える。しばらく壁に手をついたまま自問自答を繰り返す。ルゥは足元にすり寄りながら、優しく見守っている。



 10分ほど経った頃、体育館の中では体育座りをした少女と、その膝の上にちょこんと座った黒猫だけがいた。


《ルゥ…私って勝手だよね。蒼の気持ち知りながら、ずっと見ない振りしてた。凪が蒼を好きだってことも分かってたのに…》


『それは仕方ないと思うぜ?ジュリは2人とも同じくらいに大事だったんだろ?昨日まで蒼のことを異性として意識してなかったんだし』


《確かにそうなんだけど…。でもね、凪なら私に遠慮して告白することはないだろうと、心のどこかで思ってたの。蒼も今の関係を崩したくないはずだって、信じたかった》


『その関係が崩れるのは時間の問題だってことも分かってたんだよな。今のままではいけないって』


《うん。蒼も凪も、優柔不断な私をいつまでも待ってくれるわけないもの》


ーーーーー140ーーーーー


 ルゥは樹里が1番心に引っかかっていることが何かを知っていた。躊躇いがちに顔を覗き込んで言う。


『問題は、そんなことじゃないんだよな?ジュリはー』


 樹里は顔が熱くなるのを感じながら、ルゥに何もかも話してしまう。


《そう。私、夢喰さんが好き。たぶん一目見たときから。なのに、蒼も好きなの。昨日蒼が私にとってどれくらい大切か分かったの。だから凪には譲りたくない。こんな自分勝手な話…ないよね》


『勝手かもな。勝手かもしれないけど、それが素直な気持ちなんだろ?だったら自分の気持ちにも素直になれよ。周りは気にせずに、たまには自分のやりたいようにしろよ』


《でも、誰のことも傷つけたくないの。みんなに幸せになって欲しい。だから私やっぱり…》


 黒猫は小さな手でぽんぽんと少女の頭を叩く。


『ほらほら、ジュリはいつも考えすぎなんだよ。オレはジュリに幸せになって欲しいな。そんなオレの望み叶えてくんない?』


そう言うと、黒猫はいたずらっぽく笑い片目を瞬く。樹里はルゥの予想外の言動に目を見開くが、次第におかしくなって笑いがこみあげる。


《ルゥっておもしろいね!ありかとう、元気でた。たまには素直になってみようかな》


『おう!オレ様がついてるからな。ジュリは笑ってたほうがいいぜ』


 立ち上がったところで、ちょうど終了のチャイムが鳴り響く。


ーーーーー141ーーーーー


 保健室に寄ると2人の姿はなかったので、樹里は仕方なく教室に戻る。すると凪は教室に戻っていたらしく飛んできた。


「樹里心配かけてごめんね~!さっきはどうかしてた。もう本当に大丈夫だから」


 さっきの恐ろしさが嘘のように、凪は晴れ晴れとした顔つきになっていた。樹里はホッと一息つくと、平静さを装う。


「良かった~。凪が元気になってくれて安心したよ」


 凪はそれから満面の笑みを浮かべる。普段と何ら変わらないいつも通りの笑顔。それから樹里の耳元で囁く。


「あとね、さっき蒼くんに告っちゃった。そしたら考えさせてくれって。樹里もそのつもりでよろしくね」


 樹里は親友の思いがけないアピールぶりに目を丸くする。こんなに自信たっぷりで無邪気な凪は初めて見る。


「凪…そのことなんだけどー」


「あっ!先生きた!また放課後ね」


 タイミング悪く先生がテスト用紙を抱えて教室に入ってくる。生徒達は一斉に着席する。


 隣の席の蒼はずっと心配そうに見ていたが、樹里は凪の言葉が気にかかって蒼と視線を合わすことができない。“考えさせてくれ”か…。


 樹里はテストの間中2人のことが気になって集中できなかった。頼りにしていたルゥも“偵察に行ってくる”と言い残しどこかへ行ってしまう。


 ふと、うなだれていた樹里の左手が握られる。ひとまわり大きくて力強い手は、蒼の右手である。蒼は樹里の方を見ないようにしてテスト用紙を覗き込んでいるが、手の温もりだけでメッセージは伝わる…“大丈夫だよ”と。


 樹里も“ありがとう”という気持ちを込めて握り返す。蒼はいつも欲しいときに欲しい言葉と行動をくれる。樹里は心の中が温かいもので満たされていくのを感じながら手を離す。


ーーーーー142ーーーーー


 2教科目のテストの終了を告げるチャイムが鳴る。



 それから3時限目、4時限目と試験は滞りなく順調に進んでいく。4教科目の解答用紙が集められると、生徒達はこぞって帰る準備をする。


「樹里、今日久しぶりに部活行かない?とりあえず今週のテストは終わったし。最近顔出してなかったでしょ?弓道部の部長も心配してたよ」


 凪が珍しく部活に行こうと誘ってくれるのはありがたいが、今は凪と2人っきりになるのは気まずい。樹里が返答に困っていると、いきなり凪に腕を掴まれて連れていかれそうになる。


そこに蒼が割って入る。凪は蒼の姿を認めたとたん樹里の腕を離す。


「樹里は俺と先約があるんだ。部活はその後にしてくれないかな?凪、悪い」


 蒼はそう言いながら、樹里のカバンを持って“悪い”と凪に手を合わせる。凪は簡単に引き下がると、笑顔で“またあとで”と言い教室を出て行く。


「先約って?ああ!助けてくれてありがとう」


「おう!それもあるけど、樹里に話したいことあったからさ。ちょっと飯付き合って」


 それから、2人は学校の近くにあるカフェで昼ご飯を食べることにした。


ーーーーー143ーーーーー


 蒼は特大サンドイッチを頬張りながら、当然の疑問をぶつけてくる。


「なぁ。最近の凪おかしくない?前は何事にも慎重で勉強熱心だし、テストなんてサボること自体ありえね。何より樹里にはとにかく甘かったのに…喧嘩でもした?」


「喧嘩してないよ!してないけど、色々と行き違いが。きっと明日には治ってるよ」


 樹里は真実を告げられないので、ぼかした言い方しかできなかった。その様子に蒼は怪訝そうな表情を見せる。


「樹里もここ何日かおかしいよな?前は何でも話してくれたのに、何か俺に隠してることない?」


 樹里は思わず飲んでたアイスカフェラテを吹きそうになる。鋭い!蒼は普段抜けてるくせに、いざという時の勘は驚くほど冴えている。でも、今の状況を話すことはできない。特に夢については…。


「そんなことないよ!言えないことはあるけど、蒼が心配することは何もない。ほんと!」


 すると、蒼は突然真面目な顔つきになって言う。


「俺は隠してることある。でも樹里に誤解されたくないから言うよ。ここじゃ言いづらいから移動しよう」


 周りを見渡すと、ちらちらとこっちを見て聞き耳を立ててる人達がいた。蒼は背は高いし見た目もいいし、人目を引く容姿をしている。


 2人は学校に戻り、今は廃部のため使われていない女子サッカー部の部室に入る。何となく今蒼と2人っきりになるとドキドキしてしまう。樹里は何とか深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、蒼の目を見て質問をぶつける。


「なぁに?隠してることって」


 蒼も緊張しているらしく、大きく深呼吸をすると一拍置いて話しだす。


ーーーーー144ーーーーー


「凪に好きだって言われたよ。保健室に連れて行ったときに。でも俺には好きな子がいるから付き合えないってきっぱり断った」


「えっ!?きっぱり断ったって…考えさせてくれって言ったんじゃないの?」


 すると、蒼は今まで樹里が見たこともないほど冷たい顔をする。


「なんだそれ…凪がそう言ったのか?俺は凪が“告白はなかったことにして今まで通り友達として接してね”って言うから、考えさせてくれって言ったんだ。俺は器用じゃないから、今まで通りなんて無理だと思うし、時間が必要だと思って」


「でも、凪と…キスした…よね?私見ちゃったもん」


「してないって!されそうになったけど避けたよ。やっぱり足音がしたと思ったら樹里に見られてたんだな~。普通に声掛けてくれれば良かったのに」


 樹里はついつい声を荒げて反論してしまう。


「そんなの信じられない!凪美人だもの。蒼だってされて嫌な気しないはず…きゃっ」


 今までにないほど強い力で引き寄せられ、抱き締められる。樹里は動悸と体が締め付けられるのとであえぐ。


「お前は何にも分かってない!本当にいい加減分かれよ」


 押し付けられた蒼の胸から激しい動悸が聞こえる。長い間2人の間に静寂が訪れる。聞こえるのは不自然に響くどく、どくという音色だけ。


ーーーーー145ーーーーー


 しばらくすると、蒼の口調が急に優しくなり腕の力も和らぐ。


「樹里が好きだ。俺はお前じゃないとダメらしい」


 今1番聞きたくて、1番聞きたくない言葉が発せられる。樹里には蒼と同じくらい心を寄せる男性がいる…夢の中の謎の住人。いつかけじめを付けないといけない。しかし樹里には今決断することはできなかった。


「蒼のことは異性として好き。誰よりも大切な人だと思ってる。でもね…私には蒼と同じくらい気になる人がいるの。自分勝手だってことは分かってる。もう少しだけ、待ってもらえないかな?今すぐは蒼の気持ちに答えることができない」


 蒼は腕を離すと、寂しそうな目をして言う。


「分かった。困らせちゃってごめんな。焦らなくていいからゆっくり考えてくれ。俺はいつまでも待ってる」


 その表情を見ていると、今すぐに胸に飛び込んでいきたい、と思ってしまう。蒼と一緒にいれば、きっと毎日が楽しいだろう。でも……


「ごめんね、蒼。ごめん」


「よしよし。俺こそごめんな。樹里の気持ちが分かっただけでも嬉しいよ。だから、笑ってて」


 蒼は樹里の頭を撫でると、変な顔をしだした。その顔があまりにも可笑しかったので、樹里の涙はすっかり乾いてしまった。


ーーーーー146ーーーーー

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