【第5章 1】回転木馬(第2日目)
樹里が部屋に戻ると、中では黒い相棒がちょこんと座って待っていた。
『ジュリおかえりー!水族館は楽しかった?』
「ルゥ帰ってたんだ。遅かったね。水族館は大変だったよ…倒れそうになったし。ルゥ助けに来てくれないんだもん」
黒猫はクスっと笑うと、樹里の足に擦り寄りながら言う。
『あ~あれね。ヤツらの仕業じゃなかったし、オレの出る幕もなかっただろ?あんなに動物いっぱいいる所ではヤツら出ないから大丈夫大丈夫』
「無魔のせいじゃなかったか~。それにしても、ルゥはどこに行ってたの?」
黒猫は少したじろいだ様子を見せたが、すぐにいつも通りの態度へと戻る。
『ま…まぁどこだっていいじゃん。さっ、そろそろ寝ないとな。ジュリ鈴取って準備して』
確かに時計を確認すると、もう 22:30 を越えている。樹里はルゥの耳から鈴ピアスを外し、慣れた手つきで円を描く。
ーーーーー115ーーーーー
瞬きをすると、1人と1匹はメリーゴーランドの前に立っていた。それ自体はどこにでもあるような普通の乗り物である。
白・茶・黒の馬、馬車はよく見る形だが、ユニコーン、ペガサス、
樹里はこの珍しいメリーゴーランドがどうやったら動かせるか考えたが、答えはすぐに見つかった。それぞれの乗り物の首辺りに、鍵穴らしき挿入口がある。
樹里は迷わず白馬を選び、背にまたがる。ルゥはその馬の硬く長い尻尾に乗る。
「メリーゴーランドなんて久しぶりだなぁ。じゃあ鍵入れるよ」
白馬の首の穴に鍵を差し込んで右に回す。するとどこからともなく美しい音楽が鳴り響きだす。
しばらく流れる音色に聞き惚れていると、座っている鞍がわずかに脈打つように動く。心なしか温かみも帯びてきている気がする。
手に触れるたてがみも、ルゥの座っていた尻尾も硬さを失い、流れるようにたなびき出す。
白馬は突然前足を持ち上げいななくと、疾風のように駆け出す。
周りの景色は次々と色を変えて過ぎ去り、メリーゴーランドが遙か後方に遠のいていく。
と…後方から何かが近づいてくる気配がする。少しずつ大きさを増す追跡者の正体は、メリーゴーランドにいた他の乗り物達であった。
「このメリーゴーランドすごいね!こんなの見たことない。まるで本物の馬だよ」
白馬の背の上で興奮している樹里を横目に、ルゥは落ち着いた態度で返す。
『そうも言ってられねーみたいだぜ?』
ーーーーー116ーーーーー
“どういうこと?”と樹里は言いかけたまま沈黙してしまった。
近づいてくるもの達は、旋風を巻き起こしながら飛行してるものや、土煙を上げながら駈けるものなど様々だ。しかし、共通して殺気が全身からみなぎっている。
近づくにつれて顔が少しずつ鮮明に映し出される。目をギラギラと光らせ、鼻からは鼻息が煙となって立ち上っている。また時折見せる不気味な白い歯はカチカチと鳴らされている。
1羽のフェニックスが残忍な牙をちらつかせながら、すごい勢いで追いついてくる。10m…5m…3m…1m……あと1歩で馬の尾に爪がかかる…その時!白馬はちょうど中央広場の噴水の下を通り抜ける。
ギィイイイイ
フェニックスは噴水の水と激しく化学反応を起こして消滅する。後に残されたのは干上がった残骸だけであった。
「危なかった~」
『安心してる暇はないぜ。他のヤツらに追いつかれるのも時間の問題だ。こんなこと続けてたんじゃ
黒猫は耳を傾ける。樹里は暗黙の了解で鈴を取り外し、目を閉じる。すると、以前よりも大きく立派な弓が左手に握られていた。
「
『自分を信じろ。そしてこの世界を信じろ。矢は当たると思えば当たる、当たらぬと思えば当たらぬ。要は自分の心次第さ』
樹里は黒猫の言うことも、自分自身も信じきれずにいた。しかし、やってみないことには始まらない。多少ぐらつきながらも弓を構え、追跡者目掛けて気を放つ。
気の矢は見事な放物線を描くと、追跡者のうちの1匹…ケルベロスであろうか…の尻尾を掠める。一瞬追跡者の輪は乱れるが、何事もなかったように隊列は元に戻る。
『弱い!しっかりしろ!ジュリがこの世界に来て1番最初に見たBAR…ボロかっただろ?ジュリがこの世界を信じきれてないと、物事は全て曖昧になるんだ。この世界は虚ろで、移ろいやすい。とりあえず信じてみろ』
樹里は黒猫に頷きかけると、1回深呼吸をし目を閉じる。それから弓を引き、一気に放つ。
ーーーーー117ーーーーー
獣たちの呻き声だけで手応えを感じた。樹里が目を開けると、茶と黒の馬2頭とケルベロスが消滅していた。これで、地上を駈けるものはいなくなった。
地上の様子を伺っていたユニコーンとペガサスが、樹里目掛けて疾駆してくる。
樹里は突然何を思いついたか、目を閉じて弓を回す。すると、弓は投げ縄へと変貌を遂げる。
2頭の首元を狙い定めて、投げ縄を投じる。首に華麗に1本ずつ輪がかかり、引き寄せるとユニコーンもペガサスもおとなしくなる。3頭は並んで併走する。
『ほぇ~。やるなぁ!あとは、麒麟、龍、グリフィンだけか…厄介だな。ヤツらには弓も投げ縄も効きそうにないしな』
「龍は多分何とかなると思うよ。他は…」
樹里は左手のブレスレットに触れ、大型の水槽を取り出す。宙に浮遊する水槽から水飛沫が上がると、無数の熱帯魚が飛び出す。
勢いよく空中を泳ぎ回る熱帯魚たちを見つけた龍は、雄叫びを上げ楽しそうに追いかけまわす。しばらく宙で追いかけっこを繰り広げてていた熱帯魚と龍。
龍が大口を開けて食いつこうとした瞬間、熱帯魚たちは突風に乗り渦を形成する。すると、みるみるうちに巨大な古代魚が出来上がる。
古代魚は鋭い歯を見せて龍に襲いかかる…魚の咥内に消えた龍…後には鱗1枚すら残されていなかった。
「あっ…何かちょっとかわいそう…」
『ただの幻影だ、気にすんな。次がまた来るぞ』
全長は5mくらいあろうかというほどの麒麟が、真っ直ぐ樹里たちに向かってくる。額の角を突き出し、全身は電気を帯びて今にも放電しそうだ。
樹里は少し疑問に感じていたことがあった。麒麟は通常は穏やかな生き物で、殺生をしないはずではなかったか…つまり。
「麒麟は私たちを襲わない!私たちは敵ではないのだから」
ーーーーー118ーーーーー
樹里が叫ぶと、麒麟は天を仰ぎ見た後、
残すはグリフィンだけである。鷲の顔の中心に鋭く光る眼を持ち、気高く華美な翼をはためかせている。鳥の前脚と獅子の後脚は力強く、あの前脚に捕まえられたらひとたまりもない。
馬たちもこの怪物が恐ろしいらしく、グリフィンが羽ばたく度にすくみあがってしまう。
ルゥは怖がっている様子はまるでないが、静観の姿勢を崩す気もないようだ。
様子を伺うように周りを旋回している怪物について考えた。彼は鋭い嘴と爪を持ち…馬が天敵で…黄金の秘宝を盗む者に罰を与える…。黄金の秘宝…金のもの…金の鍵!?
「あなたの探してる物はこれ?」
樹里は1番最初に手に入れた金の鍵を高々と掲げると、グリフィンの目をまっすぐ見る。
グリフィンは鍵を見つめると、樹里のすぐ側で停止する。それから鍵を左足に受け取ると、お辞儀をした気がした。
それからグリフィンは方向転換すると、自分の元いた場所…回転木馬へと飛んでいく。樹里たちも後に続く。
回転木馬にすべての乗り物たちが収まると、本体は精気を失い元の硬い木馬に戻る。そしてすっかり動かなくなったグリフィンの開いた口には、金の鍵と透明なガラスの鍵が置かれていた。
ーーーーー119ーーーーー
ガラスの鍵は日に透かして見ると、虹のような光のプリズムを描いている。しかし見とれてる時間などない。次のターゲットを探さなければ、と周りを見渡すと、アーケード場がすぐ前方に見えた。
「とりあえず暑いし、中に入ろうよ」
樹里は軽く手で扇いでみせると、何の躊躇いもなしにアーケード場の扉をくぐる
黒猫は後に続こうとして、ふと背中をすうっとなぞられるような感覚に襲われる。
『ジュリ…何か変だ。そこは入らない方がいいと思う』
ん?と少女が振り返った時には遅かった。扉は轟音を立てて閉まり、樹里と黒猫との間には厚い壁ができてしまった。
ドン ドン ドン
いくら叩こうとも、扉はびくともしない。それどころか、扉はより一層重く硬くなり、叩く音すらくぐもって聞こえる。
「ルゥ!そっちは無事?ドアは開きそうにないよ」
『無事だけど、こっちからも無理だな。オレは違う入り口探してみる。ジュリはヤバいと思ったらすぐに現世に戻れよ!』
“分かった”と言いかけて、樹里はその場に凍りつく。何か全身を舐め回すようないやらしい視線を感じる。それでいてヒヤリと冷たい。同じ感覚を以前どこかで味わった気がする…凪のレストランの中だ。
樹里は左手首を掴みながら、首だけを後ろに向ける。しかし人影らしいものは見当たらなかった。
ーーーーー120ーーーーー
「気のせいかな…」
何だか無性にこの場を離れた方がいい気がして、樹里はくるっと体を回転させる。それから足を一歩前に進めようとしたその時…
ヒュッ
耳元に空を切る音がすると、右頬に温かい感触が…指で触れてみると、鮮やかな赤色に染まっている。
「…くっくっく…」
どこかからか、せせら笑う声が聞こえる。樹里は声の主を探そうと、首を左右に振り動かす。見える範囲で動くものなど何も見つからない。
「誰?そこに誰かいるの?」
樹里は見えない相手に向かって、できるだけ声の調子を変えずに話しかける。
…しばらく待ってみても、返事は返ってこない。辺りは静まり返るばかり。息を潜めると、足を右へ一歩踏み出す…
「つっ…!」
左足に何かを突き刺されたような激しい痛みが走る。樹里はあまりの痛みに立っていられず、そのまま膝から崩れ落ちる。
「もろい…もろいな…くく」
怪しい声は、先程よりずっと近くに聞こえた。しかし姿は見えない。痛みで痺れている左足を引きずるようにして立ち上がると、叫ぶように声を振り絞る。
「誰なの!こんなの痛くもないんだから…。姿見せなさいよ」
“へぇ”という怪しい声が聞こえると、右手、脇腹、右脚、左脚、左手、左肩に痛烈な痛みが駆け巡る。しかし、どの傷も致命傷になるほど深くもなく、見えない相手はまるで樹里を弄んでいるかのようだ。
ーーーーー121ーーーーー
「少しは抵抗してみたらどうだ?張り合いのない。大体お前なんかをユメクイは何だって助けようとしてるんだかー」
「夢喰さんを知ってるの!?誰かは知らないけど、あなたは凪のお店にいたよね?何故お店の人達をあんな目に合わせたの?あなたの狙いは何?」
両手に氷のように冷たい衝撃が当たると、樹里の体は天井スレスレまで持ち上げられる。あたかも十字に磔られたかのような風体である。それから怪しい声は、より冷酷さを増してゆく。
「ごちゃごちゃうるさいな。知ってどうする?お前は私が手を下さなくたって、明日には死ぬんだ。それとも、今すぐ楽になりたいか?」
樹里は負けず嫌いの性格が災いして、恐怖よりも怒りに突き動かされて対抗してしまう。
「あんたは私に手を下せない。しかも私は明日死ぬ気なんて毛頭ないんだから。夢喰さんが助けてくれる」
「くはは!笑わせてくれる。結局お前はユメクイ頼みか。大体ユメクイがどうあがこうとも、お前を助けることはできん。あと、ひとついい事を教えてやろう。お前の命を狙うものは身近にいる。周りを疑いながら残り1日を過ごすんだな」
《えっ…周りに私の命を狙う人がいる!?》
もっと詳しく聞こうと、顔を上げて空を見つめる。ふと、天井の影がゆらめいた気がした。それから影は少しずつ形を成していき、辛うじて人の顔と判別できるほどに丸みを帯び立体化する。
口と思しきパーツがニヤリと笑った。そして嫌な嘲笑とともに顔に冷たい息を吹きかける。その冷たい息を浴びると、先程まで感じていた怒りが、悲しみの慟哭となって押し寄せる。
樹里は身動きできないことへの口惜しさ、自分の身に起こるであろう恐怖と、身近な者を疑う
ーーーーー122ーーーーー
為す術もない少女を見て、影は口調を和らげながら語りかける。
「なんなら私がお前を救ってやろうか?犯人をお前がやられるより前に退治してやろう。なぁに、犯人は人を殺すような悪人だ。罪の意識なんて感じることはない。さぁ、願え」
樹里は今や体はおろか、心すら影に支配されつつある。確かに助かりたい。自分の命を脅かす何者かに制裁を加えたい。しかし何かが違う気がする…そう何かが。
心が揺れ動く中、どこからともなく懐かしい声が聞こえてきた。
《いけない!樹里さん。悪の心に支配されては。あなたはそんなことを願える人ではない!》
夢喰さんだ!そう思った瞬間、樹里の闇の心を払拭するかのごとく、眩しい閃光が放たれる。
「くわ!何だこの光は!やめてくれ!」
部屋いっぱいに眩しい光が満ち溢れ、そこここにあった影が全て照らされていく。
「仕方ない。この場は退散してやろう。だが忘れるな、お前を本当に助けられるのは私だけだ。…くっ!」
悲鳴の余韻だけを残し、目の前にあった影の顔は消えていく。そして目も開けられないほどの光は、少しずつ収束し瞬くと、光源は美しい銀髪の青年になる。
夢喰の優しい顔を認めると、凍りつくように冷えていた樹里の心は瞬時に温かくほんわかとなる。
青年は宙吊りになっている少女の束縛を解くと、そのまま抱き締めながら地に降り立つ。それから一言、耳元に囁く。
「とりあえず、一度部屋に戻りましょうか」
樹里は温かいぬくもりに抱かれ、ただただ、頷くことしかできなかった。
ーーーーー123ーーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます