【4】夢魔
部屋に戻ると、夢喰の姿はなかった。
樹里とルゥは部屋に入るとすぐに長椅子に座る。ルゥは相当疲れたらしく、長椅子の上でうずくまると、次の瞬間には寝息をたてている。
しばらく樹里も椅子にもたれ掛かりうとうととしていたが、物音に気づき目を覚ます。
カタン…
壁に手をつき俯く夢喰が立っていた。服の裾は焼け焦げ、顔には大量の汗が浮かんでいる。
「どうしたんですか!?」
樹里は急いで夢喰に駆け寄り、肩を貸す。夢喰を次の間に連れて行くと、どこからともなく光が集まり青年を包み込むと、瞬く間に身綺麗になっていた。いつもと変わらない美しい姿に戻っている。
「ご心配には及びません。少し厄介事に巻き込まれただけです。それより、あなた方の方が大変な思いをされたでしょう」
青年はそう言いながら手で何かを描くと、樹里もすっかり身が軽くなり、疲れがどこかへ飛んでいったようだ。ルゥも伸びをしたあと、尻尾を振りながら夢喰に駆け寄る。
『夢喰様!夢魔が現れました。ヤツら普段は意志なんて持たないくせに、“さるお方”なんて呼ぶヤツに従ってるようなことを言ってました。その上…夢喰様もご存知だと…どういうことですか?』
すると青年は深いため息をつき、“長くなるが…”と語り始める。
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「私は以前、夢に巻き込まれた者が“夢魔”になりさまよう…そう説明しましたね?彼らはほとんどの場合は夢の中に住み、ちょっと人を驚かしたり怖い夢を見せるだけです。夢魔達には意志はなく、怨み悲しみの念に突き動かされているだけです。いえ…でした。
しかし最近になって夢魔達は急激に力をつけ、意志も持ち、ただ驚かすだけではなく…夢を見ている者の命をも奪おうと考えるようになりました。
ある者は夢の中に侵食し、夢主の絶望を掻き立て自殺に追い込んだり、狂気に駆り立てたりします。
そしてある者は現世に“無魔”として現れ、邪気を発して悪巧みをさせたり、更には媒体となりやすい体に直接憑依し、悪事を働かせるようになりました。
そこまでは、まだ対処できる想定内でした……
問題は…夢魔(無魔)達を操る者がいるということです。おそらく“さるお方”と呼ばれた者のことでしょう。
闇の深淵に住み、邪なるものをこよなく愛し、この世あの世に存在する“悪”“負”“陰”“無”“虚”の“五冥素(ゴミョウソ)”を生み出している根源なのです。
いつぐらいにこの者が現れたかは定かではありません。ただ、近来強大な力をつけつつあることは間違いないでしょう。確実に私たちは脅威にさらされています。今のところ、私に言えるのはここまでです…」
それまで大人しく主人の話を聞いていた黒猫が、重い口を開く。
『では…オレが会った骸骨は、今までのヤツらとは違うんですね?より邪悪な存在の意志により動かされていると』
「そうです。そして、これからは彼らのような者に会う機会も増えてくるでしょう…夢でも…現世でも…」
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「しかし、現世での彼らの力はまだ微弱です。悪巧みが人に気づかれただけで失敗するくらいの弱さです。だから学校では未然に防げ、レストランでも未遂で済みました。油断はできませんが、悲観的になることはありません」
夢喰の顔が途端に曇る。それから樹里の顔を見据えて言葉を紡いでいく。
「ただ…夢の中には至るところに夢魔が侵食してきています。樹里さん、あなたの悪夢を生き抜くのも、これまで以上に大変になるでしょう。絶対に死んではいけません。私もできる限りの協力はします」
突如樹里の手を取り、夢喰は潤んだ瞳で見つめながら囁く。
「私があなたをお守りします」
樹里は夢喰の予期せぬ行動に狼狽える。頬は紅潮し、動悸は激しくなる一方である。
黒猫は黒猫で樹里の足下に擦り寄り、甘えた様子を見せる。
『それ以前に、オレもついてるからな!』
「そろそろ時間ですね。樹里さんは現世にお戻りください」
そう言われて樹里はブレスレットの時間を確認する。…0:02…と表示されている。つまり、現世ではもう7:30になっているということだ。
「ルゥはくれぐれも警戒を怠らないように。現世では私はあまり積極的には動けません。ルゥが頼りです」
「樹里さんは今まで通り、周りに気取られないようにお願いしますね。1番身近な者にもですよ」
“あっ”と何かを思い出したように夢喰は樹里の手を引く。
「夢神器は2つ消費されていますね。この中からまた2つお選びください」
時間があまりないので、樹里は以前から気になっていた水槽と、手近なクマのぬいぐるみを選ぶ。
「それではまた今夜、夢で会いましょう」
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