【5】契約
その日の夜は、時間も遅いということで蒼の家に泊まることになった。黒猫曰わく、どこにいても夢は見れるのだそうだ。
23時頃、家中が寝静まったのを確認すると、樹里と黒猫のルゥは暗闇の中“鈴の使い方”について話し合っていた。ひそひそと囁く声が布団の中で交わされる。
『そうじゃないって。こう、円を描くように1回鳴らすだけだって。違う違う』
「こんな感じ?えーどこが違うのか分からないんだけど。じゃ、こう?難しいよ~」
『心がこもってないんだよ、ジュリの振り方に!精神集中させて…こう』
「そんな言われたって、できないもんはできないって。昨日みたいにベランダから飛び降りて行けないの?」
『あれは危険な行き方だから、できるだけ鈴使った方がいいんだよ』
『しょうがないな。取っておきの秘策教えてやるよ。自分の好きな人を思い浮かべながら、優しく顔を撫でるように回してみ?』
「好きな人…好きな食べ物とかじゃだめ?」
『ジュリは花より団子だな…取りあえずやってみ』
呆れ顔の黒猫に見守られながら、少女は目を閉じた。するとどうだろう…目の裏側に浮かんだイメージは美しい銀髪の青年…夢喰だった。
鈴をゆっくりと動かしてみる。1周回しきり目を開けると、そこは別世界であった。
樹里と黒猫は色とりどりの花が咲き乱れる丘の上に立っていた。
ーーーーー78ーーーーー
『初めてにしては上出来だな。オレの手伝いなしで来れたのは、実はジュリが初めてだ。
ここまで来たら後はオレに任せろ。現世じゃほとんど力もないけど、こっちだとスゴイんだぜ?』
尻尾と髭をピンと立てると、ルゥは何かぶつぶつと唱え始めた。
次の瞬間、目の前には見覚えのある黒い扉が。夢喰の部屋の前である。ノックをすると、扉はひとりでに開く。
「どうぞ」
美しく澄んだ声が、樹里をこころよく中へと招き入れる。
「こんばんは。外は明るいからこんにちは、かな?」
樹里は何か言おうとしたが、夢喰の姿を見ると言葉は口から出てきてはくれない。代わりに出るのは、顔から火が出そうなほどの熱気と汗である。
それほどに、今日の青年は美しく着飾っていて、人を圧倒させる輝きに満ちている。
シルクと銀糸で織られた黒いスーツの中は、羽衣のように柔らかそうなシャツで身を包んでいる。さらに皮よりも艶やかでエナメルよりも上品な靴を履き、頭にはごく軽そうな羽根の帽子を被っている。体を包む天鵞絨のマントは青年をより神々しく映している。
『夢喰様、ジュリが初めてでここまで来れました』
青年はそっと優しい笑みを浮かべると、樹里の手を引き奥へと導く。
「見ていました。樹里さん、こちらへ」
奥には前回来たときにはなかったであろう、銀色の扉がある。しかし、少女は違う扉の中へと通された。
ーーーーー79ーーーーー
「樹里さんにもお召し替えを」
そう言うと、どこからともなく小さく光る蛍のようなものが樹里の周りに集まる。
次の瞬間、樹里は見たこともないほど高級そうな衣服に包まれていた。
純白の総レースで編み上げられた膝丈のドレスには、所々に宝石が散りばめられている。そして腰にはしっかり締まっているのに息苦しさのない不思議な烏羽色のコルセット。足には羽のように軽い編み上げブーツを履いている。
「よくお似合いです」
夢喰はそう言いながら、樹里の左手に緻密な細工が施されているブレスレットをつける。
「これには樹里さんが選んだ夢神器と鈴が封じ込められています。触れるだけで、その時に必要なものが取り出せます」
樹里がブレスレットに手を触れてみると…8:00…と表示されていた。
「言い忘れていました。何もないときに触れると、その日1日のタイムリミットが表示されます。最高で8時間、最低で0時間ということです。数字が 0 になると、自動的に夢から排出されてしまいますからご注意を」
ーーーーー80ーーーーー
それでは…と言い、夢喰はどこから取り出したか、見知った黒い封筒をおもむろに樹里の手に乗せる。
「4枚目を取り出してください」
樹里は言われた通りに手紙を取り出し、4枚目をめくる。黒い便箋はびっしりと銀文字で埋め尽くされていた。
「これ何ですか?」
「契約書です。私達は逆夢療法について説明しただけで、実際悪夢に突入するためには契約を交わさなければいけません。これは樹里さんの強い意志を確認するための行程でもあります」
「ただ目を閉じて、紙の上に手をかざすだけでいい。さぁ」
樹里は瞼を閉じて、手を黒い紙の上に置く。目を開けた時には、黒い契約書は消えていた。
「これで契約は完了です。ただ今をもって、私とルゥはあなたの正式な守護者になりました。後のことは、全てルゥから教わってください」
夢喰は “ 私はこれで ” と言い残すと、マントを翻して行ってしまう。樹里はあることを思い出し、男の背中に投げかける。
「昼間、凪のレストランで私を受け止めてくれたのは、あなたですよね?」
夢喰は今まで見たこともないほど優しい笑顔を樹里に向けると、片目を瞬いてクスっと笑いながら言う。
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
そして、部屋には少女と黒猫だけとなった。
ーーーーー81ーーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます