【3】トラットリアナギ

 学校を出た3人(と1匹)は駅へと向かって歩いていく。それから駅の反対側へ10分ほど歩くと“Trattoria Nagli(トラットリアナギ)”と書かれた看板が眼前に姿を現す。草壁凪の実家が経営するイタリアンレストランである。


 入り口の前までやってきた3人は、店の様子に何か違和感を覚えた。いつもと何ら雰囲気は違わないのだが、やはりおかしい。


 凪がドアの取手に手を触れたとたん、驚いて退く。


「あっつ!」


 よく見ると、ドアの隙間からも僅かだが煙が漏れ出ている。


「どうした?開かないのか?」


「取手が熱くて触れないの。ショウくん開けてみて。あっ、本当に熱いから気をつけて


 少年は手に持っていたスポーツタオルをぐるぐると手に巻き付け、ゆっくりとドアノブに指をかける。


 その様子を見た黒猫が、樹里に警告を促す。


『開けちゃいけない。これは罠だ!消防車を呼ぶんだ』


「待って!ドアは開けないで、そのままに。凪は119に電話して。たぶん火事よ」


 樹里はありったけの声を張り上げて叫ぶと、裏口の方へ走っていく黒猫の後を追う。


ーーーーー63ーーーーー


《ルゥ!どこに行くの?》


『裏口から中に入る。まだ中にナギのオジサンや従業員が取り残されてるぜ。知らせてやらねぇと』


バン


 黒猫が裏口に近づくと、爆発音と共に何か見えない強い力に吹き飛ばされる。その黒猫を受け止めた樹里も、後ろにる。


 1人と1匹は大きく宙を舞う。そしてあと少しで地面に叩き付けられる…そう思った瞬間大きく温かい何かに支えられる。


 人の手である。その手の主は夢喰であった。夢喰は樹里に笑いかける…刹那…その姿はぼやけ、いつの間にか、蒼の姿へと変わっていた。


「樹里大丈夫か?いきなり吹っ飛んできたからびっくりしたぞ」


 樹里は訳が分からず目を白黒させたが、ルゥに急かされて立ち上がると裏口へと走る。


『オレは近づけねぇ…後は頼んだぞ』


「蒼ありがと!でも急いで。凪のおじさん達がまだ中にいるみたいなの」


「それはヤバいな!樹里は危ないから下がってろ。俺が先に行くから、樹里は後から付いてきて」


 そう言うと裏口のノブを乱暴に開け放ち、中に飛び込む。樹里も後に続く。


ーーーーー64ーーーーー


 中に飛び込んだ2人は驚愕する。厨房は特に変わった所がないが、そこにいるべき人がいない。開店時間も近いというのに、人の姿も調理の跡も見受けられない。


 ヒヤリとした視線が、全身を駆け巡る。黒い影が目の端をとらえる。


樹里は影を目で追うが、顔を向けた途端気配は消えてしまった。


『奥だ。厨房の奥に全員いるはずだ』


 ルゥからの思念を受け取ると、樹里は急いで厨房の奥へと続く扉を開ける。


 中は真っ暗で、電気は消えている。スイッチを手探りで探すと、すぐに見つかった。


パチ


 そこには、異様としか言いようがない空間が広がっていた。


ーーーーー65ーーーーー


 7、8人と思われる人の体がそこかしこに横たわっている。息をしているかさえ分からない。


「おじさん!」


 樹里と蒼は同時に叫ぶと、1人1人と横たわっている体を、順に揺さぶっていく。反応がない。3人目の顔を確認すると、それは凪のおじさんであった。


「おじさん、おじさん!大丈夫?しっかりして」


 しばらく肩を揺らすと、おじさんの表情が少し揺らぐ。


「う…う…」


「おじさん。もう大丈夫よ。すぐに救急車来るからね」


「樹里!みんな意識はないみたいだけど、生きてるみたいだ」


 蒼が言い終わるか言い終わらないかのうちに、サイレンの音が近づいてきた。


ーーーーー66ーーーーー


 凪は救急車に乗せられる父親を見て、泣きじゃくっている。普段は気丈な性格の凪。10年近く友達をやっているが、樹里は彼女の涙を初めてみた。


 凪は救急車に乗り込むと、サイレンと共に行ってしまった。


 後に残された樹里と蒼は、不安を隠せない。


 消防隊員の話によると、火災は大したことはなく、ボヤ程度で済んだそうだ。問題は意識のない人達である。原因が全く分からない。しかも、一時的に意識を取り戻した凪のおじさんでさえ、また意識不明となってしまった。


『大丈夫、オジサンはいずれ良くなる』


 黒猫は取りあえずここを離れた方がいいと言う。同じことを蒼も考えたようだ。


「ここにいても仕様がないから、うちに来いよ。樹里1人にするわけにいかないしな」


 今は(黒猫はいるが)1人でいたい気分ではなかったので、樹里はありがたく申し出を受けることにした。


ーーーーー67ーーーーー

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