【第2章 1】日常と非日常
バタン
がちゃがちゃ
けたたましい音を立てて、いつもと同じ毎日が始まろうとしていた。
エレベーターを待つ間も惜しんで、樹里は階段を滑り降りる。1階の自転車置き場まで行くと、見慣れた背の高いがっしりした体格の男の背中を確認。いつものように頭を叩く。
「おっはよー」
振り向いた男の子は、同じマンションに住む 【
「よっ!」
蒼は毎朝ギリギリに起きる樹里のために、自転車置き場で待っていてくれる。樹里を自転車の後部座席に乗せ、駅まで行き、電車に乗り換えるのが日常だ。
駅のホームで電車を待っているときに、蒼が大きな目を潤ませ、眠そうに言う。
「昨日の夜さ、なんかお前ん家から変な音してなかった?気になって玄関前まで行ったけど、何もなさそうだったから、起こしてもしゃあないし帰ったわ」
どきっ…!
この幼なじみは普段は抜けてるくせに、変な所で敏感だったりする。今朝のことは気取られてはいけない…樹里はゆっくりゆっくり言葉を選びながら答えていく。
「ちょっと私の大っ嫌いな虫が出ちゃってさ、たぶん追い出してたときの音じゃないかな?はは」
『虫ってオレのことか?』
ーーーーー55ーーーーー
ルゥがいつの間にか満員電車の網棚に座り、キョロキョロしながら言った。こんなにたくさんの人間を見るのは初めてなのかもしれない。本当に周囲の人間には黒猫のことが見えていないようだ。
《ルゥは本当に誰にも見えないのね》
「ほんと樹里って昔っから虫キライだったよなぁ。お前の唯一女らしいところというか…」
バシっ
「ってぇ」
毎朝の習慣ともなっている風景である。これを見た黒猫は楽しそうに笑って言う。
『こいつ、ジュリのカレシか?』
「誰が!!?」
言って、樹里はしまったと口を押さえた。満員電車で大声を上げるほど迷惑なことはない。少女は申し訳なさそうに頭を下げると、次の瞬間に蒼の顔をまじまじと見つめた。
《こんなやつのどこがカッコイイんだか。こいつが彼氏…ナイ…ナイな》
くすくすと1人で笑う少女を横目に、少年は何だか恥ずかしそうにしている。
ーーーーー56ーーーーー
「ほんとに虫が出て困ったら、俺のとこ来いよ。お前ならいつ来ても歓迎だって、お袋も言ってたし…さ」
「やーよ。あんたの部屋、虫は出ないけど何か出そうだし。変な本とかいっぱいありそうだし。おじさんも神社の神主で、何か怖いもん」
樹里はそう言うと、満員電車からスルリと抜け出す。蒼もそれに続いて電車を降りる。
樹里たちの通う高校 “
校風は文武両道をモットーとし、個性を尊重し恋愛も推奨している。さらに部活数も多く、全国有数の進学校でもある。
3階の教室に着くと、入り口付近にはクラス委員で樹里の長年の親友でもある 【
「2人とも遅いよ。特にショーくん。今日、日直なんだから早くこないと!」
「しょうがないやん。樹里が来るの遅いんだしさ」
「ほっといて先に来ればいいでしょ?ほんっと、ショーくんは過保護なんだから」
過保護という言葉にムッとしたのか、蒼はムキになって反論する。
「いや、こいつほっとけないし。1人じゃ危なっかしいだろ。大体過保護はお前だって一緒だろ?」
これもまた、毎朝繰り広げられている、見慣れた風景である。
ーーーーー57ーーーーー
言い争いをしている2人を置いて、樹里はとっとと自分の席に、着きテストの準備をすることにする。黒猫は尻尾を振りながら、面白そうに2人の様子を眺めている。
『人間っておもしれ~。好きな相手にあれだけ暴言吐けるんだもんな』
樹里はクスっと笑うと、黒猫の頭を撫でながら言う。
《猫にも分かるんだ?ほんと凪は蒼のこと好きだよね~。2人お似合いだと思うんだけどな》
黒猫は目をこれでもかと見開いて、わざとらしく驚いた表情をしてみせる。
『ジュリもおもしれ~な!ほんと見てて飽きない!』
樹里が首を傾げているところに、言い争いを終えた蒼が急いで来ると、樹里の頭を撫でながら言う。
「俺を置いてくな。あ、そだ。樹里に渡したい物があったんだった」
そう言うと、蒼は樹里の手に1枚の紙切れを渡す。
「いやーーん!蒼ありがとう!あんたって最高!」
樹里は喜びのあまり、人目も気にせず蒼に抱きつく。
紙切れは樹里が欲しくて仕方のなかった某バンドのプレミアムチケットであった。樹里は興奮で周りの様子にも、少年が真っ赤になっていることにも気づかない。
そこへガラガラガラっと引き戸を開け、クラスの担任の【岡崎先生】が教室に入ってくる。手には大量のテスト用紙。全員が一斉に着席をする。
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樹里は大事な大事なチケットを財布の中にしまうと、蒼に笑いかける。
蒼も笑い返す。
そこへ、担任の岡崎が声を掛ける。
「おお~い、今日の日直。風早と草壁、みんなに試験用紙配ってくれ」
“ はい ”というと、凪は問題用紙を。蒼は回答用紙を配る。
「1時限目は英語、時間は 9:50 まで。それでは…始め」
クラス中に鉛筆を走らせる音が充満する。
開始から15分ほど経過した頃、突如静けさが破られることとなるー
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