【7】正夢と逆夢
「あなたは “ 悪夢 ” を3日間見続けます」
夢喰はそれだけ言うと、立ち上がりどこかへ行ってしまった。
後に残された黒猫と少女。
しかし、黒猫は青年の
しばらく熟睡しているルゥの背中を見つめていると、夢喰は1冊の本を抱えて戻ってきた。
「おそらく読んだ方が理解しやすいでしょう。樹里さんは本がお好きなようですから」
樹里は分厚い本を受け取り、ページをパラパラとめくってみる。中は “ 夢 ” について詳しく書かれていた。その中でも特に気になる箇所をよく読んでみる。
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【夢とは】
一般的には寝ている時に見るただの幻覚である。しかし、夢と現実が密接に繋がっている場合がある。
それは “ 正夢 ” “
夢喰が見る予言は “ 予知夢 ” である。
その “ 予知夢 ” を選りすぐって、 “ 正夢 ” として夢主に見せるのである。
その逆に、夢主に “ 逆夢 ” として見せることにより危険を回避させることもできる。
【逆夢とは】
現実とは逆のことを見る夢。実際とは逆のことが起こるような夢をいう。
現実に起こるはずの殺人を、夢喰が【悪夢】として見せることで夢が肩代わりしてくれる。(この悪夢に“逆夢”は含まれる)
現実に助かるためには、それなりの代償を払わなければならない。
死の危険がある場合は、死と同等の苦痛を。
つまり、【逆夢療法】は相当な恐怖(死の恐怖)を味わなくてはならないということである。
およそ凡人には耐えられないほどの苦痛になる。
それに耐えられるだけの精神力が要求される。
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「えぇっと…質問いいですか?」
分厚い本を半分くらい読んだところで、樹里は青年に質問を投げかけた。
「夢喰…さんが悪夢を私に見せるんですよね?」
「そうです。見せる、という表現はあまり適切ではありませんが、あなたが逆夢を見やすくなるように、色々な状況を提供します」
夢喰はゆっくりと丁寧に、そして唄うように言の葉の調べを奏でていく。
「樹里さんはまず、昼間は普段と何ら変わりなく過ごしてください。学校では普通に授業を受け、友人と話らい、普段通りに振る舞ってください」
『その間はオレが付いててやるから安心しろ』
寝てたはずの黒猫のルゥが、いつの間にか顔を上げ、樹里と目が合うと片目だけ瞬きをする。
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「え!教室に黒猫なんていたらみんなビックリして授業にならないんじゃない?」
慌てて反論する樹里に、ルゥはニヤリと笑いかける。
『まぁ、普通の人間にはオレは見えないだろうな。死が近づいてる者か、霊感の余程強いヤツか、同業者しか見えねぇよ』
「しかも…」
今度は夢喰がルゥの思念に重なるように話し始める。
「精霊は見る者によって姿形は違って見えるといいましたね?つまり樹里さんには黒猫に見えていても、他の者にはルゥの存在を認識していないので何か気配はあっても、何かは分からない」
『気づかれることはねぇから、安心しろってこった』
「仮に気づかれてしまったとしても、私が夢でその者の記憶を塗り替えることができるので問題ありません」
『ただし…』
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「誰かに夢やルゥのことを話してはいけません。話した途端、その者は樹里さんの夢に巻き込まれてしまいます。その者には元々関係のない運命なのだから、巻き込まれてもその者自身を助ける術はありません」
夢喰の顔が不意に険しくなる。そして、言いたくなさそうに躊躇すると、恐ろしい言葉を吐き出した。
「巻き込まれた者は確実に夢に取り込まれ、“ 夢魔 ”となってしまいます。夢魔になるのは、死よりも恐ろしいことです。ただ夢の中に漂って、人を驚かし怯えさせることしかできない存在となるのです」
『夢魔は負の感情しか持たない。希望も喜びもない、ただ憎悪しかないと言われてんだ。何よりヤツらは見た目が醜い!』
黒猫は鼻息を荒くして、ぶるるっと身震いをすると、ぽんっとソファから飛び降りた。
ルゥはしばらく美しい毛並みを逆立てていた。じっと黒猫の様子を見つめていると、少しずつ背中が盛り上がってくるのが分かる。そしてコブの様な物はさらに大きさを増し、はっきりとその姿を現した。
翼だ。美しい漆黒の両翼が生えたのだ。美しい黒猫は神秘的な美しさも加わり、より神々しさを増している。
「きれい…」
樹里の口から、思わず吐息が漏れる。
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まるで天使のようだ…というより黒いから堕天使かな?などと、顔をほころばせながら猫の姿に見とれていると
『オレはジュリの望む物に変身できるんだ。望むだけじゃなくて、その時に必要な形状もとることができる。こうやって色を変えることも、見えなくすることだって可能だ』
と言うと、黒猫の宣言通り、深い漆黒の毛並みはみるみる
樹里の肩に何かが乗っかるような感覚がすると、何かザラザラした感触が耳を撫でる。
「ひゃっっ」
次の瞬間、黒猫は姿を現してイタズラっぽく笑いかける。ルゥが耳を舐めたのだ。
『こうやって姿形や色を自在に変えて、ジュリを守ったりできんだ。夢魔なんかいたってオレの敵じゃねぇ』
「とは言え、ルゥはあまり力を使い過ぎると、長い眠りに入らなくてはいけなくなります。通常は眠ることはありませんが、一旦眠りに入ると24時間は起きれません」
『それがオレの体の不便なとこだ』
ルゥは耳を垂れ、少ししょんぼりする。みるみるうちに黒い翼は縮んでいき、消えていった。
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そんな様子の黒猫はさて置き、夢喰は話しの続きから始める。
「脱線しましたが、10の掟について説明しましょう。タイムリミットが72時間なのは、あなたが本来3日後の4:24に殺されるからです。1日に8時間しか夢に居られないのは、それ以上長く夢に留まるのは危険だからです。さらに3回しかやり直せないのは、人の夢力に限界があるからです。ここまでで質問はありますか?」
「な、ないです」
「では続けます。夢神器ですが、夢に入る前に3つだけ選び持っていくことができます。ただし、夢神器の説明はしません。“勘”で選ぶのみです。人間の勘は過去の経験と未来への予測から成り立つものなので、下手に情報を得るよりも正しい選択ができるのです」
『夢式神はオレだ。オレには霊感というか、レーダー的な役割を持つ器官がある。それにオレは夢の中ではジュリの守護神だ。どっちにしろオレの言う通りに動けば間違いねぇ』
「自分以外の誰かを救ってはいけない…というのはなぜ?」
それは…と言いかけ美しい青年は少しの間沈黙する。それから一言一言と、言葉を噛み締めながら語り出す。
「あなたの見る夢は逆夢です。その中で人を助けるということは、いい結果を生みません。ただそれだけです」
何だか歯切れの悪い物言いである。
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様子のおかしい夢喰をフォローするように、ルゥが樹里に何かを手渡した。
ちりん…
耳に着けていた鈴である。
『先に渡しておくぜ。これは鳴らし方によって様々な効果が得られる。普通に鳴らすだけでは何も起こらん。結構扱い方は難しいから、鳴らし方はおいおい教えてってやる』
「そろそろ、元の世界に戻った方がいいでしょう。時間はここに来た時から進んではいませんが、こちら側にいると、思いもよらないほど精神力を消耗するものです」
そう言うと、美青年は樹里の右手を取り、立たせてくれる。そして、部屋の入り口付近まで導いていく。
「何か3つ選んでください。それがあなたの夢神器となります」
樹里は最初に部屋に入ったときに目を引いた鳥カゴ、奇妙な時間を示す時計、それから小さい万華鏡を手に取る。
「それではまた今夜、夢で会いましょう」
その言葉が引き金となって、樹里の意識はすっと遠ざかっていったー
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