【6】10の掟

 どれほどの時間が経過したのだろうか。


 泣いて少しスッキリした樹里の足元で、ふわっと柔らかい感触がした。黒猫がいつの間にか 部屋に戻り、足元にすり寄って来ていたようだ。


「おかえり、猫さん。ん?なあに?」


 足にカサっと乾いた感触を覚え、樹里は足元を見る。真っ黒い口元に、見覚えのある黒い封筒がくわえられている。


『これ、読んで』


 樹里は黒猫に言われた通りに、口から封筒を受け取った。


 封は開いている。中の便箋を取り出すと、マンションで読んだ手紙と同じ内容が書いてあった。


「これが、どうかしたの?」


 当然の疑問を投げかけると、黒猫よりも先に青年が口を開く。


「3枚目以降を読んでみてください。先程とは違っているはずですよ」


 何のことやら分からない樹里であったが、3枚目をめくってみると……


!!!


白紙だった紙は、【10の掟】と書かれた紙に変わっていた。


ーーーーー40ーーーーー


【10の掟】



①この世界について口外してはいけない。


②この世界について周りに知られてはいけない。


③タイムリミットは72時間である。


④そのうち、夢に入っていられる時間は1日8時間である。


⑤いつでも夢からは脱出できるが、入るのは1日に3回まで。


⑥夢神器以外のアイテムは持ち込めない。


⑦夢式神のいう通りに行動しなければいけない。


⑧犯人が誰かを先に突き止めてはいけない。


⑨自分以外の誰かを救おうとしてはいけない。


⑩この世界を信じなければいけない。


ーーーーー41ーーーーー


 本をこよなく愛する樹里は、様々なタイプの文章を読んでいると自負している。

しかし、この文章は難解で全く理解できない。


 文章そのものは平易なものであろう。

なのに、意図しているものが全く見えてこないのだ。


 樹里が負けず嫌いなのは前述したが、加えて人に頼るのが苦手な性格である。冷や汗をかきながら、何かヒントはないかと黒猫の顔を見やった。


ふわぁぁ…


 黒猫はいつの間にか美青年の膝の上で丸くなり、大きな口を開けて欠伸あくびをしていた。


そして美青年はというと、何も言わずに優しく微笑み、樹里が自分から口を開くのを待ってくれているようだ。


その穏やかな顔を見ていると、自然と素直に質問が口から出てくる。


「あなたは誰なんですか?」


 黒猫がパッと顔を上げて何か言いかけたが、青年は黒猫を遮ると改まって少女に会釈をする。


「申し遅れました。私は【夢喰ゆめくい】と申します。この世界…あなたのいる所で言う“夢”の番人です」


「そしてこの猫は夢前案内人、つまり “ 夢式神ゆめしきがみ ” の【ルゥ】といいます」


「夢の番人って?夢前案内人、夢式神って何ですか?そもそも、ここはどこなんですか?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけていくと、夢喰は少し困ったように、ゆっくりと丁寧に答えていく。


ーーーーー42ーーーーー


「まずはここはどこか、から。 “ 夢 ” です。あなたの夢であり、私の夢でもあり、生きとし生けるもの全ての夢とも繋がっている…そんな所です」


「そして夢の番人…私は、全ての者達の夢が氾濫はんらんし、混沌こんとんとしないように見張っています。つまり、人の夢に他人が入り込まないように制御しているわけです」


「夢前案内人とは、夢を正しい方向へと導くものであり、主に精霊である夢式神がその役をかっています。夢式神とは、見る人により姿形は変わります。あなたの心に強くイメージされたものが、具現化して表れているのです」


 夢喰はルゥのアゴの下を撫でながら、丁寧にゆっくりと話を続ける。


「それから私は夢を監視する以外に、少しだけ干渉することができますー」


 そこまで聞くと、居ても立っても居られなくなった樹里は口を挟んだ。


「夢と私の死と、何の繋がりがあるの?難しい話はいいから、単刀直入に言って」


 笑顔かポーカーフェイスしか見せない夢喰は、呆れ顔になり首を振る。順を追って聞くべきなのに、とでも言いたそうだ。


 しかし次に発せられた言葉は、意外という他ないほど突飛に聞こえた。


ーーーーー43ーーーーー



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