【5】ヴィジョン

「あなたは3日後に死にます」


 青年は美しい笑顔を少しずつ曇らせながら話し始めた。


曇っている…と信じたいのは樹里の願望かもしれない。本当は美青年の表情は肖像画の笑顔のように固く、思考を読み取ることもできない。


「というより、今からちょうど72時間後に殺されます」


 低く透き通る美しい声には、到底似つかわしくない内容は続いていく。


「誰に殺されるか、どうやって殺されるのか、これは私の口からは言えません。詳細をお教えすることは、絶対にいたしません。ただ、3日後にあなたが死ぬということが、決められた運命なのだということは理解してください」


 樹里は手紙の内容を信じていないわけではなかったが、やはり直接美しい男を目の前にして言われてしまうと、心はやり切れない気持ちでいっぱいになってしまう。


何よりも、今いる世界が夢とは思えなかった。


かと言って、うつつと呼ぶには余りにも幻想的過ぎる。


 分かるのは、男が嘘を言ってはいないということだけである。


 銀髪の美青年はまばたきもせず樹里をしっかりと見据えながら、抑揚のない口調で淡々と話し続ける。


「このまま何もしなければ、確実に死ぬということです。前もって教えることの意味はないのかもしれません。しかし………」


 ここにきて、青年はほんの少しだけ言葉を濁すと、一瞬…表情が少しだけ華やいだ気がした。


ーーーーー35ーーーーー


「私は少しだけあなたの運命を変えるお手伝いができるかもしれない」


 この言葉に、すっかり光を失くしていた少女の瞳が輝く。そして、目を見開いて夢中で叫んだ。


「私、助かるの!?」


 少女の悲痛な叫びは、青年には少し哀れに聞こえた。


 青年は先程までの冷たい表情とは打って変わって、目は憂いを帯びてくる。低く抑揚のない美しい声は、さらに低く澄んでいた。


「それは分かりません。全てはあなた次第なのです。その上助かる可能性は、ほぼゼロに等しい」


《でも、ゼロじゃない!》


 歓喜の声を心の中であげると、それまでじっと美青年の足元にたたずんでいた黒猫が、不意に動き出す。樹里の前で “ にゃあ ” と鳴き、長椅子の横を通り過ぎて、部屋から出ていく。


 部屋には憂いを帯びて、より妖艶さを増した男と、少し明るさを取り戻した少女の2人だけになった。


 美青年は何も言わず、樹里の前へと歩み寄る。そして、いきなり樹里の肩を両手で包むと、額と額をくっつけてきた。


目の前には、この世ならざる婉美えんびな男のおもて

芳しい香りが、光を反射させて輝く銀髪から漂う。


《なっ…なになになに!?》


 樹里は何をどうしたらいいか分からず、全身から汗が流れ出る感覚に襲われながら、目をぎゅっと閉じたまま耐える。


《もうだめだぁぁぁ!!!》


そう思ったとき、樹里の頭の中にヴィジョンが流れ込んできた。


ーーーーー36ーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 樹里は学校の教室らしき所にいる。見覚えのない教室なので、どこかははっきりと分からない。


 時の頃は真夜中だろうか。辺りは闇に沈み、ひっそりと静まり返っている。


 樹里は何かに誘われるように、廊下へと躍り出る。やはり知らない場所に立っている。


トン トン トン


 階段の下の方から、階段を上ってくる足音が聞こえる。真夜中に自分が学校にいること自体おかしいが、自分以外にも人がいるのは、さらに有り得ないことなのだ。


 嫌な予感がした樹里は、少しずつ階段を上へ上へと登っていく。階下の足音も上へと登ってきているようだ。心なしか音は近づいてきている。樹里は足を速めて階段を上がっていく。


トン トン トン


 すると、見えない足音も、樹里の足音と呼応するように速くなってくる。


 近づいてくる足音に恐怖を感じた樹里は、益々速度を速めてほとんど駆けるように階段を上がっていく。


トトトトト


タン タン トトト


追いかけっこのような足音は見事なハーモニーを作り出している。


 しかし、その追いかけっこにも突然終止符が打たれることになる。追って来ているはずの足音がぱったり止んだのだ。


ーーーーー37ーーーーー


ふぅ


 樹里は安堵あんどの溜め息をもらす。


 目の前には扉があった。恐らく屋上へと続く扉であろう。


ギィ…


 ドアノブを回してみると鍵は掛かっていないようで、鈍い音を立てて扉は開いた。


 屋上に出てみると、なるほど、ここは10階であることが分かる。隣の同じ高さの建物も10階建てだからだ。


 樹里はここに来て、ようやく自分が高所恐怖症であることに気づく。全身に悪寒が走る。


ブルル


 屋上の手摺てすりから離れようと、手摺りを離したー


刹那…


ドン!


 何か強い力を後ろから受け、無防備な樹里の体は屋上から投げ出された。


 そして、そのまま真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーー38ーーーーー


「きゃああああ」


気がついたとき、目の前には美しい男の顔があった。男はかすかに少女を見て微笑むと、優しく少女の顔に触れる。冷たいものが頬を伝っているのに気づく。


どうやら、樹里は泣いていたようだ。


「これが…」


初めて美青年は躊躇し、悲しそうな目をすると言葉を続けた。


「私が受け取った、あなたの死の予言です」


自分の目で死を目の当たりにしたあまりのショックに、涙は次から次へと流れ落ちて止まらない。


美しい男はそっと樹里の頭を抱き寄せ、自分の胸へと押し付ける。


あたかも防波堤が崩れ落ちたように、少女は美青年の腕の中で泣き続けた。


ーーーーー39ーーーーー

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